3a-2 女装小悪魔奴隷剣闘士
「始め!」
審判役が声を上げるのに合わせ、楽士が楽器をかき鳴らす。
観客席から注がれる熱い視線は、闘技場で互いに距離を測り、じりじりとそれを詰めていく俺達二人に注がれている。
変な話だが、剣闘士の闘いでの歩き方は特に指導されていない。てくてくと近所を散歩するように距離を詰めてもいいし、『構え』の姿勢から引き足を変えないように摺り足の要領で体勢を維持しながら動いてもいい。ただ、止まるな、動け、動き続けろとだけは耳にたこが出来るほど言われている。
ここで受けた剣闘士訓練は利き腕利き足というものを重視しない。この世界もどうやら一般には右利きが多いようだが、剣闘士が左利きの場合は好きな方の手に剣を持つことを許していた。
そして、剣闘士の武器は剣だけではない。
女顔は俺から見て右側、右腕側に回り込むように動いていた。防具のせいで視界が悪い俺に対して、横に揺さぶることで主導権を取ろうというのだろう。
しばらくそれに付き合っていると、楽士の奏でる音楽が急かすように徐々に早くなってきた。女顔の横歩きもそれに合わせて早くなり……
鋭い突き!
ワンパターンな動きから一瞬だけ逆に跳ね、俺の視界から消えての一撃はほぼ勘で構えた盾の縁でなんとか防いだ。続いて弾かれた反動を逆用しての、引き手からの鞭のようにしなる剣を今度はしっかり合わせた盾で防ぐ。
二度の剣戟を凌いだ俺は、今度はこちらの番とばかりに相手の構える盾をぶっ叩く。膂力ではこちらが上と、二度、三度と大上段からガンガンやった所で、徐々に上がってきた女顔の盾を避けるように盾の下、開いた横腹に向けて剣を振るう。
女顔は脚を使って素早く下がってそれを交わし、逆襲の剣を寄越す。空振りした俺は襲ってくる剣に盾が間に合わないと見て、こちらも剣を使って跳ね返す。
集中した剣戟をなんとか無傷で凌ぐと、互いに意を通じたかのように距離を取り、神経をすり減らすじりじりとした動きへと戻っていった。
集中で遠くなっていた音が戻ってくる。観客席からの歓声と、盛り上がった音楽がテンポを落としていく気配。なんとか今の所、客を楽しませる事は出来ているようだ。
クソが。
それから二度ほど似たようなチャンバラをやり、時には剣で剣を押し返す。剣という奴は薄く、鋭い。そうやって打ち合う度に欠けた刃がキラキラと飛び散り、俺達の剥き出しの胸や肩にも幾片かの欠片が刺さっていく。ちくちくとするそれを無視して動き回れば、そのうちそこから血が流れ出す。俺達のような素肌むき出しの軽装剣闘士は、でかい傷を負わなくても、ただ打ち合うだけでその肌から汗混じりの血を見せることになるわけだ。
俺は何でもないように前に出ると、いかにもといった感じで剣を振り上げた。女顔がこれまでのように盾を構えた所で、体重を乗せた前蹴りを食らわせる。女顔は大した判断力で腰を引いたが、それでも脚に蹴りを食らってよろっとした。追撃の盾殴りに向こうも盾を合わせて、わざと吹き飛んで俺と距離をとる。観客席から女客の悲鳴が響き、俺には太い声援が飛ぶ。
俺の前蹴りは見せ札に過ぎない。よく見りゃ予想は簡単だし、蹴りに剣でも合わせられればダメージを食らうのは俺の方になる。
だが、俺の上段からの攻撃が前蹴りの陽動かもしれないと相手の頭に残ってくれれば、それだけで充分な効果がある。
と言っても顔への攻撃を禁じられている俺にとっては事実上、上からの攻撃のほとんどが陽動なのだが。
観客席は俺が有利と踏んだのか、女顔を応援する声はこれから起きる惨劇を期待するような(そう、期待だ)悲嘆含みの物へとなっていき、俺を応援する声は勝ったなガハハ的なニヤけたおっさんじみた物が増えてきた。
だが女顔の目は死んでいない。諦めていない。
殺意とも違う、生きる為に闘うと覚悟した者の強い眼差し。化粧に口紅の美人からきつく睨まれながら、俺は油断なく得物を構えて前に出た。
女顔の答えは手数勝負だった。俺が一番嫌だった流れで、次々と繰り出されるあれこれに俺は対応するので一杯になった。
剣先での鋭い足払いを、重さ任せに落とした盾で防ぐ。続いて来た相手の盾殴りをあえての兜で受けて耐える。来るとわかっている攻撃ならば、頭を覆う兜の硬さは信頼出来た。
俺が反撃に出した剣の一撃を女顔も剣を合わせて弾き返す。力で勝る俺は次の一撃でその剣を逆に弾いて女顔の正面を無防備にさせた。相手は俺の剣を盾で横殴りにして突きを流し……
女顔の盾の、俺から見て『右側から』剣が伸びて俺を刺した。
***
突き出された剣は俺の右肩付近に傷を作った。腕が動かなくなるような深手ではないが、だらだらと結構な量の血が流れ続けている。
剣は右手に、盾は左手に。だから相手の剣は俺から見て盾の左側から伸びてくる。
というのは当たり前のようだがそうではない。剣と盾の技術は奥深く、俺が食らったのは典型的な盾を使ったトリックの一つだ。
別に大した事ではない。突き出した盾の裏で、腕を交差させて剣を持つ右手を振り下ろすか突き出すだけだ。遣い手は盾を持った左腕で右腕を抱える形になる。
だが、実戦でやるのは勇気がいる。腕を交差させるのは次の動きが遅くなるし、外せば俺の蹴り同様大きな隙になるからだ。
何のことはない、こいつも俺のように止めろと言われた隠し玉を用意していたのだ。
客が盛り上がっているのがわかる。審判役が俺を見るのを無視して、俺は左手の盾を捨てると剣を左手に持ち替えた。右手の力を抜いてだらんとたらし、手首を内に曲げて流れる血を手のひらで受け止める。
俺に降参の意志がないと踏んだ審判役が下がり、けりを付けるべく女顔が迫ってくる。その表情にはある種の同情が見て取れた。
油断しやがったな。
俺は右手のひらをくぼませて溜めていた血を相手の顔に向けてビシャッとやった。予想外の目潰しに混乱したところを、剣を両手持ちにして女顔の剣を弾き飛ばす。
俺は剣だけ、相手は盾だけになったところで、距離を詰めて女顔の胸を覆う布を掴んで引き寄せる。引っ張られてむき出しになった胸に客席が湧くのを無視して、顔と顔をくっつけるような距離で向かい合い、剣を相手の首にぴたりと付けた。
審判役が闘いを止める。
今回は、俺の、勝ちだ。
2020/9/22 サブタイトル修正




