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4b-2 回復魔法

「世の医者には治療の内容(なかみ)を説明する派としない派がいるが、俺はする派だ」

 と剣闘士団の医者が言った。髪をきっちり後ろに撫でつけたおっさんで、顔が怖くて助けた人数より殺した人数の方が多そうだとか言われている。

「理由は、説明しないと俺の治療を拷問と勘違いする奴がいるからだ」

「なんて?」

「俺の治療は拷問みたいに痛いから覚悟しろって」

 色男の自由民剣闘士が聞いてくるので翻訳する。

「これからやる手術は特にヤバい。大の大人が泣いて漏らす。なので、お前らは患者が暴れないように抑える係だ」

 イビキ野郎がガウガウ唸る。

「なんて?」

「殴って患者を気絶させようって」

「俺の仕事を増やそうとするな」

 医者のおっさんに怒られた。すいません。


   ***


 闘技場に併設されている治療室の奥の方、でかい手術をやるためのカーテンで仕切られた小部屋で椅子に座っていたのは、割と元気そうな見かけのベテラン奴隷剣闘士の一人だった。とは言っても負った傷のせいか顔色は悪く、よく見れば左腕の上腕、肘と肩の間を布でぐるぐる巻きにしてあった。

「刃を貰った時に変なひねり方をしちまってな」

 当人が眉を顰めながら言う。

「傷が(えぐ)れて、駄目らしい」

 医者のおっさんが耳に挟んでいた細い金属(かね)の棒で怪我人の前腕をあちこちつついていく。

「感じるか?」

「なんにも」

「こっちは?」

「ぜんぜん」

 医者のおっさんが頭をかく。

「やっぱ駄目っぽいな。傷も酷くて、無理に残そうってんなら焼くぐらいしかないぞ」

 怪我をしている剣闘士が溜め息をついた。

「わかった、ばっさりやってくれ」


 というわけで臨時助手の俺達三人は手術前に医者のおっさんの説明を受ける事になった。

「まず、縫ったり縛った程度じゃあ治らんような酷い傷はたいてい腐る。腐るとそこから毒が広がって死んじまう。ここまでは、まぁわかるよな?」

 俺達は三人で頷いた。

「なもんで、腐りそうな傷は焼いちまうって手があるんだが、別の手として切り落とすという技術(わざ)がある」

 酷い傷を負った四肢を、傷から心臓に近いほうで切り落とす。残った所は比べりゃきれいなもんなので、切った痕を上手いこと治療できれば、ぐちゃぐちゃの傷を抱えるよりも生き残る目があるわけだ。

「やり方はこうだ。まずは血が流れ過ぎないように切る所より胴に近い辺りをギュウギュウに縛って血を止める。それから傷のないところで腕を切る」

(いて)え」

 色男が想像して顔をしかめる。同感だ。

「だがこれだけじゃあ終わらねえ。残った腕の肉に横からうまい具合に切れ目を入れて、べろっと剥いて骨を挽く」

 (いて)え。

 イビキ野郎がガウガウ唸った。

「なんで肉を剥くのって」

「肉と骨の断面が一緒だと骨が邪魔で傷が塞げないだろうが。骨の方を短くして肉を被せる」

 医者のおっさんが両手の平を合わせると、そいつを地面と平行にしてワニの口のようにパクパクさせた。骨があると口が閉じないと言うわけだ。

「この手術はちゃんと説明しないと拷問だと勘違いされる。じゃなくても信じられないぐらい痛くて患者が暴れる。患者に蹴られて骨を折った医者なんか珍しくもないってぐらいだ」

