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8、説得

moon4


私のバイト先のお姉ちゃんのカフェは、いつもゆったりとした時間が流れていた。


「じぼ~!じぼ~!」


ゆったりとした…………


「うわ~ん!」


わかったよ!わかったから!!


「志帆~!志帆~!うわぁ~ん!志帆~!」

「ちょっと、人の名前をヤギみたいに鳴くのやめてくれない?」


私はエプロンを外してお姉ちゃんの所へ交渉に向かった。


「お姉ちゃん、非常事態。今日はこれであがらせて」

「まぁ、もう暇だから構わないけど……」


お姉ちゃんは真理の様子を見て、マグカップにホットミルクを作ってくれた。私はそれにキャラメルソースを入れてテラス席に運び、泣き続ける真理の前に置いた。


「これ、お姉ちゃんから」

「ありがとう…………ふぇ~ん!!」


ひとしきり泣いた後、真理は進藤との事を話始めた。


「……で、何故に高橋の肩を持った?」

「だって、だって、私の気持ちは高橋君に近くて……高橋君と同じで……」


素直とか正直とか、純粋で聞こえがいいけど、こういう場合……バカがつくでしょ!?バカ正直になってどうする!?


「100歩譲って、譲ってだよ?進藤に振り向いて欲しい気持ちは高橋と同じかもしれないよ?だけど、同じ土俵に立ってどうするの?」

「相撲……取る?」

「バカ!!」


結局、思わずバカと言ってしまった。


「志帆~!うわぁ~ん!志帆~!どうしよ~!」

「あーもう、わかった。わかったから」

「だって、だって何だか……進藤君が高橋君の事を悪く言うのは耐えられなくて……進藤君は優しくて……高橋君の事がいくらウザくても、高橋がウザ橋でも、決してウザ橋って言わない所がいいな~って思ってたから……」


何?結果的に高橋をディスる話?


「進藤君はウザ橋を受け止められる、心の広い人なんだなって思ってたの」

「いやいや、進藤に何を求めてるの?あいつだって人間じゃん。ムカつく相手ぐらいいるでしょ?」


そう、世の中合わない奴の一人や二人……


「いらっしゃいませ~。あ、また来てくれたんだ~!」


店の入り口でお姉ちゃんのテンションの上がった声が聞こえて来た。


この様子じゃ来たのは多分あいつ。


そいつはテラス席から近い、カウンター席に座った。そして、いつものを注文していた。


「焼きプリンを……」

「はーい。ちょっと待っててね!志帆~!栄君来てるよ~!」


私はテラス席から動かなかった。


「志帆~?」

「志帆、お姉ちゃんに呼ばれてるよ?行かないの?」

「行かない」


お姉ちゃんは絶対呼びに来る。それはわかってる。わかってるけど……私は何とか隠れようと、真理の後ろに隠れた。


「あのさ、志帆の方が背大きいじゃん?絶対見つかると思うんだけど……」


案の定、いとも簡単にお姉ちゃんに見つかった。


「志帆、何やってんの?栄君に焼きプリンと抹茶ミルク持って行ってあげて」

「はぁ?何で私が?」

「あ、じゃあ私が……」


真理の申し出に、瞬時に断りを入れてきた。


「いーのいーの!真理ちゃんはお客さんだから座ってて。これは志帆の仕事だから」


私の仕事!?私はゴリラの飼育員かっつーの!!


あれからゴリラはここの焼きプリンが気に入ったらしく、ここの常連客になった。


「これ持って行ったら、あがっていいから。それが嫌なら予定通りクローズまでね」


マジなの!?お姉ちゃんのそうゆう所がずるい!


だいたいカウンターなんだから自分がそのまま置けばいいでしょ?


私がしぶしぶゴリラの前に、焼きプリンと抹茶ミルクを置くと、ゴリラが首を傾げた。


「この飲み物は?」

「ん?抹茶ミルク」


それでもゴリラは首を傾げていた。え?オーダーミス?私も首を傾げていると、お姉ちゃんが慌てて言った。


「あ、それね、私からのサービス!栄君育ち盛りでしょ?カルシウムも必要かなって」


お姉ちゃん……こんな巨大なゴリラをこれ以上育ててどうするの!?この抹茶みたいな色した怪物にでもするつもり!?


すると、栄君は席を立ち上がると私の方を向いて頭を下げた。


「頼む!!もう一度!もう一度だけ一緒に行ってくれ!!」


圧が……野生の圧が……カフェがアマゾンの奥地に感じる……


「声が大きいから!だから何度も嫌だって断ってるよね?何度来ても答えは同じ!答えは変わらない。それ食べたらすぐ帰って!」


私がそう言うと、お姉ちゃんが半ギレで言った。


「志帆?どうぞ、ごゆっくり。でしょ?」

「お姉ちゃん顔が怖いよ?またシワが増えるよ!」

「何だって!?」


私がテラスの方に逃げ帰ろうとすると、ドアが閉まる音がしてガタガタと椅子に座る音もしっかりと聞こえた。


テラス席に戻ると、そこには嘘泣きがいた。


「うわーん!」

「聞いてたよね?」

「やっぱり?わかっちゃった?」


わかるに決まってるでしょ?


