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Blank Garden~白い箱庭~  作者: Mlomo
第一章 工業都市
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01話 唯一の立方体

 白い。

 目の前の光景を言い表すとすれば、その一言に尽きるだろう。

 地平線すら見えないほど広大で、地平線が無いことを確認できるくらい何もない、真っ白な空間。


「どこ?ここ」


(たしか僕はさっきまで弥桜理と電車で話してて、それから――――――あれ?……どうしたんだっけ?)


 どうにか状況を整理しようと思考を巡らせるも、記憶が曖昧で思い出せそうにない。

 それでも何か覚えていることが無いかと記憶を辿っていると、更に驚愕のことが判明した。


(僕は…………誰だ?)


 自分の名前が思い出せない。

 “記憶喪失”という言葉が頭を過ぎり、何もない空間に1人という状況も相まって途端に恐怖と不安で押し潰されそうになる。


(だ、大丈夫。

 名前と電車での記憶以外はちゃんと覚えてる。)


 全部忘れたわけじゃない。記憶喪失だとしても部分的なものだ。

 そう思うことで何とか心を落ち着かせ、無理やり周囲に意識を移す。本当に何も無いのか、見落としたものが無いか確認するためだ。

 恐怖から気を紛らわす為だったが、その行動が功を奏したのか自分の足元に見慣れないものを発見した。


(なんだ……これ……)


 握りこぶしほどの大きさの白い立方体、真っ白い空間だというのに何故かそこに物体があることが分かる。

 その立方体が10倍はありそうな黒いスライムのようなものに包まれようとしていて、スライムに触れているところがボロボロと淡い光を放ちながら崩れている。


(なんか、食われていってるみたいだな……)


 そう感じた瞬間体が自然に動き、僕はその黒いスライムを掴んだ。

 すると大した抵抗を感じないまま、掴んだ部分が千切れて空間に溶けるように消えていった。


(引き離そうとしたのに、綿あめみたいに千切れちゃった)


 訳が分からない。こんな物体は初めて見た。

 そんなことを考えている間も、スライムは立方体を包もうと動き続けている。


「こら、弱いものイジメをするな」


 その大きなものが小さなものを壊そうとしている光景がイジメている様に見えた僕は、先ほどと同じように黒いスライムを掴み、次々に千切っていく。

 するとどうだろう。スライムはどんどん小さくなり、立方体と同じくらいの大きさになった瞬間、まるで吸い込まれるかの様に立方体の欠けていた部分に収まり一つの立方体に変化した。


(あ、色が変わった)


 その後立方体の黒い部分と白い部分は混ざり合い、白かった立方体は銀色のような灰色のような不思議な色に変わってしまった。


(結局、何だったんだこの物体?)


 また崩れたり千切れたりしてしまうことを恐れた僕は、それ以上触れることもできないまま立方体を眺め続けていた。







 立方体の色が変わってから、どれくらい時間がたっただろうか?

 白い以外に何もない空間では時間の流れなんて分かるはずもなく、僕はただのんびりとラーメンを食べていた。


(え?何もない空間なのにラーメンがどこから出てきたのかって?

 ふっふっふ、何もないのなら自分で作ってしまえば良いのだよワ〇ソン君。………………誰と話してるんだ僕は)


 どうやら長いこと一人でいた所為で頭がおかしくなりつつあるらしい。

 誰も居ない空間で自棄になってラーメンを啜った。

 ラーメンがある理由は簡単で、考えたら出てきた。それだけだ。

 立方体以外は何もないこの空間で一人、流石に暇すぎたので色々と妄想していた時だった。ふと、こういう時スマホがあれば良かったのにと思った瞬間、目の前にスマホが現れたのだ。

