3b-2 たくさんのご褒美
俺よりでっかい女というのが無茶な望みというのは薄々自分でも感づいてはいた。
もともと訓練同期の中では体格に恵まれていた俺だったが、訓練で身体を作り込んだおかげで縦にも横にもデカくなっていたからだ。
肉体というのは極論すれば骨格で決まる。骨格がショボければ肉の載せようがないので、同じことをしていればデカい奴ほどデカくなる。
というわけで俺は多分剣闘士全体でも身体が大きい方で、つまり街をひっくり返しても俺より大きい娼婦はおそらくいない。
「なんで大きい女がいいんだ? 『無垢なる者』」
一通りツッコミを入れられた後で誰かに尋ねられたので、素直に「甘えたいから」と言う。
この世界に来てからこっち、俺は基本的に痛い目にしかあっていないので、正直かなり参っている。自己分析の結果、俺には慰めが必要であり、女を奢って貰えるなら、とりあえず滅茶苦茶甘える必要があると考えたのだ。
いや端的に言うと趣味なのだが。
だが、俺の答えに今度は周りの連中が「悪いこと聞いちゃったな」みたいな顔で視線を逸らした。どうも俺の心が幼いという誤解もあって、母性を求めていると勘違いをされているらしい。女顔が俺の肩をポンポン叩く。やめろや。
「よし」
と、そこでなぜか債務奴隷の奴が力強く俺に言った。
「そういうことなら任せておけ」
何を任せればいいんですか?
***
剣闘士団が契約している娼館は、娼館とは称しているが実際の所は娼婦の紹介業者のような所だそうだ。
奴隷剣闘士を娑婆の娼館にやるのは難しい。脱走や自殺を防ぐために、そのたびに団の私兵を付けるのは現実的ではないからだ。
というわけで剣闘士が娼婦を求める場合は相手を団の敷地に入れて一戦交えることになる。契約娼館はそのために娼婦を手配して団に送り込んで来るわけだが、細部を調整するために団の事務方に担当者を置いていた。
今回の話は事務方との調整の仕方を覚える機会でもあるため、俺は時間を貰って担当者に会いに行った。任せておけと言う債務奴隷と俺、あとついでになぜかついてきた女顔で俺の好みについて要望を伝える。
「ええ……」
要望を聞いた担当が困ったような顔で俺を頭からつま先までじゅんぐりに見る。
「いや、ええ……? 無理、じゃないですかねぇ」
頭の中で帳面でもめくっているのか、担当が何かを思い出そうとするような顔をしながら言った。
「私共が紹介できる女では難しい、ですねぇ」
ほらー。
俺が債務奴隷を見ると余裕の表情で頷いて話を変わった。
「普通の娼婦じゃ難しいかも知れないが、娼婦株で街に入っている奴ならどうだい?」
「ああ!」
債務奴隷の言葉に担当が反応する。娼婦株?
「娼婦をするにも登録と許可がいるんだよ」
女顔が俺に説明した。
「街は治安の事もあって私兵と娼婦はなるべく把握するようにしていて、街に入れる入れないの許可もしてるんだけど。娼婦株はまぁ通称で、娼婦に登録している滞在者だね」
もちろん、そんなものなしで身体で稼いでいる私娼もいるそうだが、そういう輩はギルドに加盟している娼館とは縁がないし、一段低く見られるらしい。
「でだな、実は娼婦株は他のあれこれより許可が出やすいんで、登録上は娼婦だが別の商売をしてる奴が結構いる訳よ」
債務奴隷が補足する。さすが娼婦に入れ込んで身を持ち崩しただけの事はあって、この手の裏事情にも詳しいようだ。
担当が天井を見ながら顎に手を当てて指先で何度か頬を叩いた。
「ガタイがいい女だと、護衛関係ですかねぇ。男じゃ入れない所に入れるってんで、有力者婦女子の護衛をやってる女傭兵、女私兵ってのが結構います。で、許可が出やすいんで娼婦株で街に入っている奴もそれなりには」
「その手の仕事は水物だから手が空いている奴もいるはずだろ。蓄えを切り崩してるんだ、話の持って行き方で小遣い稼ぎをする気になるかもしれない」
担当者が探してみましょう、と請け負ってくれた。いい仕事をしたと笑顔の債務奴隷と、俺もニコニコ顔で握手をする。女顔はなぜか面白くなさそうな表情を浮かべていた。
握手を終えると債務奴隷は笑顔のままで娼館の担当に向き直った。