「もう一度だけって言ってるんだし行ってあげれば?一人が嫌なら私も一緒に行くよ?」

「病院って大人数で行くもんじゃないでしょ?それに、今回はもっとダメ!!」

「どうして?」


栄君が今回提案してきたのは、今度は本当に彼女のふりをして行く事。


どうやら栄君が彼女を連れて来たら、もうお見舞いに来なくていいという条件だったらしい。


最初からそう言ってくれればあんな思いをする事もなかったのに……


「向こうが勝手にそう思うなら、その方がいい」とか言って私に何の説明もなかった。


私がゴリラの彼女?ゴリラになれってか?


「いや、志帆、落ち着いて。誰もゴリラになれとか思ってないからね?」

「だって、ゴリラの彼女はゴリラでしょ!?」

「いや、あの、志帆…………」


急に真理が気まずそうにドアの方を見た。


「ゴリラの彼女?横山はゴリラの彼女になりたいのか?」

「んな訳ないでしょ!?」


……………………ん?今の声、誰?


後ろを振り向くと……そこにはゴリラがいた。


「ゴリラの彼女になれるなら、俺をゴリラだと思えばいい」


もう思ってますけど!?だからゴリラは嫌だって!!嫌なんだって!!


ダメだ。一度冷静になろう。冷静に。


冷静になって、栄君に言った。


「あのさ、病院は誰かを傷つけに行く場所じゃないでしょ?治す場所だよ」


すると栄君は近くの椅子に座り、手に持っていたマグカップの抹茶ミルクを一口飲んで言った。


「あいつはもう治ってる。だが、何故か退院したがらない。退院してしまえば誰にも構ってもらえないと思っている。治すのは性根の方だ。俺が彼女を連れて行って見せびらかせば、約束通り見舞いに行かなくて済む。そうすればあいつも退院するはずだ」


誰も見舞いに来なければ退院する?何それ?


すると真理が気まずそうに質問した。


「あのさ、別に……勝手にお見舞いに行かないって選択はダメなの?」


そうだよ。別に行きたくないなら行かなきゃいいだけの話じゃない。


「それが……以前そうやって行かなかったら……母親に責められた。まるでこっちが悪者かのように……だから、あいつを納得させなければ解決しない」


そりゃ母親からしてみればお見舞いに行きたくない冷たい息子より、従姉を気にかける優しい息子の方が望ましいでしょうね。


「実際に悪者じゃない?」

「志帆……」


あの美少女にあんな顔をさせるんだから、栄君は無条件に悪者だよ。


「期待させたり勘違いさせたんなら、その責任を取らなきゃいけないんじゃない?それができなきゃ悪者になるしかないじゃん」


何だかムカついて、自分でも理解できないくらい暴言を吐いていた。


「悪者になりたくないなんて甘いんじゃない?」


栄君はそれを聞いて大きなため息をついた。


「甘かった。今まで甘かったんだ。だから…………今度はちゃんと悪者になる。俺は他に女を作った最低野郎になる」


え?嘘……。やっぱり栄君って雪穂さんと付き合ってた?それにしたって……どうしたって……


…………最低。


「それで?だからその片棒担げって事?」

「そうだ。横山には申し訳ない。だが一度横山を連れて行った。別の人間を連れて行けば確実に疑われてボロが出る」


だから私が行けって?


「私だってボロが出るとは思わないの?」


栄君は何の迷いも無くはっきりと言った。


「思わない」

「あの、栄君、私も行ったらダメかな?」

「横山が来てくれるなら別に構わないが?」


え?は?


「ちょっと真理?」

「じゃあ今度の水曜日。志帆バイト入ってないし、私も部活休むから」

「わかった。じゃあ水曜に」


ちょっと待て~!


「いやいや、でも…………」

「でも……?でも?でも?」


でも?


「でもでもでもでも……そんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!…………いや!そんなの関係あるよ!!」


思わず小島に流される所だった。流刑?流刑ですかこれは?


「ほら、オッパッピー!」

「はい、オッパッピーだろ?」

「ねぇ、オッパッピーじゃない?」

「じゃあ、オッパッピーだな?」


何?何なの?二人してオッパッピー連呼して。それでオッパッピーを要求してるつもり!?オッパッピーやったらどうなるの!?ねぇどうなるの?!


まさかオッパッピーがゴーサインじゃないでしょうね!?


「ちょっと!説得の仕方がオッパッピーっておかしいでしょ!?」

「えー!オッパッピーじゃないの~?」

「いや、オッパッピーだけど」


思わずそう言ってしまった。


「横山、ありがとう!!」

「ちょ……」

「大森、ありがとう!助かった!」


そんなの無茶苦茶~!!何でこうなるの~!?


私が頭を抱えていると、真理とゴリラはミルクで乾杯していた。


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