3、実況見聞
sun2
別にスピードが出ていた訳じゃない。それでも音や揺れで物凄い衝撃に感じた。
たまたま横に置いてあった鞄が脇腹に当たった。鞄には教科書が詰まっていて、かなり痛かった。これはまずい。さすがに折れてはいないだろう。しかし…………息をすると、にぶい痛みが走る。
こんな事ならちゃんと教科書を持ち帰るんだった……。
脇腹を押さえながら、その時初めて本気で後悔した。
部室に教科書を置きっぱなしにしていて、持ち帰らずにそのまま卒業した。
すると、今になって顧問から必ず取りに来るようにと呼び出しをくらった。顧問はノートやプリントまで全て保管してあると言う。どうせ今さら中学の教科書を持ち帰った所で見返す事なんて無いに等しい。
そう思って学校で捨てて帰ろうとしたら…………
「家で捨てろ!むしろ捨てないで勉強しろ!」と叱られた。
持って帰ろうにも荷物が重すぎて帰れない。
そこで俺は姉貴を召喚した。姉貴は今日は休みだから多分車でどこかに行っているはず。
確か姉貴は明日は仕事だ。この時間じゃそろそろここら辺に帰って来る時間だ。
俺は姉貴の携帯に電話をかけた。
「ねーちゃんこっち帰って来てる?」
「あ~もうすぐ家に着く所~」
「誰?弟?」
姉貴の他に、誰かの声が聞こえた。
「今から中学来れる?荷物運んで欲しいんだけど」
「はぁ?荷物?そんなの自分で運べるでしょ?」
「いや、マジ半端なく重い」
すると、「んふふふふ……」という笑い声が聞こえて来た。その笑い声は少し特徴的だった。
俺はその笑い声が何だか気持ち悪く感じた。
「ちょっとさぁ、重い~!とか……女子か?お前は男だろ?筋トレ代わりに持ち帰れ」
「いや、無茶言うなよ。一度でも持てる量なら電話なんかしねーし!」
姉貴は大きなため息をついて、かけ直すと言った。俺は一度電話を切り、荷物の山を眺めながら姉貴の電話を待った。
辺りは暗くなりはじめていた。俺は姉貴を待つ間、校舎の裏の職員用駐車場の所に段ボールに入った紙類を部室の前から次々と運んだ。
もし姉貴が車で来なかったら…………明日もう一度来るか、このまま放置か考えるところだ。
明後日は高校の入学式だ。今日と明日しか片付けるチャンスは無い。
最後の段ボールを置くと、ちょうど姉貴から電話が来た。
「今から行く。でもこれ1つ貸しね~?」
「あぁ」
見返りに何を要求されるのかは何となくわかってる。今付き合ってる女の事だろうな。
姉貴は何故か半年前、女と付き合い始めた。特に女がというより……どっちもらしい。
こっちとしては、どっちでもいいなら正直ノーマルな方が安心できる。と、言うより……何度かいちゃつく現場を目撃したこっちの身にもなって欲しい。
その事を姉貴はまだ両親には知られたくないようだった。ただでさえ車の事で母親の小言をくらってる。これ以上ややこしくしたくないないんだろうな……
姉貴の趣味は車であちこちに心霊スポットやパワースポットに出かける事だった。今日もおそらく助手席の女とどこかへ出かけていた。
姉貴が車を持ちたいと言い出した時、心配した母親は『一度でも事故を起こしたら免許は即没収』という厳しい条件をつきつけた。姉貴はその条件の基、細心の注意を払って運転をしていた。
だから姉貴の車は今まで1度も事故を起こした事は無かった。
それなのに……その姉貴の運転していた車が…………
突然事故った。
その日学校で俺と荷物を乗せた姉貴の車は、順調に駐車場を出て大通りに出た。前方は青信号が連なっていて車の量も少なく、姉貴は余裕で走っていた。
「ねぇ、どうして助手席座らないの?」
バックミラー越しに、後部座席に座る俺に姉貴が訊いた。俺は空いた助手席を見て答えた。
「さっきまでそこに乗せてたんだろ?」
「どうして?」
「香水臭い」
それは多分あの女の臭いだ。姉貴は香水なんか使わない。使うとしたら例の連日パワースポットに一緒に行っている女。
「ああ、美佳の香水の匂いね。あんた、いつも思うけど嗅覚犬並みね」
「そうじゃない。嫌いな臭いに敏感なだけだ」
この香水の匂いは好きじゃない。いかにも女が好きそうな、むせかえるような花の匂いだ。
俺はこの匂いが苦手だ。
そう思っていたら…………
そこに、目の前に誰かが飛び出して来た。
その瞬間、姉貴はとっさにハンドルを切った。
そのせいで、車が左側の電信柱に突っ込んだ。
ドッシャッと金属の潰れる音がした。
フロントガラスがエアバッグで覆われ、気がついた時には姉貴が頭から血を流してハンドルを抱えるように寄りかかっていた。
俺は携帯を手探りで探しながら、潰れた助手を見て愕然とした。
もし、あの時助手席に乗っていたら…………
そう思うと血の気が引いて鳥肌が立った。
その後の事はあまり覚えていない。
ただ…………暖かい風が桜の花びらを運んでいた。そんな季節だった。
気がつくと、そこから先は真っ暗闇だった。
暗闇の中で、ふと思い出したのは…………大森の笑顔だった。
何であいつの顔なんだ?
