4a-1 狼髪のサリヤ
剣闘士団の敷地にある建屋の一角、奴隷剣闘士に娼婦をあてがう時に使われる部屋は基本は契約娼館に管理されている。普段寝起きしているのに比べればよっぽどマシな寝床とお湯が用意されていて、安物とはいえ贅沢にも獣脂蝋燭まで灯されている。
この世界にはまともな時計がないので、時間を計りたいときには日の動きだの砂時計だの蝋燭だのを使うらしいのだが、剣闘士にあてがう娼婦に関しては蝋燭が消えるまでの恋人という事もなく、たっぷり一晩は相手をしてくれるらしい。娑婆には回転率重視の射精したら終わりの店などもあるというから、奴隷剣闘士という特殊技能持ちに対する福利厚生の面もあるのだろう。というか普段女っ気のない生活なので一発勝負なんて事になったら秒で終わる自信があるわ。
「乾かすのに時間がかかるから、湯はもう使ってきた」
その獣脂蝋燭の仄かな灯りの中で、狼髪のサリヤが言った。
俺は丁寧に作られた寝床に座って、サリヤ……俺より背が高い狼人が服を脱いでいくのを呆然と眺めていた。
「ほら」
サリヤがその両腕を広げて俺を包み込む。どう言い含められて来たのか、俺をぎゅっと抱きしめて頭なんかを撫でてくる。胸と胸をくっつけることで伝わってくる相手の鼓動。久方ぶりの肌で感じる他の命。
でっかい女に甘えたいという俺の要望は、言い方はあれだが大型犬と抱き合うような奇妙な形で叶っていた。ふわっふわの毛皮とその下でうねる肉体は抱き応えがあり、顔をうずめるとどうしようもない多幸感が脳に溢れた。おお……これはこれで……。
一通りモフモフを堪能していた俺だったが、サリヤは少し困ったような顔をすると俺の股間に手を伸ばしてきた。犬猫を飼ったことのある奴にはわかるだろうが、動物の顔というのはあれで結構表情がわかるのだ。
「甘えん坊とは聞いていたけど、今日はそれだけじゃないだろう?」
サリヤの手が俺のを探り当ててちょこちょこと弄った。
「ん……こっちは可愛いね」
は?
突然のファンタジー要素に混乱していた俺だったが、直接攻撃を受けた事で身体は臨戦態勢を取り戻した。つまり、弄られてえっちな気分になった。
可愛いというサリヤの言い方がいろいろな心の傷に触れたのもある。そのあたりの話題について野郎はとにかく繊細なのだ。
身体がでっかい。上等。
ケモミミシッポ。上等。
全身毛皮の狼頭部。おう上等だ、かかってこい。
熱膨張って知ってるか?