「じゃあついでに俺の好みの娘も探して欲しいんだが。まずおっぱいは大きくてつんと上を向いているのがいい。顔は小さくて生意気そうで、ソバカスが散ってると野趣があってさらにいいな。ソバカスは肩とか胸にも散ってるとちょっと嬉しい。毛は薄い方が好みだが、濃いならいっそ脇にも生えていたらご褒美だ。あとは」
注文が細かい。
***
娼婦の手配をしてもらっても、それはそれとして剣闘士の日常は続いていく。実戦を経て、みんな身体のどこかしらをやられているので、その様子を見ながらおっかなびっくり日々の訓練を再開することになる。
訓練士達は毎度の事とばかりに、負った傷に合わせた訓練をひねり出しては相変わらず俺達を絞っていた。俺の場合は右肩に怪我をもらっているので、左手で得物を振るう練習だ。
正式に剣闘士に数えられるようになっても、周囲の面子はそれほど変化がない。
うちの剣闘士団はやはり訓練同期の絆が強いらしく、俺達も、俺達より前から団にいるベテラン連中も、自分達の同期とつるむ傾向が強かった。
楽しみがあると多少は前が明るくなるのか、それとも単なる慣れなのか、そんな訓練も以前よりは気持ち余裕をもってこなせるようになってきたのが変化と言えば変化だろうか。
その日の訓練の終わりに、いつかのように『理屈屋』が、ちょいちょいと俺に手招きした。
「お嬢さんがご褒美をくれるらしい」
と『理屈屋』は俺に伝えた。女顔との闘技での面倒くさい指示を伝えた縁か、今回も取り持ち役をさせられているようだ。
「このあいだの闘いで無茶ぶりを跳ね返しての勝ちを拾ったからな、娼婦とは別口でなにか欲しければ聞いてくれるって話だ」
「解放」
「そりゃ無理だろ」
試しに言ってみたが駄目だった。
ちゃんと話を聞いてみると、あの闘いまではお嬢さんの中では俺は『その他大勢』扱いだったらしい。俺を競り落とすときに直接来ていたのも特別扱いというわけではなく、動く金が大きい機会には出来る限り臨席するようにしているそうだ。
そこで、女顔の売り込みのつもりで仕掛けた厳しい条件を覆したということで、ちょっぴり俺への興味が出たというわけだ。
「解放までいかなくても、自分を買い取る額を多少値引きしてもらうぐらいならできるかもな」
自身も奴隷剣闘士上がりの『理屈屋』がそれなりに親身に説明してくれる。
確かに解放が近づくのは嬉しいが、せっかくの札をそこで使ってしまってもいいのだろうか。この世界に来て自分の欲しい物が手に入る最初の機会。
「言葉」
俺はなんとかひねり出した。
「ちゃんと喋られるように、なりたい」
今の俺の最大の問題点は、この世界でまともな会話が出来ないこと。最初の奴隷商人のところのストロングスタイルの会話の授業だけでは、まともに情報を集めることも、チャンスを掴む事も難しい。
そもそも俺は「あなたの名前はなんですか」すら言えないのだ。
『理屈屋』が俺の希望に片眉を上げて、しばらくなにかを考えるような表情をした。
「言葉。言葉か。わかった、そう伝えよう」
***
そうやってつらい日々を過ごしていれば、いつか楽しみの日も訪れる。
ある日、ついに目当ての女が来てくれると聞いた俺は、いそいそと団の敷地内にある娼婦用の部屋に足をのばした。
俺よりデカい女なんて無茶な条件を、担当者もよくも探してくれたものだ。
「『旅の守りの姉妹団』、狼髪のサリヤ」
サリヤと名乗った女は確かに俺より大きかった。
普段は街から街へと移動する連中の護衛仕事をやっているらしい。この街にたどり着いた所で契約が切れて、仲間と共に次の仕事を探していたが、時期が悪いのかちょいと蓄えが心細くなったとかで話を飲んでくれたのだ。
俺よりちょっと高い背丈。護衛で食っているだけあって、剣闘士の俺から見ても鍛えられて、ぎゅっと絞られている身体。
それでいておっぱいと尻はバンと張っていて、女らしい柔らかい線もある。
そしてふさふさの尻尾と大きな耳、長く伸びたマズルに全身を覆う毛皮。
サリヤの首から上は「狼髪」の名の通り、人ではなく狼の物が載っていた。
「見ての通り私は狼人だが、本当に問題ないな?」
ここに来てファンタジー成分とかマジかよお!
2020/10/14 改行修正




