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Blank Garden~白い箱庭~  作者: Mlomo
第一章 工業都市
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03話 陽気な暮夜

「いや、もうね。何なのあのおばさん達!

 私何も悪いことしてないじゃん。全部言われた通りにしてるのに、何でことあるごとに蹴ってくるの!!?」


 自分でも我慢の限界だったのだろう。真っ白い空間で私はそう叫んでいた。

 いや本当。何なんだあのおばさん集団。もといその代表格である母親(ライザ)


(あれが腹を痛めて産んだ子供に対する態度?ストレス溜まってるなら毎週見回りに来るオーガに言いなさいよオーガに!

 百六十二年も生きてるのに胸にしか栄養いってないんじゃないの?果実よりあんた一人の方が重いわ!)


 ダメだ。湧き出る不満が留まることを知らない。

 このままでは私は憤死というものを体験してしまうのではないだろうか。

 そんなことを考えていると横から声を掛けられた。


《そうだね……。

 特に君をサウンドバッグと言った時は、全力で殴りたくなったよ》


「え……。あ、ありがと……」


 思わず声のした方向を見ると、人型の黒霧が音も無く立っていた。

 その周りの空間は少し歪んだように見えていて、私のためにとても怒ってくれていることが分かる。

 そんな()の優しさが嬉しくて、思わず御礼を言ってしまった。


《……やっぱり殴るだけじゃ足りないね。

 “ワサビ”と”カラシ”と”タバスコ”をたっぷりかけた、落とした”大根おろし”を口いっぱいに詰めてあげなきゃダメだ》


 私の心境を理解したのか、彼の怒りが少し増した様に感じた。

 何を言いたいのか良く分からなかったが、空中に赤い大根が出てきたことと、”口に詰める”という言葉からおそらく、”辛い物”をたくさん食べさせたいのだろう。


「えっと……。

 よく分からないけど、それはあんまり酷くない気がする」


 私の言葉に彼が驚いたように体を震わせ、こちらを見てくる。

 どうやら本気で辛い物が罰になると考えているようだ。

 そんなにつらいのだろうか?私には”辛い”というのが何なのかは分からない。口の中が痛くなる味のことだと教えてもらったが、私が知っているのはレーションの味だけだ。

 彼はそのまま固まって、じっと私を見つめているようだった。


「な、何かな?私の顔に何か付いてるかな?」


 流石に恥ずかしくなった私は再び彼に声をかける。

 すると彼は狼狽えたように横を向きつつ、誤魔化す様に口を開いた。


《いや。なんだかもう怒っていない様に感じたから。

 大丈夫なのかなって思ってさ》


 嘘だね。彼が人の目を見て話さない時は大抵嘘を言ってる時だ。


(なんだか少し照れているようにも感じるし、もしかして私に見惚れてた?)


 こんな異形の化け物相手にそんなわけが無いと分かっていても、そう思った瞬間ついつい顔がにやけてしまう。

 彼といると、些細なことでもとても楽しく感じることが出来る。

 今だって、自分で出した赤い大根に気づいて恐怖している彼を見るのが、楽しくてたまらない。

 そんなに辛い物が嫌いなのだろうか。あ、消した。


「ふふっ。

 大丈夫だよ。だってセロが怒ってくれたもん。

 それだけでも嬉しいし、それにこれ以上セロとの時間をあいつらに取られたくないから」


 私はそんな彼――セロの行動が面白くて、笑いながら本心を口にする。

 セロというのは私が付けた彼の名前だ。

 当時はまだ言葉も良く理解してなくて、名前を聞いた私に彼が口にした「分からない」、「思い出せない」の意味も知らずに、覚えたてだった"ない”という意味の数字、ゼロと彼を呼ぶことにしたのだ。


(まあ、いつの間にか”セロ”になってたけど。別にいいよね?

