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6b-2 反省会

 剣闘士は内省する。自らの内を覗き込む。

 殴る蹴るが商売(シノギ)の連中がなにを馬鹿なと思うだろうが、日々を死にゆく俺達は、闘いのたびに新しいなにかを感じ取り、闘いのたびに少しずつ変わっていく。


   ***


 俺は自分が闘った相手について色男と債務奴隷に説明した。

「皮肉なもんだな」

 と債務奴隷。

「死ぬのが当たり前と思って無茶をやっているうちは良かったが、下手に生き延びたせいで妙な色気を出しちまったと」

 その結果が、悪名に相手がビビるのを期待した中途半端な立ち回りだ。

「そっちはどうだったの?」

 言いながら勝手に取ったリンゴを二つに割って、片方を債務奴隷に渡し、残った半分を丸ごと口に放り込んで芯も種も構わずボリボリと咀嚼する。

「俺の相手は技術(わざ)は大したことなかったな」

 渡されたリンゴを手の中で弄びながら債務奴隷が言う。

「かわりに身体能力(フィジカル)はまあまあだったが、こちとらそういう相手には慣れてるわけで」

「慣れてる?」

「お前らだよ」

 債務奴隷は呆れたように笑ってリンゴを齧った。そういや身体能力(フィジカル)だったら俺がいたわ。

「これが初見だったら話は違ったろうが、俺達の世代は普段の訓練でお前や『イビキ野郎』を相手にしてるからな」

 別にどうとでも、と債務奴隷はきれいに芯を残してリンゴを片付けた。

「俺はな」

 と、それまで珍しくおとなしく話を聞いていた色男がぼそりと言った。

「自分が死ぬかもなんて考えたこともないで生きてきた」

 俺と債務奴隷にしてみたら、そうだろうな、という感想しか出てこない。

「だけど今回はこんな瑕疵(きず)を負っちまった」

 色男がそっと自分の胸をなでる。

「そうしたら、ああ、俺でも下手したら死ぬんだと合点がいった。理解したというか」

 しみじみ語る姿にマジで今まで理解してなかったんだとわかる。というか実際にこいつは死とは縁遠そうな実力者で、そう思わせた相手がかなりヤバかったという事になる。

「相手の剣、胸元で伸びたって言ってたけど」

「手の中で(ヒルト)を滑らせやがったんだよ」

 相手の得物はただの直剣だったという。刀身(ブレード)(ヒルト)の間には十字鍔(クロスガード)柄頭(ポンメル)は重くて太い、重心を(ヒルト)に寄せるカウンターウェイトとすっぽ抜け防止を兼ねたもの。

「その柄頭(ポンメル)を使ったやり方だと思う。十字鍔(クロスガード)側を指数本で浅く握って」

 そして剣の振り終わりに絶妙に指を滑らせて、柄頭(ポンメル)まで握り拳一個分を滑らせる。相対した色男からしてみたら、避けたと思った剣が予想以上に伸びてきたわけだ。なんかその技術(わざ)漫画で見たことあるぞ。というかこいつもなんでそんな初見殺しでギリギリ致命傷を避けられるのか。

「まぁ、そいつももう片付けちまったわけだが」


 結局の所、途中経過はどうあれ俺達三人の話のオチはそこになる。俺達は、相手を、闘いの中でぶっ殺した。


   ***


「どうだったよ実際」

 色男が干し肉の端を咥えてモグモグやりながら聞いてくる。

「感情ぐちゃぐちゃ」

 と債務奴隷。

「こころが、めちゃくちゃ」

 こっちは俺。

「だよなぁやっぱ」

 色男が噛みちぎった干し肉の残りを渡そうとしてくるのを首を振って無言で断る。食いかけ寄越すなや。


 頭じゃあ理解して(わかって)いるつもりだったが、剣闘士興行の場で相手を殺すのはかなり感情を揺さぶられる経験だった。

 訓練や同期相手の興行では浴びた事のない強い殺意。こっちを殺す気満々の厳しい攻撃の数々に、そいつをいなして、なんとかこっちの目論見通りに相手をぶっ殺した時の、緊張からの解放感とやり遂げたという達成感。そして次の瞬間襲ってくる、殺しちまったという罪悪感。

 さらにそこから、今までの人生で味わった事のないような、観客席から浴びせられる賞賛の声。

 ド素人の死刑囚相手の殺しや、救命の後に手当ての甲斐なく相手が死ぬのとはまるで違う、この手で剣闘士(なかま)を殺すということ。感情が上下にガクガク揺さぶられて、頭が沸騰(フットー)しそうになる。


「正直なところ」

 債務奴隷が皮袋を呷りながら言った。

「観客の声は気持ち良かった。あれは、ハマると不味い」

 気持ち良い事にハマって奴隷落ちした奴のセリフは重い。

「酔っちまえば楽なんだろうけどな」

 と色男。だが、そう言う本人の表情はそれを良いとは思っていないらしい。死を身近に感じた事で、こいつの中でも何かが変わったということだろう。

「酔わないほうが、いいとおもう」

 と俺も言う。あれにハマった先にあるのが、いい結果をもたらすとは思えない。

 三人の意見が一致したことで、どこかほっとした空気が流れた。俺達三人が三人とも、内に抱えた思いを吐き出して楽になりたかったのだ。

 俺達はそれを言い合える訓練同期(なかま)がいる。それこそが、俺達と不幸な『ヤバい連中』との違いだった。

「運がいいのか悪いのか、俺達は先に経験しちまったんだ」

 色男が投げる豆を俺が口で受けて遊んでいるのを見ながら債務奴隷が結論付けた。

訓練同期(なかま)が酔いそうな時にはちょっと気をつけてやろうぜ」


 そう言った顔はすでにワインの酔いが回っていた。

2021/6/29 一部誤字を修正

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― 新着の感想 ―
[一言] こうなったのは不運だが、仲間には恵まれたな
[良い点] 剣闘士という業に対してきちんと納得できる心情を感じ取れていいですわ
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