 正直メチャクチャ驚いたが、これで暇な時間を過ごさなくて済むと思った僕はすぐさまそれに飛びついた。

 まあ電波は当然のように繋がらなかったし、何のアプリも入っていなかったため当てが外れてしまったのだが……。

 その後、考えただけでスマホが出てきたのなら、他のものも出せるんじゃないかと思い色々試した。


 結果、生きているもの意外なら何でも出せるし、出したものは自由に消せることが判明した。

 正確に想像できないものは曖昧な状態で出てくるし、想像できるものなら架空のものでも出すことができる。

 例えばいつも使っていた教科書やノートなどは、覚えているイラストや文章以外は白紙だったし、“飛〇石”や“ハ〇ルの動く城”なんかも出すことができた。細部まで再現は出来ていなかったが……。


(本当に、生きもの以外なら思い通りなんだよな。……想像以上の結果にはならないけど)


 閉鎖された空間で想像したものが何でも出てくるのなら、日本に住む男子なら大多数が想像するであろう某近未来猫の秘密道具。どこにでも行けるドアを出してこの空間から出ようと考えるのは当たり前ではないだろうか。

 ピンク色のドアが出てきて、開けると大草原が広がっていたときはどれほど胸が高鳴ったことか……。ドアをくぐらなければ足元や空中に草原の絵が描かれているだけだと気づいて落胆することも無かった。

 想像を超えないというなら、食べ物だってそうだ。

 さっき食べたラーメンも、今まで食べたことのないようなおいしいラーメンを想像したのに、カップ麺のような味になった。

 目を閉じてスパゲティの味を思い浮かべながら食べると味が変わったことから、『想像したことを想像できる範囲で顕現させる』。それがこの空間でできることなのだろう。


(でもそれじゃあ、結局何もできないのと同じなんだよね……)


 妄想を現実にできる。それだけなら聞こえがいいし、羨ましく感じるだろう。

 自分以外に誰も居ない空間でそんなことを続けていても、虚しくなるだけだということを除けばだが。


(それにしても、随分と大きくなったな)


 現実逃避にも飽きてすることが無くなったため、再び立方体に視線を移す。

 唯一どうやっても消すことが出来なかったそれは、時間の経過に比例するように少しずつ、大きくなっていた。

 今ではもう僕の膝あたりまでの大きさになっている。

 大き目のスイカが4つは入りそうだ。


(せめてこの物体が生物だったら良かったのに……)


 人でなくても、言葉が分からなくてもいい。

 とにかく自分以外の生きているものと触れ合いたかった。

 自分が想像できないことを見てみたいし、自分が想像していることを他のものに見せて何か反応してもらいたい。

 とにかく一人は寂しくて、虚しい。

 そんな風に考えていた時、立方体の上部、四ヶ所ある角の一ヶ所が音もなく崩れ始めた。


「……ぇ゛?」


 突然の出来事に驚き、思わず声が漏れてしまった。

 どれだけ長い時間、僕は声を出していなかったのだろうか。ひどく弱った老人のような音しか出ない。

 だが、僕の頭はそんなことを悠長に考えられるほど冷静ではなかった。


(な、なななな、なんで!!?

 触ってもいないし、あれだけ色々、形や色が変わるように想像してもビクともしなかったのに)


 この空間でただ一つ、僕の意思とは無関係に存在している立方体。

 心の支えにもなりつつあったそれが崩壊していくことに慌てふためきながら、止める方法も分からず、触れるわけにもいかず、ただ見ていることしかできない自分が情けなかった。


「い、ぃやだ」


(嫌だ。

 こんな何も無い空間に一人、時間も分からないままただ妄想だけして過ごすなんて生き地獄。これ以上耐えられるはずがない!)


 何とか崩壊を止めようと想像する僕の願いも虚しく、バラバラと崩壊は続いていく。


(あ、ああ……。ダメだ……止まらない。()()何も……できない……)


 僕がその光景に絶望し、膝から崩れ落ちたときだった。


 《ぁ……あぁ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!》


 大きくて力強い“泣き声”と共に、崩壊した立方体の中から赤子の手のようなものが見えていた。


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