9、正直に話したい人
SUN5
その晩、夢を見た。
そこは真っ暗闇だった。うっすらと周りが見え始めると、そこは……病院?おそらく病院だった。
あの日の俺は動ける事をいい事に、運ばれた病院の病室を抜け出した。
どうしても携帯が使いたかったからだ。
さすがに病室で使うのは気が引けた。消灯時間も過ぎているようで、非常口の光以外何も明かりが無かった。
暗い…………
暗闇で何だか無性に大森の声が聞きたくなった。
その時は何故か、大森の声を聞けば安心できる気がした。こんな時間にかけても出ないかもしれない。それでも電話をかけずにはいられなかった。
ここは……どこだ?本当に病院か?
暗闇の中でふと思い出したのは、大森の笑顔だった。
今、何で大森の顔なんだ?
どうして笑顔なんだ?
そう思っていたら、その大森の笑顔が……
急激に悲しみで歪み、涙で汚れていた。
それは全部俺のせいで……
俺は頭を横に降って、我に帰った。そして、携帯が使える場所を探して病院をうろついた。しばらくすると、どこからか声が聞こえて来た。
「梨理!!梨理!!」
誰かが『リリ』という人を呼んでいた。
「梨理ちゃん…………!!」
大森?今、大森の声が聞こえた気がした。
いや、まさか。こんな所に大森がいる訳が無い。
「梨理ちゃん逝かないで!!」
その声の方へ近付いてみると、その病室だけは明かりがついていた。
口々に『戻って来い』『梨理』『死なないで』と声がした。
俺は明かりの漏れていた病室のドアの隙間から、そっと中を覗いた。
すると…………
そこには、大森がいた。
本当に、本物の……大森か?
大森はベッドに寝ている女の人前で泣いていた。
その女の人は何だか見覚えのある女の人だった。
それは…………
あの事故現場だ。
事故現場の……姉貴の運転していた車にぶつかった、あの『誰か』だ。
「梨理ちゃん!!」
『誰か』は『リリ』という名前の女の人だった。
大森の声を聞く度に…………
胸がえぐり取られるみたいに、苦しくなった。
俺は思わずその場に膝をついて崩れ落ちた。それでも、誰も俺の存在には気がつかなかった。
「梨理ちゃん……入学祝いのお礼、まだしてないよ……。また、一緒に遊ぼうって約束したのに……どうして?」
そうだ……あの人……思い出した。
たまに大森が写真を見せてきた、大森の兄の同級生『梨理ちゃん』あれが大森の言う、幼なじみのお姉さん『梨理ちゃん』だ。
その涙は……痛い。苦しい。
俺は自分の病室のベッドに戻ると布団を頭から被った。
落ち着け……落ち着け……
何度も何度もその言葉を繰り返した。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
何故か息切れして、血が沸き上がるように寒気がした。
それから、大森の泣き顔と「梨理」と名前を呼ぶ声、あの事故の瞬間とあの香水の臭い。
俺の頭の中にありとあらゆる映像が頭の中を駆け巡った。
気持ちが悪い。
頭が痛い。
苦しい。
誰か……いっそのこと俺を殺してくれ。
病院でひたすら後悔して、検査して、また後悔して……
学校へ行って、また後悔した。
そしてまた病院で、またもや後悔しそうだった。
「進藤君?どうしてここに?」
いや、それこっちの台詞。
「姉貴の…………」
「あぁ!そっか!そっか……そっか……」
大森は少し気まずそうに納得して「じゃあ」と言って病院の外へ出て行こうとした。
「ねぇ」
大森に背を向けて姉貴の病室へ行こうとすると、後ろから大森に話かけられた。
「建物内で電話できる場所ないかな?外、雨だから……」
その日は朝から雨が降っていた。
俺は面会用休憩所の案内を指さした。
「ここならしても大丈夫なはず」
「ありがとう!」
大森は『ありがとう』そう笑顔で言うと、休憩所の方へ歩いて行った。
俺はバカだ……
大森への後ろめたさよりも、申し訳なさよりも、今ここで大森に会えた事に喜びを感じていた。
言葉を交わした事。その笑顔が見れた事。その声で『進藤君』そう呼ばれた事。そんな当たり前の事が、無性に嬉しくて仕方がなかった。
「悠真~!」
喜びに浸っていると突然名前を呼ばれた。呼んだのな俺の従兄。春兄だった。
「結子の病室はどこだ?」
「それなら……こっち」
そう、今日俺ははこの人を案内するためにここに来た。
姉貴のお見舞いと言っても姉貴は意識が無い。だから誰かがいないとお見舞いにならない。平日は両親共に働いていて対応ができない。その役割は必然的に俺にまわって来る。
それに、入院していたから施設内の事はそこそこ詳しい。
「どうした?運命の相手にでも出会えたか?」
「は?」
顔に出ていた?!まさか!自分ではそんなに表情に出ていたとは思えなかった。
「冗談だよ!誰かの後ろ姿を熱心に見てたからカマかけてみただけだ」
相変わらず春兄は人の事を良く見ている。春兄に大森との事を話したらどう思うだろう?
「そんなドラマみたいな事あるわけがないだろ?」
そう言って笑い飛ばしてくれるだろうか?
「ドラマみたいと言えば、警察の実況見聞受けたんだけど……警察官が変な人だったんだ」
「変な人?」
「何と言うか正直な人で……」
春兄は少し笑った。
「正直だと変なのか?」
「変だよ。大人は嘘や建前ばかりだから」
ほぼ黒に近いグレーだと誤魔化して、本当の事を言わない。それが大人だと思っていた。
すると春兄は俺を真っ直ぐ見て言った。
「正直に話して欲しい人に、自分が正直でいる事は普通じゃないか?それは大人かどうかは関係無いだろ」
春兄は姉貴よりは年下だけど、成人していた。(働いてるかどうかは聞いてないが)
正直に話したい人……話したい人……
こんな時でも、やっぱり大森の笑顔を思い出す。
「春兄、833号室。先に行ってて。俺、ちょっと行って来る」
俺は春兄をおいて休憩所の方へ走った。病院で走るのはあれだから、小走りで急いだ。
何をどう話していいかわからない。だけどちゃんと俺から、俺の口から真実を伝えるべきだった。そして、ちゃんと謝るべきだった。
真実に臆病になっていた。真実を知れば大森は俺を嫌いになるとか軽蔑されるとか、そんな事ばかり考えていた。
しかし、休憩所には大森の姿は無かった。
遅かったか……
ふと気になってその先の非常口の方を見てみると、壁の隅で小さく丸くなっている大森を見つけた。
大森は携帯を眺めては、何度も何度もメッセージを打ち込んでは消していた。
俺は話しかけようと近づこうとした。でも俺の足はなかなか前へ出てはくれない。
すると大森は大きなため息をついて呟いた。
「進藤君に会いたい……だって、このまま見つめられ続けたら私、顔に穴が空いちゃうかもしれない」
「穴ならもう開いてる」
「そうだよね。顔に穴2つ……ってコラ!」
大森は慌てて立ち上がってこっちを見た。
「進藤君!?」
何だか大森の顔に笑えた。
「ごめん。俺が見すぎて大森が紅白演歌歌手に……」
「サブちゃん!?進藤君、私の事サブちゃんにみえてるの!?」
そしてお互いの顔を見合い、笑った。
この笑顔の理由は何なんだろう。
俺達、何で笑えるんだろうな。