 こんなに優しい彼の名前に濁点なんて似合わないし……)


 そんな風に考えていると、彼がまたこっちを見て話しかけてくる。


《そ、そう。

 ……なら今日も二人で何かしようか》


「うん!」


 今日も彼と話せることが嬉しくて、ついつい笑顔になってしまう。

 いつものやり取りなのに、どうしてこんなに楽しいのだろうか。彼と話していると本当に、()()()まで感じていた怒りが嘘のように薄れてしまった。

 眠った後……、つまりこの白い空間は私の夢の中なのだ。


(でも、どうやって来たんだろう?)


 ふと、いつもの疑問が頭を過ぎる。

 彼は私が生まれる前――――()()()()()からここに居たらしく、彼自身、どうしてここにいるのか分からない――――記憶喪失というやつなのだと教えてくれた。

 覚えていることは、“地球”という“途轍もなく遠い星(いせかい)”の”日本”という国で、勉学を習っていたことだけだという。


(いつか、私もそこに連れて行ってくれないかな?)


 この国で暮らすのは――あまりにも辛すぎる。

 セロみたいな人がたくさんいる国なら、きっと辛くはないのだろう。そう思うと期待せずにはいられなかった。

 それが、絶対にあり得ないことだと分かっていたとしても。


(ここ)にずっと……、私が起きてる間もいるってことは、おそらくセロの体はもう――――――)


 きっと、薄々セロも勘づいているとは思う。私が生まれる前からずっと……、三年もの間一度も目覚めたことが無いということが、どういうことなのか。

 人は水や食料が無いと生きられない。夢の中で食べても意味がないのだ。


(でも、だからこそ。私もセロの支えにならないと)


 “自分が支えてもらったのと同じように”そう心に決めて再びセロを見ると、彼が何やら深刻そうな顔をしていること気づく。


「どうしたの?

 今日は何して遊ぶか決められないの?」


 そんなことで悩んでいないことくらい見ればわかる。

 でもその内容を聞いても、恐らく今の私には何もできないし、誤魔化されてしまうだろう。


(今はまだこうやって、気を紛らわせてあげるくらいしかできないけど、大きくなったら絶対に頼って貰えるようになるんだから)


《うん。君は何かしたいことある?》


 今度は私の顔を見て答えてくる。

 視線は少しずれているが、私を気遣っていることが分かる優しい声だった。


「あるよ!

 またセロと想作ゲームがやりやい!」


 すぐに私は彼の問いに答える。

 想作ゲームというのは、“彼と私で同じものを想像する”という遊びだ。

 どうやら私が出したものは二人とも認識できるのに、セロが出したものは私には違う形に見えていることが多いようで、その認識を合わせる遊びということらしい。

 セロ曰く、


《ここは君の夢で主導権は君にある。それに僕は君が起きている間、君と同じ景色や音を聞いてきたから君の想像は僕にも伝わる。

 でも僕の世界の知識が無い君には、僕の考えているものが上手く伝わらないんじゃないかな?》


 ということらしい。

 当時はよくわからなかったこの説明も、今なら理解できる。

 セロが私のことを"君"としか呼んでくれないのも、ここが私の夢の中だからだそうだ。

 彼自信は色んな呼び方を試してくれたみたいだが、私には"君”としか聞こえないらしい。


(自分の夢の中では自分に名前を付けられない……。

 理解はできるけどやっぱり残念だなぁ)


 私には名前が無い。

 あの母親(ライザ)は私に名前なんてつけてくれなかったし、みんなは私を”こいつ”とか”化け物”と呼ぶから。


(できればセロに付けてもらいたかったなぁ……)


《分かった。ならこの前話した“飛行機”を出してみようか?》


 どうしようもないことを考えていると、セロが想像するもののお題を出してきた。

 名前のことは残念だけど仕方がないと思考を切り上げ、そちらのほうに意識を向ける。


「うん。

 確か“たくさんの人を乗せて空を飛ぶ、金属でできた大きな鳥を模した機械”だったよね?

