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4b-1 剣闘士生活

「というわけで数の数え方から違った」

 難しい言葉では数詞と言う。数詞は桁の取り方と密接に絡んでいるので面倒くさい。

「蛮族はそこから違うのか」

 と捕虜上がり。

 いつものように飯の時間の雑談だ。話を聞いてみると、この世界の数え方は八進数が当たり前で、十進数(『俺達』が普段使っている十で桁上がりするアレだ)を使っている奴は居ないらしい。訓練同期で蛮族出身のイビキ野郎に聞いてもそうだったから、どうやら十進数なんて使っているのは『俺の部族』だけのようだ。

「まぁ、しょんぼりしても仕方がない。早く四桁まで数えられるようになるといいな」

「やればできる子だから大丈夫だよ」

 俺を慰めてくれる捕虜上がりと、頭を撫でてくれる女顔。いやお前ら俺の父ちゃんと母ちゃんか。でもうれしい。

 ちなみに四桁までというのはこの世界の言い回しで、八進数の四桁目、十進数に直して五一二まで数えられれば一人前という意味だ。つまり日常生活ならば三桁まで使えれば何とかなると言うことでもある。とりあえず変換のために電卓が欲しいわ。

「そろそろ次の興行だな」

 飯を食いながら捕虜上がりが言う。

 剣闘士の飯は身体を作るためにも量が多く、おかずに肉が付くことも多いので空腹とは無縁なのが良いところだ。

 と言っても穀類はこの世界では家畜の飼料なんかに使う安物らしく、ぐちゃぐちゃに煮込んで塩気をつけて何とか食えるような代物で、機械的に匙で口に放り込んで片付ける事になる。

 剣闘士の理想の体型はしっかりと筋肉をつけた上でそれを脂肪で覆うことだと言われている。それなりに防具をつけるとはいえ見栄え重視で肌を晒している所も多いので、少しでも刃を防ぐ事が出来ればという事だろう。俺や捕虜上がりなんかはその理想に向かってどんどん身体がデカくなっているのだが、女顔は体質の問題か妙にむちっとした腰付きになっている。なんでや。

「うん」

 俺はなんとか頷いたが、それ以上は何も言えなかった。女顔も無言で飯を片付けている。下手に頑張れと言ったところで、頑張れば仲間が傷を負うだけなのだ。

 結局、その日はいまいち盛り上がらずに飯を食い終えて、食器を戻す為に立ち上がった女顔の尻が遠ざかるのを捕虜上がりと二人して眺めていた。近くにいた監視役の訓練士も眺めていた。

 男の癖にいい尻しやがってこの野郎。


   ***


 日々はあっという間に過ぎ去ってゆき、剣闘士興行の週が来た。

 とは言っても、闘技に出ない連中は普段通りに訓練に明け暮れていて、訓練士からは客には姿を見せないように言い含められている。華やかな闘いの場である興行に、闘う前から怪我を抱えた連中が顔を出しても客が冷めるだけだからだ。

 闘技場(おもて)から聞こえてくる歓声や悲鳴を聞き流しつつ、俺は普段は連まない連中と木剣木盾を打ち合っていた。

 脚を使って揺さぶってくるのは『イビキ野郎』と呼ばれている蛮族出身の奴隷剣闘士で、こいつは防御(まもり)を考慮しない捨て身の攻撃を繰り出してくる狂戦士(バーサーカー)型だ。俺でもビビる底なしの体力で右へ左へと駆け回り、少々打たれても意にも介さずますます激しく剣を振る。

 もう一人は御披露目興行で捕虜上がりと闘っていた自由民剣闘士で、相変わらずの型を的確に使いこなす正統派の剣でこちらの甘えた動きの隙をついてくる。素人は勘違いしがちだが、型という奴は馬鹿に出来ない。長い歴史の中で闘いの技術(わざ)という奴は洗練されていく。その精髄こそが型であり、実際の闘いで繰り返し現れるパターンとその対処法のパッケージこそが型なのだ。役立たずのそれは淘汰されていくので、残った物は定跡中の定跡ということになる。

 イビキ野郎相手に体力任せに駆け回り、自由民剣闘士相手にがっちりとした型稽古。

「娑婆の連中は気軽に限界を超えろなんて言いやがるが」

 と『理屈屋』が言う。

「そんなものは嘘っぱちだ。限界って奴は超えられないし、超えたなんてのはただのまぐれか勘違いだな」

 全身汗塗れで参っている俺達を、鞭でどやしつけて叩き起こす。

「本当の限界を、正確な限界を身体で覚えろ。どこまで動けるのか把握しろ」

 そしてその限界を少しでも伸ばすために、俺達は乾いた雑巾を絞るように最後の一滴まで体力を振り絞った。


   ***


「興行に出ないの? 怪我してないけど」

 ぐったりと日陰で休憩中に、ふとした疑問を聞いてみた。相手は座り込んで膝の間に(こうべ)を垂れている自由民剣闘士で、聞こえていることを示すように一度片手を上げた。息を調えるまで待てという事らしい。

 しばらくしてでっかいため息をついて復活してきた。こいつもなかなかの色男で、前の興行ではそこそこ黄色い声を受けていた。

「お前の親父とやりあって少し考えることがあってな」

 と色男。

「親父?」

「わかってるだろ、あの外国人の捕虜上がりだ」

 そういう風に見られているのか。

 聞いた話によると、自由民剣闘士は剣闘士団と対等の契約を結んでいる形になるので、契約の範囲内で、興行に出る出ないをある程度相談できるらしい。

「それでちょいと鍛えようと思ってな」

 その言葉には少し自嘲するような響きがあった。

「地力で完全に負けていた。今のままじゃどうにもならん。なんで、例えばお前らと付き合ってせめて体力だけでも超えてやろうとかな」

 俺はイビキ野郎と顔を見合わせた。俺達二人は訓練同期では体力バカの枠に入る。

 イビキ野郎がガウガウ唸った。

「なんて?」

「なんで剣闘士になったんだ、だって」

 同じ蛮族出身(という事になっている)である俺が通訳する。言葉を覚えるために必死なおかげか、俺は結構ひどい発音でもなんとか聞き取る事ができるのだ。

「それはあれだ、俺はこの通り顔がいいだろ?」

「喧嘩売ってる?」

「まぁ聞けって」

 色男の自由民剣闘士が鼻白んだ俺達に説明する。

「俺はこの通り顔がいい。そうするとなぜか、調子に乗ってるとか言って絡んで来る奴とか、俺が顔だけの野郎だと思い込んで馬鹿にしてくる奴がいるわけだ」

「あー」

 なんとなく絡む奴らの気持ちがわかる。

「だから証明したいんだよ。俺は顔だけじゃなくて腕も立つ男なんだってな」

 それで殺し合いの剣闘士を選んだ男の、悲壮感の欠片もない笑顔。イビキ野郎が呆れたように目を回して上を向いていた。

 この色男、結構面白い奴だぞ。


   ***


 そんな感じでわちゃわちゃやっていた俺達の所に、訓練場の端っこで誰かと喋っていた訓練士の『理屈屋』が走ってきた。やべっとなって三人ともに立ちあがる。

「お前ら今は手が空いているな?」

 だが、理屈屋の用事はだらけた俺達を叱りつける事ではなかったようだ。

「闘技で重傷者が一人出た。手術になるかもしれんから手伝いに来い」


 野郎三人が必要になる手術って一体なんだ。

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