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5a-2 死すべき者共

「剣闘士興行は剣闘士の殺し合いを見せる商売だが、死ぬのを見せる商売じゃない」

 と『理屈屋』が言う。

「剣闘士はその身に叩き込まれた殺しの技術(わざ)を存分に振るって客を魅せる。その過程で血が流れ、時に息絶える事があったとしても、それは結果であって目的じゃあない」

 実際闘わされている身としては何を言ってやがるという話だが、まぁ死ぬのを前提とされるよりはマシな理屈ではあった。

「だが、世の中どうしてもそのあたりの機微を理解できん奴らってのがいてな」

 つまり、剣闘士の死をこそ楽しみにしている連中がいるわけだ。


   ***


 『先生』の所に勉強に行く。先生による俺の教育は団と先生の都合が優先なので飛び飛びなのだが、為すべき課題があるわけでもなく、とにかく先生と喋る事で俺に足りない常識や言葉を確認しては指導していく、どこかとは真逆の超フリースタイルだった。

 お嬢さんのご褒美とはいえ俺一人の為に時間を割いている警備の私兵もいるわけで、事務方経由で手に入れた菓子の類を渡して拙い言葉でお礼を言う。

 顔馴染みになった私兵も気さくな物で、渡した菓子を見て笑みを浮かべたり渋ったりして、「こいつ美味いんだぜ」とか「悪いな、俺は苦手なんでお前らで食っちまえよ」なんて感想を寄越してくる。

 それでも手抜きはなしで首枷をしっかり確認されて、先生の居る部屋へと通される。

「来ましたか、蛮族」

 この先生現代だったら絶対眼鏡キャラだよな。


「街と国、ですか」

 俺の質問に先生が首を捻る。

「むかし、余所(よそ)の街からの客で、剣闘士興行が荒れたって聞いた」

「ああ」

 つまり、それこそがベテラン剣闘士の中にいる、ヤバい連中の話の核心なわけだ。

 さて、ここでちょっと昔話になる。

 ある時、俺達の訓練同期と同じ様に、剣闘士訓練生としての訓練を終えた新人の剣闘士連中がいた。うちの剣闘士団の方針に従い、顔見せの御披露目興行が喧伝されて、まずは同期で組ませての闘いをやることになった。

 普段なら、観客も新入りの闘いという物をわかっている。それまで寝食を共にしていたお仲間との闘いは新入り達に自分達の運命(さだめ)(しか)と理解させる通過儀礼であり、余程の無様を晒さない限りは救命の許しを与えられ、負った傷を抱いて剣闘士としての完成を見るわけだ。

 不幸な事に、その興行の時に限って剣闘士興行の機微が全然わからん客が山ほどいた。


「私達が国、と呼んでいるのは自由民による自治都市の大同盟です」

 と先生が言う。

「正確な意味での国ではありませんが、対外的には一つにまとまって当たるために、既知世界では国と見なされています。始まりの四都市から、四都市同盟と」

 今は後々参入した都市や、新しく築かれた衛星都市なんかも加わって四都市どころではないそうだが。

「一般に中央と呼ばれるのが、この原始四都。この街は四都から見れば孫世代に当たる衛星都市です」

 衛星都市が成長し、同盟内での議決権を持つに至る。その都市がまた衛星都市を作り、そうやって四都市同盟が拡大していく。

 そこで問題になるのが、この都市が都市を生む擬似親子関係が、そのまま同盟内での文化の差や、派閥の問題になることだ。

 原始四都から伸びる衛星都市の枝を想像して欲しい。結節には街があり、枝は陸路や海路を示している。

 四都市からほうぼうに伸びる枝はそのうち他の枝と絡み合い、上手く行った場合は統合されて都市網(ネット)になる。

 不味い場合は対立の芽になるわけだ。


   ***


「つまり、余所の街から来た連中が、御披露目興行で新人剣闘士を追い詰めて、三人に一人が死ぬような大騒ぎになったって?」

 持ち帰った話を訓練同期と話し合う中で、色男の自由民剣闘士が呆れたような声音で言った。

 『理屈屋』から聞いた昔話、『先生』から聞いた四都市同盟の話をまとめるとそういうことになる。

 ある時、余所の街の有力者が、なんの用事かは知らんが中央への移動の途中でこの街へと滞在した。以前狼髪のサリヤに聞いた通り街の外は危険が一杯、なのでその有力者一党は護衛役の私兵だか傭兵だかをわんさか連れていた。

 そこで滞在中に御披露目興行が開催されたので、まぁこの街の有力者もそいつ等を招待した。そして。

「普段剣闘士興行なんて見たこともない田舎者が、何を勘違いしたのか死ね、殺せと煽りに煽って、勝負がついてもろくに救命の許しを与えなかったと」

 理屈屋から一緒に話を聞いた犯罪奴隷の奴が面白くもなさそうに言う。

「訓練同期相手に、俺達の時なんか目じゃねぇきつい煽りを食らって、死んで、殺して、殺して死んでだ。染み付いちまったんだよ、そういうもんだって」

 剣闘士興行の最初の洗礼が『そう』だった。

 だから、例のヤバい連中にとって、剣闘士興行というものは『そういうもの』なのだ。

「殺さなければ殺される、か」

 捕虜上がりがぽつりと言った。こいつは剣闘士という商売(しのぎ)に嫌悪感を持っているが、同時にそれをやらされる仲間たちにある種の同情というか、憐憫の情を抱くところがある。

 イビキ野郎がガウガウ唸った。

「なんて?」

 と色男。

「事情はわかったけど、付き合わされるこっちはたまったもんじゃないって」

「だよなぁ」

 みんなして腕を組んでうーんと唸った。

 結局の所話はそこに戻る。

 過去の事情はどうあれ、例えそいつが同情できるものだとしても、実際にそいつらと闘う事になる俺達にしてみたらいい迷惑だ。

 他の剣闘士との闘いならば、そこそこ傷を負ったり負わせたりでお互いに生き残れるような展開でも、例のヤバい連中相手だと一生ものの瑕疵(きず)を貰う可能性が高くなる。

「思ったんだけど」

 と俺は捕虜上がりに言った。

「あん?」

「そいつら、自分達が生き残った事に負い目があるんじゃないかな」

「そりゃ、お前……」

 俺達も同期が一人死んでいるので、皆心のどこかにその手の負い目がある。だから。


「そいつら、きちっと殺してやった方がお互い、いいんじゃないかと思うんだけど」

2020/12/04 句読点の抜けを修正

2020/12/05 地の文の口語表現を一部修正

2020/12/06 誤表現修正

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フルチン野郎も好い加減にキマっておられる
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