 待ってて。えい!」


(たくさんの人を乗せるならいつも引いている荷車、金属でできた鳥の羽に、意思の無い道具(きかい)といえば外壁の扉みたいな水晶玉、とりあえずこんなところかな?)


 勿論、全然違う形だというとは分かっている。

 こんな空気抵抗も安全性も何も考えない乗り物など、欠陥品もいいところだ。


《残念。違うよ。見た目はこんな形だよ》


 私が想像したものを見たセロは、そう言って空中に絵を描き始めた。

 その絵を見ただけでもある程度構造を理解することができたが、私は敢えて少し違う構造の欠陥品を想像する。


「へ~。こんな見た目なんだ。

 えい!……どうかな?」


《うーん。惜しい。

 羽は鳥みたいな羽じゃなくて、虫みたいにこう。ひらべったい一枚の鉄の板なんだよ》


 するとすぐにセロが間違いを修正しようと話しかけてきてくれる。

 私はこの時間が好きだ。セロといっぱいお話できて、セロのことを知ることが出来て、何よりセロが楽しそうにしてくれるから。

 この時間を長引かせるために、敢えて間違ったものを想像していると知っても、きっと彼なら許してくれるだろう。


(ちょっと……困った顔はするだろうけど)


 本当は他の遊びもしたいが、対人用の遊びでは私が勝ってしまうため、セロに申し訳ない。

 オーガの力もそうだが、それを抜きにしても私は異常なほど頭が良いらしいのだ。


(自分の知能が異常だと気づいたときは、この外見を受け入れてくれたセロにまで化け物って呼ばれるんじゃないかと思って、いつも怯えてたっけ?)


 今思えば、あのときの私はどれだけセロのことを見くびっていたのだろうか。

 彼はこんなにも優しくて、ずっと、私のことを真っすぐ見てくれているというのに。


(そんな私にいきなり“チェス”ってゲームを出してきて、《今日は本気でかかってきたまえ。君の才能を私が見てしんぜよう》って言われたときは驚いたなぁ)


 私のことをずっと見てきた彼のことだ。きっと私の不安や懸念なんて、全てお見通しだったのだろう。


(本気で嫌われることも覚悟してボコボコにしたのに、《すごい、君は天才だ!今日初めて教えたゲームでこんなにも鮮やかに勝てるなんて!感動した!》なんて……。

 思わず安心して号泣しちゃったなぁ)


 セロは絶対に私を化け物なんて呼ばない。あの時の彼の反応は、そう信じさせてくれるだけの安心感があった。

 実際、その後私がどんなことをしても、彼の私に対する態度は変わらなかった。


《そうそう。これが飛行機だよ!……あれ、どうしたの?》


 そんな物思いにふけっていると、もう飛行機を完成させてしまったらしい。

 セロが、私が何か考え事をしていることに気づいて問いかけてきた。

 私はそんな彼の優しさが嬉しくて、はにかみながら振り向く。


「……うん。やっぱり、セロはかっこいいなって考えてた」


《…………》


 あれ?どうしたのだろう。セロが固まってしまった。

 うわ言の様に「これは親心…親心…」とか「僕はロリコンじゃない」とか呟いてるけど大丈夫だろうか。

 しばらく黙って見ていると、気を取り直した様に彼が話しかけてきた。


《あ……えっと……、…ありがとう。

 つ、次のお題に行こうか?》


「うん!」


 恥ずかしそうにしながら、彼は誤魔化す様に次のお題を出してくる。

 そんな彼の反応が面白くて、私はまた笑顔になった。


(本当に、彼とずっと一緒にいられたらいいのに……)


 頭の回転が速くなるから、夢の中は時間の流れが遅いらしい。

 それでも、また数十時間後には朝が来る。

 そしたらライザに蹴り起こされて重労働だ。


(せめて、この時間を忘れたく無いな……)


 そんな小さな、叶うことのない願いを抱きつつ、私の夢の時間は過ぎていくのだった。


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