 力こそ治療だ、と言って医者のおっさんが腕を捲って見せた。俺達剣闘士に勝るとも劣らない力こぶ。

「医者には逆らわないようにしような」

「な」

 ガウガウ。


 色男と俺とイビキ野郎、話を聞いた俺達は顔を見合わせて心に誓った。


   ***


 手術の準備も拷問その物の光景だった。

 まずは大人が手を広げて寝っ転がれるでっかい机を用意する。そこに患者を乗っけて、手足を机の脚に縛り付ける。

 口には硬い木で作った噛み棒、というか猿轡をつけて、一度沸かしてから冷ました水で身体中を拭いてやる。ちんこもちゃんと拭いてやったぞ。

 医者のおっさんは手術道具をグツグツ煮ながら、手順を確認するようにブツブツなにかを呟いていた。端から見たら完全に生贄の儀式の神官だ。

「なんでお湯を沸かすんだ?」

 手持ち無沙汰の色男が聞いている。そのあたりは俺も興味がある。

「傷に泥やゴミがあったら拙いのはわかるだろ」

 おっさんが半ば上の空で答えてくれた。

「だから水で洗うんだが、その水が汚かったり虫がいるとこれも拙いらしくてな」

 大昔は水を布で漉して使っていたらしい。だが、ある時歳を取って目が悪くなった医者が、水の綺麗さがよくわからんので沸かすことを思いついたそうだ。

「沸かしちまえば虫がいても死ぬからな。で、試してみるとどうも沸かした水を使った方が治療で死ぬ奴が減るようだと」

 当時の医者達が色々考え、歳を取ると目が悪くなるのとおんなじ理屈で、水の中には滅茶苦茶目が良くないと見えないぐらいの小さい虫がいるんじゃないかと仮説を立てた。そんなのが本当にいたら布で漉すだけでは素通りだ。

「それで、使う水から道具から何でも煮るようにしたら治療で死ぬ奴が減った」

 すげぇ、この世界の連中は経験則から煮沸消毒を思いついている。

「でもそれじゃ薪代で破産だぜ」

 色男の剣闘士が指摘する。

「だから医者は高い金を取るんだよ。俺だって剣闘士団から、お前らの人生を二三回買えるぐらい貰っている」

「すげぇ」

「お前らの人生が安いんだよ」

「ひでぇ」

 馬鹿話をしている間に煮沸消毒が終わったらしい。俺たちはおっさんの指示に従って、涙目になっている患者の剣闘士の身体を抑えつけた。

「じゃあ始めるか。安心しろ、この手術代は団持ちだ」

 おっさんが小粋な冗談で場を和ませようとする。色男が笑ってそれに乗っかった。

「運が良かったなぁ兄弟! 娑婆だったら『八中六七』で債務奴隷、運が悪けりゃ剣闘士行きだぜ!」

 お前の冗談は笑えないんだよ!


   ***


 手術自体はおっさんの説明通りに進んで終わった。俺達臨時助手がやったことと言えば、肉に刃が入るたびに暴れ出す患者を抑えつけ、歴戦の剣闘士がボロボロ泣いているのから目を逸らして、見なかったことにするぐらいだ。

 医者のおっさんは手術中ずっと

「力こそ治療!」

「臨床の数でぶん殴る!」

「死んだ患者とこれから死ぬ患者がいるだけだ!」

 と流派の格言を言い続けていた。(つば)が飛ばないように口を覆う習慣まであるというんだから本物だ。

 イビキ野郎が切り落とされた腕を持って自分の股間に当ててみせる。

「ちんこ」

 俺、この世界のノリがちょっと嫌になっちゃったな。


 手術が終わって意識を失った患者を医者に任せて、俺達は残ったお湯を貰って身体を洗った。片腕を失った剣闘士は、治療の具合を見ながら義手を作ってそのうち剣闘士稼業に復活するらしい。腕の一本二本では抜ける事もできないわけだ。

 怪我で興行に出ていなくてもこれだけ楽しみがあるんだから、奴隷剣闘士の生活という奴も飽きが来ない。


 サリヤと遊んだり、先生の所で小石を数えてるのと比べると、温度差がありすぎて風邪を引きそうなんですけど!

2020/11/14 本文を一部修正

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― 新着の感想 ―
 そっかー、十中八九じゃ無いんだ。
よい点 はっちゅーろくしちでけんとうしだんゆき ひとこと くそわろたw
[一言] この世界は蛮族が多すぎるw
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