詳細に描写するとアウトな気がするのでここからはダイジェストでお送りする。具体的にはサリヤの発した言葉だけをお伝えしよう。
「えっ」
「えっ嘘」
「はれえ?」
「なんだこの格好は、なにをする気」
「~~! ~~!」
「ちょっと待って」
「んぎっ」
「やだ、やだ」
「!!」
「そんな所を!?」
「……」
「ワンワン! ワンワン!」
「これ好き! 好きです!」
「アォーン……」
すっごい出た。
***
サリヤと一戦交えて一息着いた俺は、寝床でいちゃつきながら色々な話をした。
やはり本職の娼婦でないからか、サリヤの技術は人並みの物で、むしろ現代日本できちんとした性教育を受けており、各種ポルノへのアクセスが容易だった俺の方が知識の面では勝っていたらしい。というかこの世界の性行為は野郎が勝手に気持ちよくなるだけのもので、女を気持ち良くさせようという意識が低いのだという。
現代の地球でも国や地域によってはそういう所がまだあるので、このあたりは文化的な問題だろう。
「あんなのは、ずるい」
サリヤが拗ねたような口調で言う。舌で弄る奴だろうか。
そういう話ばかりしていてもいいのだが、俺としてはサリヤが語る『旅の守りの姉妹団』の話に興味があった。
この街の造りを思い出す。周囲をぐるりと壁に囲まれた、いわゆる城郭都市という奴だ。
街がそんな造りになっているということは、街の外は危険が一杯という事になる。
実際に街の連中が蛮族と呼ぶ奴らはいるし、野生の動物も出るだろう。街から街への移動に護衛がいるということは、時には野盗山賊の類いが出るのかもしれない。
いつか剣闘士稼業から足を洗うか、何かの機会に上手い具合に逃げ出せた時のために、そのあたりの情報を仕入れておきたい。
「姉妹団は女の旅人の為の護衛仕事をしている」
とサリヤは言った。
「お前の思っているとおり、街の外を旅するのは生易しいものじゃない」
ちょっとした馬借や車借、背負子を担いだ行商人、余所から嫁入り婿入りした連中や奉公人の里帰り、田舎の貧乏村からの買い出しに、蛮族や貧乏人を狙った奴隷狩り。
なんだかんだで街の外に出る者は多いが、それを狙った連中にも事欠かない。
金があるなら最初から護衛を雇っておけばいいが、大多数の貧乏人はそうもいかない。護衛たっぷりのキャラバンに後ろからちょこちょこついて回ったり、同じ道を行く連中で固まって頭数だけでも大きく見せたりと涙ぐましい努力をする。
「そして女が旅をするとなると、な」
まぁ、だいたいは想像がつく。
野盗山賊の類いが奴隷剣闘士より女っ気があるとは考えにくい。捕まったらひどい目にあうだろうし、それで護衛を雇うにしても、その護衛も男だったら時には過ちが起きる事もあるだろう。
『旅の守りの姉妹団』はそこそこ金がある家の婦女子や、金を出し合って護衛を求める女達を当て込んで商売にしている傭兵団と言うことで、その一環で最近この街に滞在しているのだという。
「だが最近は、皆が街の外に出るのをなるべく控えるようになっていてな」
それで次の仕事が見つかるまでの繋ぎにと、娼婦株を持っていて、そのあたりを割り切れるサリヤが俺の所に来たというわけだ。
俺はサリヤの毛皮をモフりながら話を聞いていた。尻尾の付け根をテシテシ叩くと腰がピクピク動くのが面白い。
だがちょっと待て。いちゃいちゃに夢中で聞き流しそうになったが、今気になることを言わなかったか。
「街の外に出たがらない?」
俺はそのあたりを聞いてみた。
「なにか奇妙な事が起きているんだ。具体的には、死体が出る」
どうもそれはこの街周辺だけの話ではないらしい。
ある海辺の街では、浜辺に何体もの死体が流れ着いたらしい。だが、沖で船が沈んだのならば船の残骸も流れ着くだろうが、揚がってきたのは全裸の死体だけだったそうだ。
ある街の側では、大雨の日の何日か後に、崩れた崖の中から死体が出てきたらしい。そこで念のために流れた泥なんかを改めたところ、でかい岩に半身がめり込んでいて、腕や頭だけを突き出している死体が見つかったのだと言う。
それだけを聞くと話が大きくなりすぎた駄ボラのように聞こえてくる。
だが、サリヤは俺をぎゅっと抱きしめて言った。
「私も見たんだ」
ある夜、姉妹団は日程の問題から野営を余儀なくされて、一晩中かわりばんこに見張りをやっていたそうだ。
「月が出ている晩だった。赤と青の満月で。突然悲鳴が聞こえて全員飛び起きた」
悲鳴が聞こえてきたのは空からだった。
そして、空から全裸の男が落ちてきて、地面に叩きつけられて死んだ。
二つの月が出ていた夜に、突然現れた全裸の男。なんだか、どこかで聞いたような話だと思わないか?