どうして笑顔なんだ?
後日、警察の実況見聞を受けた。
ゴールデンウィークの半ば5月に入った初めの頃だった。
本当は事故の事なんか二度と思い出したくは無かった。できれば事故現場にも来たくはなかった。
だけど……意識を保ったまま助かったのは俺だけだ。
「真実を言って…………傷つく人がいるなら……」
言わないという選択肢もある。
「真実は時に残酷です。傷つく人もいるのも事実です。しかし、助かる人もいる事も事実です」
俺と話をした警察官は妙な人だった。何というか…………警察官らしくない。細身のあまり制服の似合わない青年だった。
「あー!こっちこっち!」
警察官は、まるで友達と遊びに行くかのように俺をパトカーに乗せ、事故現場へ連れて行った。
こうゆう場合、迎えに来るのが普通?どうなんだ?
移動中車の中で世間話をした。
「まぁ、そう緊張しないで!見た事を覚えてる限りで話してくれればいいですから~!」
なんかこの警察官…………緊張感に欠ける。
「あの、俺だけでいいんですか?……俺が嘘をつく場合だってありますよね?姉貴の有利になるように、一方的に俺がいくらでも……」
「あはははは!大丈夫ですよ。それも考慮して話を聞きますから。君は正直者ですね!金の斧あげましょうか?」
「いえ、何も落としてなんいで」
正直とか、そうゆう問題じゃない。亡くなった人が……知り合いの知り合いだったってだけの話だ。
「僕の好きな作品の主人公は、いつもこう言っています。真実はいつも1つ!」
「コナンかよ!」
「あ、今バカにしました?全コナンファンを敵にまわしました?」
いや、別にバカにしたわけじゃないし……
「安心してください。今の時代調べれば色んな事がわかります。大抵の嘘はバレますから」
それを聞いて、俺は大きく息を吐いた。
「安心してください。の後、穿いてますよ?かと思いました?」
何言ってんだ?この人…………
「安心してください。バレますよ?いいですね!これいただきです!僕、漫画書いてるんですよ~決め台詞これにします」
「それパクり…………」
「いえ、パクりのパクりで一週回ってオリジナルです」
おいおい、あんた本当に警察官か?
「僕、漫画が当たったらすぐにでもこの仕事辞めますから、どうかアイディアをください」
「あなたはもう少し本心を腹にしまったらどうですか?」
「しまって何かメリットがありますか?」
むしろメリットしかないと思うんだが……今までデメリットが無かったのが不思議なくらいだ。
「何事も真実が全てではないです。ただ……真実で、新しい未来が開ける事もあります。その事の方が多いですよ」
「新しい未来……?」
「例えば、僕がパクり漫画を投稿しまくって落選しまくった結果、すると残念!一生警察官」
「残念とか言うなよ……」
そこはいい未来の話じゃねーのかよ!
「逆に、僕が本当にオリジナル作品で評価され、一躍人気漫画家。女子からめちゃモテ、めでたしめでたし」
目指す先がモテたいとか、不純な下心丸出し……
「あーもう!!君はまだ高校生だって言うのにテンションが低いなぁーーー!」
「いや、事故直後なんで……」
「高校生なら、君かわうぃ~ね!とか言ってガンガンナンパする年頃でしょ?」
古っ!なんか古っ!いやいや、空気を読め!!
「今時そんな奴、実際に存在するんですか?」
「えぇええええ~!!」
その反応だと、本当にいるんだろうな。すぐ近くに……おそらく目の前に。
「浮かれる事すら許されないなんて、この世の終わりですよ~!」
「少しは沈んだ方が……それだと足元すくわれませんか?」
「確かに!足元すくわれましたね~!新元号!令和!同僚と賭けてたんですけど、誰も当たらなかったんですよ~」
仕事しろよ……公務員。
「あ、もちろん勤務時間外ですよ~?そう言っておかないと、すぐネットに曝されちゃいますからね~」
本当は違うみたいな言い方すんなよ……
まったく……こっちは脇腹痛いのに、世の中バカみたいに浮かれて……まるで正月みたいに。
「誰だって、真実の先にある未来に浮かれたいじゃないですか」
そりゃ、俺だって浮かれたかった。時代が変わる日に大森に告白して、バカみたく浮かれた記念日にでもしたかった。だけど…………
「君はまだまだ子供。浮かれてもいいんじゃないですか?」
子供じゃないだろ。
「でも…………」
「事故を起こしたのは君じゃない。今は無理でも、いずれ……いつか浮かれる時が来ますよ」
驚く事に、その言葉で俺の気持ちは何だか少し軽くなった。
そのいつかって……いつだよ?