6、今はまだ
moon3
進藤が学校に来はじめて3週間、ゴールデンウィークに入るまで真理はずっと浮かれていた。
「あんたはどこへ向かってるの?もしかして進藤とMー1決勝出場でも目指してる?」
「違うよ!私だってちゃんと進藤君とちゃんとした方向へ向かいたいよ!!だけど…………」
進藤を目の前にするとああなってしまうらしい。
「だって、進藤君の前じゃ何だか恥ずかしくて……」
「ギャグを全力でやる方がよっぽど恥ずかしくない?」
「え?そぉ?」
どうやら真理のギャグは真理なりの照れ隠しみたい。
ゴールデンウィーク最終日、私達は近くのモールで買い物をした後お姉ちゃんのカフェへ向かった。
お姉ちゃんのカフェは、緑に囲まれた北欧風の優しい雰囲気だった。カラフルなタイルの入り口を進み中に入ると、お姉ちゃんが出迎えてくれた。
「あら、真理ちゃん、いらっしゃ~い」
「こんにちは~!」
「今日は暑かった~!お姉ちゃん、アイスカフェオレ2つテラスに~」
いつものようにカフェオレを注文して、狭い店内を進み中庭のテラスに出るドアを開けた。
春なのに今日は夏みたいに暑い。暑いけど私達はテラス席に座った。天気が良くて気持ちいい。私達は誰もいないテラス席の隅に座って荷物を椅子に置いた。するとすぐに……
「若いっていいわね~こんなに紫外線浴びても全然気にならない?今から絶対ケアした方がいいよ?」
そんな事を言いながらお姉ちゃんがテラス席にアイスカフェオレを持って来た。
「二人とも、花の高校生活はどう?彼氏出来た?」
「できてたら二人でこんな所で日光浴びてないでしょ?」
「それもそうね~」
それに、せっかくの連休にほぼバイトという事態にはならない。最終日だけやっと休みにしてもらえたけど……ここの人手不足は深刻だよお姉ちゃん。
「あ、焼きプリンもください!焼きプリンで元気を……オラに焼きプリンをーーーーーー!!」
「はいはい、真理ちゃんに元気玉1つね~!」
そう言ってお姉ちゃんは店の中に入って行った。
暑くてもテラス席に座る意味がある。それは誰もいないから。誰にも聞かれず話ができる。
「まぁ、進藤が出て来て嬉しいのはわかるよ?でもそんなに舞い上がる?」
「舞い上がってる訳じゃないよ……誤魔化してる?が正しいかな。進藤君、何だか前と変わった気がして…………」
「変わった?どんな風に?私には特別変わりは無いように思うけど?」
少なくとも真理には何か感じるらしい。恥ずかしさと気まずさをギャグで誤魔化さなきゃならないぐらいの、何らかの変化。
「その変化が、何だか不安で…………」
「それは……仕方ないんじゃない?環境が変わったんだし。それに脇腹?怪我が治ってないせいじゃない?」
いくら何でも、何でもかんでも全部中学と同じってわけにはいかないと思う。教室が違う、制服が違う、クラスメイトもほとんど違う。それが不安になるんじゃない?
不安……か……今の私には無縁だなぁ。
知り合いの多い高校に行って、新しい友達もできて、勉強は苦手だけど不安まではいかない。バイトして好きに欲しい物買って、友達と遊んで……
強いて言うなら……栄君。
あの事だけはまだ心の片隅で後悔ばかりだった。
「そうだよね、怪我まだ治ってないもんね。そういえば栄君とお見舞いどうだった?」
「ああ、それ?ちょっと……それがね……」
私は真理にあの日の事を話した。
栄君とお見舞いに行った相手はゴリラじゃなかった事。ゴリラどころか薄幸の美少女だった事。薄幸の美少女に悲しい顔されて、邪魔者だった事。
「そっか。大丈夫、次は絶対私も一緒に行くから!」
「え~!もう絶対に行かない。栄君も、もう行かない為に私を連れて行ったんだから」
「それどうゆう事?」
今思い返すと『私の存在を知って私との時間があるから来られない』とでも言い訳するつもりだった?なんかまたムカムカしてきた。
「要はただの知り合いだから、私を悪者にしても構わないって事みたい」
「悪者……なの?栄君の事だからその従姉を安心させてあげたかったんじゃない?」
「それ栄君の外見で言ってない?ゴリラだからって正直者とは限らないでしょ?」
あんのゴリラ、性悪だよ。性悪ゴリラめ~!
