7a-2 そこになにか意志はあるのか
「と、いうことがあった」
俺は獣脂蝋燭の仄かな灯りの中でサリヤに説明した。
「本当になにをやってるんだ……」
呆れたように頭を振るサリヤ。
この世界に来てからこっち、何をやっても呆れられている気がするな。
***
久しぶりに契約娼館に呼んでもらった狼髪のサリヤは、顔中ボコボコで痣だらけの俺を見て驚くと、差し出された手を舐める子犬のように傷付いた俺の顔をペロペロと舐めてくれた。
やがてペロペロは俺の顔から首へと移っていき、さらに胸、へそ、その先の大事な所へと下って行く。
ずいぶん積極的じゃあないか?
なし崩しに始まった行為に、お互いの着ている物を脱がせあいながらそのあたりの事を聞いてみた。
「なんだ?」
とサリヤが悪戯っぽく笑う。
「責めるのは得意でも、責められるのには慣れていないのか?」
ざらり、と大事な所を一舐めされて身震いする。どうも前回いい感じにサリヤを啼かせた事から、逆襲の機会を窺っていたらしい。
やがて、全ての服を脱いだモフモフにのし掛かられて、俺は下から大柄な狼人を見上げる形になった。俺の手はサリヤに押さえられて、完全に組み伏せられた格好だ。サリヤが俺の耳元で囁いてくる。
「前のように簡単には行かないからな」
やだ……かっこいい……。
俺は、ちょっと乙女のような気持ちになった。
とまぁこんな感じで始まったサリヤの逆襲劇だったが、残念ながら俺には現代エロ知識チートがあった。
前回に倣ってサリヤの発した声だけをお伝えしよう。
「ふふん、その程度で……」
「あれ?」
「うそ、うそ!?」
「なんでぇ……?」
「なにこれ!? なにこれ!?」
「無理無理むりむり!」
「……」
「あふ……」
「ワンワン! ワンワン!」
「もうやだぁ……」
「アォーン……」
たくさん出た。
***
もちろん、娼婦としてサリヤを呼んだのはイチャイチャするためだけではない。
いやもちろんサリヤの毛皮に包まれた肉体を抱きしめてモフモフしたり咬んだり舐めたり舐めっこしたり上になったり下になったり舌を絡めたり舌に付いたサリヤの抜け毛を拭うのは最高なのだがマジでそれだけが目的ではない。ちょっと早口になったがそういうこともするために呼んだ訳だし多少はね?
きっかけになったのは例の興行で俺が『木こり』を殺したことだった。
様々な目論見が背景にあったとはいえ、俺はベテラン剣闘士の一人と互角に闘い、その命を奪ってみせた。闘いの後で同じ経験をした訓練同期と胸襟を開いて語り合い、同じ運命にある仲間との絆を確かめもした。
剣闘士としての俺は、徐々にだが確実に成長し、剣闘士団の中に自分の居場所を作れたと言ってもいいだろう。
そんな中でふと気がついたのだ。
俺は剣闘士としての立場を受け入れ過ぎてやしないだろうか。
訳もわからず言葉も通じない世界に飛ばされて、奴隷狩りに捕まった。
命がけの闘いを強いられる剣闘士団に売り飛ばされて、怒声と鞭を喰らいながら鍛え上げられた。
過酷な現実に流されるまま、目の前の事に精一杯で、俺はあえて何も考えないようにしていた部分があった。
つまり、俺がこんな暮らしをする羽目になっている原因についてだ。
なぜ? どうして? 誰が? あるいは何が?
そこになにか意志はあるのか? それとも、ただの自然現象の類なのか?
一体なんのために?
この世界に自分の居場所、らしきものができたことで、俺はそれらを考える余裕が出てきてしまったわけだ。
とはいえ奴隷剣闘士の俺にすぐできる事はなにもない。今はただ生き延びる事、そして掴める機会を逃さぬように、目を開き耳を澄ませて待つ事しかできないのだが。
情報が必要だった。この世界の、そして俺の身を含めたこの世界に起きている『なにか』についての情報が。
***
「『旅の守りの姉妹団』は仕事を再開できそうだ」
一戦交えた後で、無言で俺の胸をポカポカ叩くサリヤをなだめすかして聞き出した所によると、皆が街の外に出たがらないという状況はどうやら落ち着いてきたようだった。
理由は、いつまでもそんな事をしていたら生活が成り立たないというのがひとつ。もうひとつは、いつの間にか死体が出ることがなくなったからだという。
人々が不安に思っていた、出所不明の死体があちこちで見つかるという事件はいつの間にか起こらなくなっていた。その原因は結局わからずじまいだったが、どこかの異民族か蛮族、野盗山賊の類の間で争いがあったのだろうということで皆が納得しているという。
「でも、空から降ってきた奴もいたんだよね」
サリヤが見たという話について聞いてみる。
「空からとは言ったが、周囲に木の一本も生えていない場所じゃあなかったからな。気を失った状態で木の間に張った綱にでも吊されていて、目が覚めてから暴れて落ちたのかもしれない」
サリヤが自分に言い聞かせるように言う。
以前に聞いた話では、二つの月が出ている晩に、急に悲鳴が聞こえて空から男が落ちてきたと言っていた。木だの綱だのは明らかに後付けの、自分を納得させようとする屁理屈のようにしか聞こえない。
だが、サリヤと『旅の守りの姉妹団』はそれで不安を押し殺し、仕事を再開する事にしたらしい。
しかしそうするとひとつ困った事があった。サリヤが本来の護衛仕事に復帰するのなら、こうして娼婦として呼ぶことも、話を聞くことも出来なくなる。
「私と会いたがってくれるのはうれしいが、娑婆の話を聞きたいのなら別に娼婦に頼らなくてもいいんじゃないか」
「え」
だが、問題解決策は意外にもサリヤ本人から聞くことができた。
「剣闘士には自由民もいるのだろう? 自由民剣闘士なら普通に剣闘士団の敷地から出られるはずだ。街の話や噂話もその伝で聞けるんじゃないか?」
言われてみればその通りだ。
「どうして気付かなかったのかなぁ」
俺は自分の間抜けさに一通り悪態をつくと、お礼にと寝床で可愛らしくぐずってみせるサリヤにもう一戦挑むことにした。
まだ夜は長いのだから。
2021/7/30 誤字を修正
2024/2/15 誤字を修正
 




