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5a-1 殺したいけど殺したくない

「剣闘士なんて奴は」

 と、なにかの機会に顔を合わせたベテラン剣闘士が喋っていた。

「興行をなんとか生き延びられりゃあ良い気分になるんだから、まぁ単純な生き物さ」

 勝てば席を埋める群衆の賞賛を浴び、負けた上で救命の許しを得れば危うく難を逃れたとほっとする。

 興行が明ければ気持ちはぱぁっと天辺(てっぺん)まで昇って、普段無口な奴もぺちゃくちゃ喋ってゲラゲラ笑う。

 やがて気分が落ち着いてくると、次に襲ってくるのはこれで終わりじゃないという現実だ。

 つまり、次の剣闘士興行が迫ってくる。

 日が経つに連れて気分は落ち込み、己の運命についてクヨクヨ考えてふさぎ込む。

 次の興行は越えられるのか? 俺達はただ、逃れ得ない死に向かって歩み続けているだけなんじゃ?

 というわけで娑婆では俺達をこう呼ぶそうだ。


 日々を死にゆく剣闘士。


   ***


 結局の所、今回の興行ではでかい瑕疵(きず)を負ったのは例の腕の手術をした奴ぐらいで、全体で見れば死者の一人も出さずにすんだ。

 御披露目興行では訓練同期を相手にしての闘いだったが、今回からはベテラン剣闘士に混ざっての闘いだ。

「で、どんな具合だったよ」

 というわけで皆で今回の興行に出た同期の連中に聞いてみる。怪我だなんだで出なかった連中にしてみれば、ベテラン連中の手を探る、貴重な情報源だからだ。

 以前にも触れたとおり、他の剣闘士団がどうかは知らんが俺達の団は訓練同期の(つながり)が強い。どうしても同期以外には壁を感じて、なかなか普段から付き合うのが難しい。

「興行自体への慣れの有る無しはあるが」

 と言葉を選ぶように捕虜上がりが言う。

「極端な実力差があるとは思わんな」

 団に来た時点でそれなりの目利きが俺達を(ふるい)にかけている。場数はともかく同じ人間、絶対に勝てない相手、という事はないらしい。

「まぁ、逆に楽に勝たせちゃくれん訳だが」

 そう自嘲する捕虜上がりは左の頬にざっくりと傷を貰っていた。闘いは決着つかずの時間切れで、引き分け扱いだったという。

 同期でも腕が立つ捕虜上がりが引き分けている一方で、女顔なんかは無傷で勝ちを拾っている。

「結構相性が物を言うみたいだね」

 と女顔。

「俺は、今回おんなじ手数で闘う奴とだったんだけど、俺の方が何手か多くて押し勝てた」

 やだなぁ手数型。相手すんのマジ面倒臭いんだもん。

「まぁ殆どはそんな感じなんだが、何人か本気でヤバい連中がいる。上手く説明出来んのだが……」

 捕虜上がりが言いながら周りを見た。

 興行に出た他の連中も眉を顰めたり頷いたりなので、ヤバさは同期共通の認識のようだ。

 視線を受けて、犯罪奴隷の奴がなんとか印象を説明しようとする。

「なんつったらいいのかな。俺達は興行に立つ時、闘う相手を『殺したいけど殺したくない』と思うだろ」

 『殺したいけど殺したくない』は俺達の気持ちを表すのに言い得て妙(ぴったり)だ。

 俺達は別に好き好んで剣闘士になった訳ではない(同期では色男の自由民剣闘士を除く)。興行で闘技場に立てば、相手は同じ無理強いされたお仲間だ(色男の自由民剣闘士を除く)。

 自分自身が生き延びるため、俺達は闘いで負けたくない。だから、相手を殺す覚悟で剣を振るう。だが同時に、心のどこかで相手を傷つけたくない、殺したくないとも思っている。

「そうなのか?」

 色男が聞いてきた。今難しい話してるから黙ってような。

「でだな、ベテラン連中の中に何人か、その『殺したくない』がない奴らがいる。手加減なしの本気も本気」

 パッと見た感じだと、俺達のような訓練同期の気安いつき合いすらなくて、ギスギスとした空気を放っているという。闘って殺す、負ければ死ねという連中だ。

「ウチだとこいつの相手がそうだった」

 犯罪奴隷がぐい、と親指で債務奴隷の奴を示す。債務奴隷が肩をすくめた。

「まぁ俺は普通に勝ったがね」

 勝ったのかよ。

「まぁ、誰かの台詞じゃないけど、楽には勝たせちゃくれなかったよ。剣の一振り一振りが殺しにくるんだぜ。おっかねぇったら」

 債務奴隷がこの世の終わりみたいな顔で言う。まぁこいつは女が絡まないといつもこんな感じなのだが。

 犯罪奴隷の奴が言葉を継ぐ。

「こいつが勝てたように、腕自体はそう他の連中と変わらんと思う。だけど取れる手の選び方がえげつない。武器を弾き飛ばしても勝てる、首を切りとばしても勝てるって状況なら首を狙ってくるような連中だ」

 分析して説明する力、言い方は悪いが意外な才能を持っているようだ。


「でもさ、なんでそんな連中がいるんだろう。言っちゃなんだけど団の色と合わなくない?」

 ふと疑問に思って聞いてみる。俺達訓練同期がこうやって駄弁(だべ)っている通り、うちの団はそういう深刻(シリアス)さとは割と無縁だと思っていた。

「言われてみりゃそうだな」

 俺の疑問にその場にいた全員が首を傾げた。


   ***


 わからん事があったらどうすればいいか。

 真面目な奴なら自分で調べようとするだろうが、こちとら字も読めなきゃ適切な資料へアクセスする手段もない奴隷剣闘士に過ぎない。

 というわけで知ってそうな奴に聞くことにした。

「なんで?」

 いつもの訓練の休憩中だ。俺の傷は抜糸も済んで、普通に右手で剣を振っている。

 今回は何時もの面子ではなく、犯罪奴隷の奴と連んで訓練を受けていた。奴の説明能力が必要だったからだが、女顔が代わりに抜けると言うので、捕虜上がりはそっちについて行った。

「なんでっつってもなぁ」

 話を振られた訓練士の『理屈屋』が頭をかく。最近は面倒臭い事はだいたい理屈屋に頼っているような気がするな。

「そうだな。お前らの御披露目興行あったろ、訓練同期で闘う奴」

「あった」

「同期で何人死んだ?」

「……一人」

 忘れてはいけないが、思い出したくない事実。闘えばやがて誰かが死ぬのだ。


「お前らが言う『ヤバい連中』はおんなじ訓練同期の連中でな。で、御披露目興行で三人に一人ぐらい死んでいる」

 えっなにそれ怖い。

2020/11/26 意味を取り違えそうな表現を修正

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― 新着の感想 ―
あー、お披露目の惨劇でガンギマっちゃった系?
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