「まぁまぁ、そういえば昨日あれ、あれを急に食べたくなったんだよね~」
「あれって?」
私の機嫌の悪さに、真理が無理やり話を反らしてきた。
「ソースに野菜をディップして食べる料理!あれ?あれってなんだっけ?」
「え?なんだっけ?お好み焼き?」
「それディップしないじゃん……」
そこへ、ドアが開く音が聞こえた。お姉ちゃんが焼きプリンを持って来たんだろうと思ったら…………そこには高橋がいた。
「やっと見つけた」
何?わざわざ休みの日に何の用?
「お前が進藤に相応しくない理由をやっと見つけたぞ」
「はぁ?何言ってんの?」
高橋は不敵な笑みを浮かべていた。こいつ……暇な奴。暇な奴どころか嫌な奴。自分が進藤に相手にされていないせいか、事あるごとに真理を邪魔してくる。
「いつまで進藤を苦しめるつもるだ?」
「は?苦しめる…………?」
「進藤を脅して付き合うつもりなんだろう?」
あまりに高橋が突拍子もない事を言うから、私達は思わず呆然とした。
「進藤に優しくされてると思って勘違いするなよ?進藤はお前に負い目があって断れないだけなんだからな!」
「負い目?どうして……?」
「進藤 結子。それが進藤の姉の名前だ」
進藤 結子?進藤の姉?それが何?真理も首を傾げていた。
「お姉さんの名前が何かまずいの?」
「そうか……知らないのか……ならいい。」
高橋は真理の顔を見ると急に迷って、話を切り上げようとした。
「ちょっと待ってよ!そこまで言っておいて何なの?」
「何なの?って何だよ!」
「誤魔化さないで。進藤のお姉さんと真理はどうゆう関係?」
何だか気持ちが悪い。そこまで思い出しているのに出て来ない料理名みたいに気持ち悪い。スッキリしたい。
私は高橋の首の後ろを掴んで吐かせようとした。
「っ!む、無関係だ!」
「嘘つけ!!無関係であそこまで言う?」
私は高橋のパーカーのフードを掴んで引っ張っていると、真理が冷静に高橋に訊いた。
「ねぇ、進藤君の私への『負い目』って何?」
「くそ……ちゃんと覚えてたか……」
「真理の事バカにすんな」
高橋は私の手を振りほどくと、パーカーのフードを整えながら言った。
「水野梨理だよ……」
「…………梨理ちゃん?」
「水野梨理をひいたのが、進藤の姉、進藤結子の車」
それを聞いて、まるで時間が止まったかのように辺りは静かになった。
真理は黙ったままだった。私も何も言葉が出なかった。
「………………」
何か、何か……フォロー入れなきゃ!
「べ、別に、進藤がひいた訳じゃないじゃん!」
そのフォローに高橋が乗っかった。
「そ、そうだよな!一緒の車に乗ってたって言っても、運転してた訳じゃないしな~……」
高橋は話の途中で少しマズイという顔をしていた。
「一緒に……乗ってた……?」
フォローになって無いだろうが高橋ぃいいいい!!
そして、とうとう私達は何も言えなくなって黙り込んでしまった。
真理はしばらく下を向いて一言呟いた。
「そっか……進藤君、私といると……本当は辛いんだね……」
『何かが変わった』
それが答えだった。
真理の感じた『進藤の変化』の原因がなんとなくわかった気がした。
「高橋君、本当の事、正直に教えてくれて……ありがとう……」
そう言って真理は少し笑って……やっぱり泣き出した。
その涙は梨理さんを亡くした時と同じくらい辛そうに見えた。
この事は今真理が知って良かった事なのかな?でも、いずれわかる時が来る事かもしれない。だけど……
だったら今はまだ……知らなくても良かったんじゃないの?
「高橋……」
「な、何だよ……?」
高橋の方を見ると、何だかばつの悪そうな顔をしていた。だから結局何も言わなかった。