7、知りたかった
SUN4
あれから急に大森が浮かれなくなった。ゴールデンウィークを挟んで少し冷静になったのか?
それは……いいのか悪いのか少し複雑だった。
普通の大森に戻った?普通?普通の大森って何だ?もはやあれが普通に定着しつつあった。そんな大森が急に普通に話を始めた。
「進藤君、部活は決めた?」
「いやまだ……」
「ここ演劇部あるよ?」
演劇部?ああ、従兄弟が演劇部だって話したっけ。
「演劇部とかは無理だなぁ……」
「じゃあ落研?落研は無いよ?」
「大森、俺をどうしたいんだ?まさかマジで今から芸人に育てあげるつもりか?」
大森は何故かその問いには答えず「あははは」と少し笑った。
いや、それどっちだよ。
「私は調理部に入ったんだよ~」
「調理部?大森が料理!?」
意外だった。大森が料理に興味があるとは思わなかった。何より横山と一緒じゃない事に少し驚いた。
「あと、生物部」
「はぁ?掛け持ち?」
横山と別で、掛け持ち?
「あの……だからね、これからはあんまり一緒に帰れないんだ。ごめんね」
いや、別に……別に付き合ってる訳じゃないし、毎日一緒に帰ろうと約束した訳じゃないし……
そうは言わなかったが、その言葉でどこか線引きをされた気がした。それから大森は渾身のギャグを見せに来る事もなく、お昼を一緒に食べようと机を寄せて来る事もなく、一緒に帰ろうと誘う事も無くなった。
完全にフェードアウト状態だった。
忙しくなると言われたし、話しかけるなとも言われて無い。線は引かれても拒否はされていない。…………多分。
それでも俺から誘おうにも、朝はギリギリに登校して来る。昼休みは消息不明。放課後は即部活。完全に隙が無い。はっきり言って、話しかける余地が無い。
嫌われた?俺……何かした?
意気消沈の俺は、放課後力無く机に伏した。
今日は脇腹の痛みに耐えながら、腹筋が崩壊するまで笑える事は何もなかった。
あれはあれで……癒されてたのかもしれない。その事に今さら気づかされた。
ああ、大森がいないとつまらない。
自分の席から窓の外を眺めていると、廊下から声をかけられた。
「進藤、今帰りか?奇遇だな!俺もちょうど今帰りだ」
何だ……高橋か……
「高橋、全力でカッチカッチやぞ?やってみろよ」
「お?進藤、俺の全力が見たいか?だったら見せてやるぜ!!」
高橋の渾身のギャグは全然笑えなかった。
「無いな……」
「進藤が要求したのに!」
隣の席のヒロが、帰り支度をしながら言った。
「じゃ、悠真お先!」
「もう帰るのか?」
「いや、俺はこれから部活」
ヒロも部活に入ってたのか……帰宅部かと思っていた。
「なぁ、ヒロは何部なんだ?」
「俺?剣道部だけど?」
剣道部……あの、暑くて臭くてキツイ剣道部?
「あ、今暑くて臭くてキツイ剣道部って思っただろ?」
「え?なんでバレた?」
するとヒロが答える前に、高橋が何故か動揺していた。
「いや、それは…………あれだろ?」
あれって何だよ高橋?
「あの……あれ?あれ~?俺教室に忘れ物してきた」
「何だそれ」
そう言って高橋は自分の教室に帰って行った。
「まぁ、確かにキツイ部活だけど、彼女に立ち姿がカッコいいとか言ってもらえるんだよな~これが」
「ほぉ、ヒロには彼女がいるんだな。ノロケかコラ」
「進藤だって大森さんにカッコいいとか言ってもらえるんじゃねーの?あ、でも今解散の危機感だっけ?」
解散の危機?
