00話 始まりは突然に
ここまでとても長い道のりだった様に感じる。
多くの敵を殺し、人を助け、国を救ってきた。何の変哲もない普通の生活から、突然戦場に連れ出されたことを思えば、よく頑張ったと自賛してもバチは当たらないだろう。
「…………その結果がこれか」
腕の中に、いつも見ていた花が咲いていた。
口元が少し引きつっていて、無理して笑っていてくれたことが分かる。
もう二度と、話すことも、目を開けることもない。手から感じる冷たさが、それが現実であることを突き付けてくる。
「約束、守れそうに無いや……」
ガシャガシャと、金属が擦れるような音が周りから聞こえてくる。
おそらく次は僕の番なのだろう。
「……でも、今度は絶対に君を守るから。
もう二度と、死なせたりしないから……」
僕と彼女の体が淡く光り始める。
僕が何かしようとしていることに気づいたのか、ガシャガシャという音が、より一層激しさを増していく。
「だから――――――ごめんね」
目前にまで迫った殺意に切り裂かれながら、僕の体は光の粒となって消えたのだった――――――。
高校二年の春、ガタガタと小刻みに揺れる椅子に座りながら僕、鏡宮灯磨は流れていく景色をなんとなく眺めていた。
もうすぐ5月だというのに、溶け切れていない雪と夕日が田畑を山吹色に飾り付けている。
電車というのは退屈なもので、移動している間は特にすることもなくアプリゲームや音楽を楽しむ人が大半だと感じているが、生憎と、親から旧式の携帯(所謂ガラケー)しか持たされていない僕には関係がない。
都会で遊び過ぎないためだ。とか言われたことは覚えているが、自分たちがスマホに換えたことで使わなくなった携帯を押し付ける口実だったようにしか思えない。
「どうしたのまー君?ボーっとしちゃって」
そんなことを考えていると向かいの席から声を掛けられる。
体は動かさず視線だけを移動させて声の主を見ると、こちらをじっと見つめる心配そうな目をした女性、成瀬弥桜理と目が合った。
澄んだ瞳に小ぶりな鼻、美少女というほどでもないが整った顔立ちをしていて、肩まである茶色を含んだ黒髪にキキョウの花の髪飾りを付けている。
手元に英単語帳を持っていることから、今まで勉強をしていたのだろう。
流石は学年1位の優等生、小テスト前にパラパラと教科書を捲るだけの僕とは勉学に対する意識が違うようだ。
「いや、別に何でもないよ。
5月なのにここら辺はまだ寒いなと思ってさ」
取りあえず当たり障りの無いことを答えつつ、また視線を窓の外に移す。
「嘘。まー君が目を逸らす時って嘘付く時だもん。
朝からずっと上の空だったし、何かあったのなら相談に乗るよ?」
弥桜理とは幼稚園からの付き合いの所為か、どうやら僕のことを完全に理解しているらしい。はぐらかそうとしていることを悟られてしまった。
「そ・れ・と・も~、私に知られたら恥ずかしいお悩み事なのかなぁ?
だとしたらごめん!そうだよねー。こんな田舎じゃあオカズも手に入りづら」
「違うよ!?
いや違わないけどそんなことで悩んでないから!」
「……違わないんだ」
思わず振り向いて出てしまった失言に気づき、慌てて窓の方を見て誤魔化す様に景色を眺める。小声で「ふふっ、可愛い」なんて声が聞こえるが無視だ無視。
「ん゛っうん。
なら別に私に教えてくれてもいいじゃん。ほらほら、ムキにならずにこの天才JK成瀬ちゃんに何でも相談してみなさい。」
しばらく僕の顔を見た後、気を取り直した様に弥桜理が話しかけてくる。
自分のことを天才JKなんて言ってる奴は恐らく此奴くらいなものだろうと思うが、僕も長い付き合いだ。弥桜理が自分を天才だと言う時は、絶対に引き下がらない時だと分かっている。
というか耳を赤くするくらいなら言わなきゃいいのに。
「はぁ……。
分かった。分かりました。話すよ。でもあんまり面白い話じゃ無いよ。」
「良いの良いの!
まー君の悩みは私の悩みなんだから」
嬉しそうだ。
昔から、何故か弥桜理は僕の役に立てそうな事なら何でも嬉しそうにしている。
変な奴だとも、ありがたいとも思いながら僕は悩みの種を打ち明けた。
「いや、実は昨日変な夢を見てさ。
よく分かんない場所で座ってて、死んだ君の顔を抱えて泣いてる夢で……。
それがとてもリアルでさ。起きてからずっと気になってるんだ。」
「ほうほう。夢で私が死んでいたと……。
そしてそれが授業も耳に入らないほど気になって仕方がないと……。
まー君って本当に私のことが好きだよねー」
弥桜理が両手を頬に当てながら、嬉しそうにくねくねと身を捩じらせる。
こうなることが分かっていたから言いたくなかったんだ。
「大丈夫。そんなのただの夢だって。
夢占いだと親しい人が死ぬ夢は、その人との関係性に変化があるって意味らしいし。そんなに深く考えなくてもいいんじゃない?」
「……だと良いんだけど」
一頻りくねくねした後、まともに回答してくるあたり本当に真面目な性格だと思う。
頭が良いのに夢占いを信じているのはどうかと思うが、昔本人にそれを言うと「乙女心が分かってない」と怒られてしまった。
「心配性だなぁ。
あ、駅に着いたみたいだし降りよっか?」
あまり長く話していた訳でもないのにもう駅に着いたらしい。車内放送で次の駅名を聞き、思っていたより自分が上の空だったことを自覚する。
「……そうだね」
鞄を背負い、弥桜理と一緒に席を立つ。
電車のドアが開き、彼女に続いて駅のホームに降りたその時だった。
足元に、紺碧に光り輝く円環と六芒星のようなものが突然現れ、僕と弥桜理の周囲を見たことも無い文字の羅列ようなものが、その円環を沿うように浮遊し始めたのだ。
「「え?」」
突然のことに理解が追い付かず、一瞬唖然としてしまった。
そんな僕たちをあざ笑うかのように、周りの文字や円環が輝きを増していく。
(っ!!!、まずい)
何が起きているのかも分からないまま、僕は突然言いしれない焦燥感に駆られ、目の前の弥桜理を突き飛ばしていた。
「ま、まー君!!!」
焦りながらこちらに手を伸ばそうとする弥桜理。それが僕が見た最後の光景だった。