6a-2 お前はここで死ぬのだから
『木こり』は攻撃と防御でその色がガラッと変わるタイプの剣闘士だった。
得物は斧。攻撃では長柄のそいつを豪快に振り回して、防御では盾と脚を使った堅実な守りを見せる。
けれども、そいつは裏を返せば攻撃と防御がちぐはぐだという事でもある。
そもそも身体ごと回転して斧を振り回すと言うのがあまり誉められた技術ではない。
確かに、見栄えはするし威力もある。観客は斧が唸りをあげる度に盛り上がって、それを弾き、交わし、盾を削られる俺を見て息を呑んでいた。
俺もそれら一撃を貰わないようにと苦労はしているが、こんな攻撃がずっと続くとは思っていない。とにかく隙がでかすぎるのだ。
身体ごと回転するということは、こちらに一瞬でも背中を曝すことになる。その隙を潰す方法はいくつか思いつくが、『木こり』の場合はそこに速度を乗せる事で補っていた。高速回転する刃の嵐。だが、俺がなんとかいなせているように、反応出来ないほどの速さではない。
俺は何度目かの攻撃を盾の縁で受けると、衝撃に痺れる左腕を無視して上段からの剣を叩きつけた。観客が期待する蛮族を演じるように、大声を上げて繰り返し剣を落とせば、釣られて『木こり』の持つ盾の位置が上がってくる。
剣を振るいつつ、俺は相手が気付かないほど細かく足取りを変えていた。狙い通り、俺の一撃を防ごうと掲げた盾が一瞬相手の視界を切った。
はいドーン!
俺の一直線の蹴りがまともに入って、よろけた所に追撃の一振り。相手の首筋を狙ったそれは、とっさに首を振った『木こり』の兜、その左の枝角を叩き折った。
***
斧をブンブン振り回すのはそりゃあ格好いいが、ずっとやるには体力を食い過ぎる。背中を曝せば、そこにリスクまで負う事になる。
『木こり』の戦法は、パッと見には自暴自棄の捨て身に見える。事前に聞いていた『ヤバい連中』の特徴そのままだ。
の割には、防御が堅実過ぎるのが気になっていた。例えばウチの訓練同期、蛮族の『イビキ野郎』なら倍の体力で得物をブン回して、防御すら最小限に振って攻め手を途切れさせないぐらいはする。中途半端過ぎるのだ。
つまり、目の前のこいつはどこかのタイミングで我に返っていたと考えた方が筋がいい。
血塗れの御披露目興行。その凄惨な記憶からの酷い闘いの数々。剣闘士団内部で悪名を積んだ所で正気に戻れば、他の世代のように頼れる同期もいない孤立無縁。
だから、せめて積んだ悪名を利用していた、そうじゃないか? 『木こり』。
俺の攻撃をなんとかしのいだ『木こり』は、距離を取って仕切り直しを企んでいた。右手の斧をくいっと立てて、手の中で柄を滑らせて短めに持ち直す。どうやら俺の方が地力が上と見て防御に徹する構えらしい。
ジリ貧だぜ、そいつは。
***
おおお、とどよめく歓声に、楽士の音楽が重なり轟く。
観客席は大いに盛り上がっていた。振り回される必殺の一撃を尽く防ぎきり、派手な蹴り技を見せて攻守を逆転させた事で、客の熱が俺に向いて来ているのがわかる。
『木こり』の防御の技術は剣闘士団で習う型にそったものだ。だが、型を使いこなす相手なら、俺は同期相手の訓練で嫌というほどこなしている。普段から連んでいる『捕虜上がり』や色男の自由民剣闘士と比べれば、こいつの技術など児戯の類だ。
俺は時折蹴りを混ぜた剣を振るう。上段の攻撃は蹴りへの呼び水、そう警戒する所に素早い突きや逆袈裟を重ね、反撃の斧には盾殴りで出を潰してみせる。
剣での闘いは生死をかけた対話でもある。地力の差から徐々に押され始めた相手の目に、最初は事が上手く運ばない不機嫌さが、次いで焦りの色が見え始める。隙を見てチラチラと審判役に目を向けるのは、闘いに時間を掛け過ぎた末の引き分けを期待しているからだろう。
そうはさせねえよ。
ただよう死の匂いに気がついたのか、『木こり』の上げる声が徐々に悲鳴に近くなってくる。目に浮かんでいた焦りの色は、今や迫り来る運命を悟った泣き崩れる寸前のものだ。
俺はわざとらしく誘いの蹴りを入れる姿勢を見せた。相手が一瞬の判断を間違え、俺の裸足の脚を潰そうと斧を合わせてくるのが見える。
俺はひょいと脚を引っ込めると、不用意に突き出された斧に剣先を引っかけ、指をやられまいと緩んだ手からその命綱を弾き飛ばした。
空の右手に茫然とする『木こり』と歓声を上げる観客席。
最期に、泣き笑いの表情で口を動かす『木こり』の顔が見えた。救命を願う媚びた笑みが張り付いている。
「駄目だね」
俺は声に出して言った。
「お前はここで死ぬのだから」
俺は蹴りの一撃で相手を崩すと、その首に慈悲の一撃をくれてやった。