「いや、だからコンビ組んでねーし!」
「彼女持ちの天狗から1つアドバイス。剣道は相手より先に確実に決めた方が勝ちだ。自分からどんどん仕掛けて行けよ!」
「今……その鼻へし折ってやりたいと思ったわ!」
ヒロは「バカやめろ~!」と言って教室を出て行った。
教室は、とうとう俺一人になった。
遠くで、野球部のバッティングの音や吹奏楽部の練習の音が聞こえた。
「帰るか…………」
一人なのにそう呟いてみた。
すると、教室の外に人影が見えた。その姿は一度教室に入ろうとして、一瞬俺の姿を見てとっさに壁の後ろに隠れた。
しっかりとは見えなかったが、それは多分大森だった。
「大森……?」
確証は無かった。それでも気がつくとそう話しかけていた。
「…………」
俺の予想が当たった。壁の後ろから出て来たのは……やはり大森だった。
「進藤君……まだいたんだね」
「大森は?」
「机の中に忘れ物」
そう言って大森は自分の机の中からメガネケースを出した。普段はかけていないが、授業の時なんかに大森はメガネをかける。
「これ持ちに来たの」
「今日は調理部か?」
「そう。じゃあ……」
大森が教室を出ようとした瞬間……
「大森!」
俺はとっさに大森を引き止めた。声をかけるチャンスは今しかない。
大森は教室の出口の前で立ち止まった。振り向いた顔は……いつもと変わらない笑顔だった。
「どうしたの?」
「いや、あの…………」
行かないで欲しい。側にいて欲しい。そう素直に言えたらどんなに良かったか……
「用がないなら……じゃあ、私行くね?」
大森の笑顔はどこか苦しそうだった。
何かが変だ。
大森の笑顔はそんな風に笑ってたか?それは本来の笑顔じゃない。
「俺……何かした?」
「え?」
思わずそう訊いていた。大森は驚いて、俺から視線を外した。
「別に……何も?」
大森はそう言って下を向いた。
その時、大森の様子に察した。俺が何かしたというより……
「誰に、何を聞いた?」
親か?兄弟か?親戚からか?どこからか聞いてもおかしくない。同じクラスにいれば尚更だ。
「高橋君から……」
「高橋!?」
意外な名前が出て驚愕した。そういえば高橋は卒業間近、大森が俺にふさわしいか見極めてやると言っていた。
それでか!!それで大森の様子がおかしかったのか!高橋が調べて大森に伝えた可能性は十分にある。
「あ、でも高橋君は悪く無いの!きっと進藤君のためを思って……」
あんの野郎……!!
「それが迷惑なんだよ!あいつのそうゆう所が嫌なんだよ!余計な事ばっかりしやがって!」
「待ってよ!それは高橋君の好意の表れで……」
俺は頭に来ていた。
「だからって、ありがた迷惑に感謝しろって?ふざけんなよ!」
「そうは言って無いよ!だけど、高橋君の思いも考えてあげてって……」
「どうして関係無い他人の思いが優先されるべきなんだ?好意は何でも受け入れ無きゃ悪者かよ?」
頭に血が登っていて、言っている相手が大森だと言う事を忘れていた。
「違うよ!高橋君に少しは気を許してあげてよ。必要としてあげてよ!」
「そんなの無理だろ?頭ではわかってても、心が許せない事だってある!」
すると、大森は黙ってしまった。そしてしばらく黙った後、今にも消えそうな小声で言った。
「……………………そうだね」
その時、俺はやっと気がついた。
俺は一体……誰に何を言っているんだ?
「……………………」
その後、大森は無言で教室から出て行った。
……………………終わりだ。
これで、全部。何もかも終わりだ。
それから何日も何日も、俺は遠くで大森の笑顔を見るようになった。同じ教室にいれば嫌と言うほど聞こえて来る。
大森の声……
今日もまた横山と笑い合っていた。
この耳にはあの笑い声がよく聞こえる。
「あははははは!!」
大森だ。また笑っている。
「やだ~志帆~!ウケる!!」
その笑顔……どんな理由で笑っているんだ?
その笑顔の理由は訊けない。
本当は……めちゃくちゃ知りたかった。
大森に何があって、何が面白くて今何を思っているのか……知りたかった。