23、笑顔の理由
SUN12
高校3年の春、突然姉貴が目を覚ました。それは、ゴールデンウィークの少し前だった。
しかし、目を覚ました姉貴はまるで、姉貴じゃない人のようだった。いや、きっと久しぶりだから、そう感じただけだ。
姉貴が目を覚ましたと連絡があって、一番最初に病院に着いたのは俺だった。
「うわ……体……だる……」
「姉貴、大丈夫か?」
姉貴はすぐに診察を受けて、何の問題も無い事が確認された。
それは、奇跡だと言われた。あれから2年だ。姉貴は2年もの間眠っていた。
しかし、姉貴が俺を見て一言目はこうだった。
「君が結子の弟……?」
「は?姉貴、俺がわからないのか?」
俺の顔を忘れた?そんな馬鹿な!それも、事故の影響か?やっぱりどこか悪いんじゃないのか?
姉貴はその後色々検査した結果、何の問題も無く無事退院した。
家に帰っても、姉貴の様子は変だった。時々、誰かと話しているような一人言を言う。
「まずは私があちこちに謝りに行って、話を聞いて来るから」
「礼於の連絡先がわかりそうな人に手当たり次第に会って来る」
「そうだけど、やっぱり事故を起こしたのは私だから……」
姉貴の携帯は事故の衝撃で壊れていて使えない。だから、誰かと話すなんて……
不思議に思って、朝食の時に聞いてみた。
「姉貴、携帯買ったのか?」
「え?まだだけど?やっぱり不便だよね。結子と相談してみるね!」
はぁ?結子と相談……?
「買っていいって!やった!」
まるで、姉貴じゃない人がすぐそばに姉貴がいるような話し方だった。
「なぁ、姉貴……運転をする前に薬を飲んだって本当か?」
「………………」
何故か姉貴は俺の顔を黙って見ていた。
「ただの頭痛薬ね」
「眠くなったのか?そんな状態で俺を迎えに来たのか?」
「ごめん」
でも、あの時、俺には姉貴が眠そうには見えなかった。どっちにしろ……
「いや、俺が悪い。俺が迎えに来て欲しいなんて言わなければ…………」
「それは違うよ!私が飛び出したのが悪いんだよ!」
私が飛び出した…………?
その瞬間、以前真理が言っていた事を思い出した。
『梨理ちゃんが隼人に取りついて、事故の原因は別にあるって』
隼人に取りついて……?姉貴も取りつかれた?水野梨理に?まさか!
「あんた、水野梨理なのか?」
「違うよ?芦田愛菜だよ?」
「いや、絶対に芦田愛菜ではない。しかもクオリティ低いな~。真理や横山はもう少し羞恥心をかなぐり捨てて挑むぞ?」
こんな状況で、姉貴かどうかもわからない人にダメ出ししてしまった。
「弟君、真理ちゃんの彼氏だよね?」
「まだ……付き合って無いです」
「これだけは言わせて。君は何も責任を感じなくていい。その代わり……」
その代わり?
「どんな事があっても、絶対に真理ちゃんの手を離しちゃいけないよ?」
真理の手を離す?そんな事、絶対にするわけ無いだろ?
その後、俺は無性に真理の声が聞きたくなった。何だか最近ゆっくり話をしていない。
電話には……出ないか……
今度は横山に電話をかけてみた。
「進藤?何?」
「真理は一緒?」
「え?真理…………?」
何故か横山は動揺していた。
「いるのか?」
「……………………真理、今日引っ越しの日……」
引っ越し!?
「やっぱり何も聞いて無いか…………」
「引っ越しなんて、何も聞いて無い……」
すると、横山がこんな事を言っていた。
『真理、進藤に何も言わずに行くつもりだよ』
俺はカフェに向かっていたその足で、真理の家に向かって走り出した。
真理の家、マンションの前まで来ると…………
マンションの前にはもう、ドアの閉じた引っ越しのトラックが止まっていた。
遅かった…………?
「悠真?」
「真理!」
そこには、真理がいた。
「もしかして……志帆に聞いた?」
「どうして?どうして話してくれなかったんだよ!」
「だって……」
俺は真理を抱き締めた。
「俺は絶対にその手を離したりなんかしない」
「悠真…………」
「真理の言った通りだった。姉貴が薬を飲んだって言ったんだ。その影響では無いけど、真理の言ってた事が本当だったんだ。信じなくてごめん。だからってこんな別れ方…………」
それを聞いて、真理は驚いていた。
「待って?悠真、落ち着いて」
「落ち着いてるって!」
「いや、みんな見てるから……」
え………………?
辺りには引っ越し業者の人や、隆人さんがいた。
「別に……学校は転校しない事にしたし、家ちょっと遠くなるだけだから、悠真忙しいみたいだったから別に言わなくてもって思ってただけなんだけど……」
ひぃいいいいいいいい!!これ、超絶恥ずかしいやつ!!横山の奴!嵌めやがったな~!
「お~!悠真!見せつけてくれるな~!」
そこへもう一人男の人がマンションの入り口から出て来た。お父さん?にしては若い?その男の人は、俺を見てひどく動揺していた。
「え?あれ、誰?まさか……まさか……真理ちゃんの……」
「そ、彼氏」
「えぇえええええええ!?」
真理は一番上のお兄さんを紹介してくれた。
「あ、始めてだったよね。一番上の隼人。ニートだよ」
「はじめまして、進藤 悠真です!」
「ごめん、今ショック過ぎて対応しきれないんだ」
そう言ってお兄さんは頭を抱えていた。すると、そこへ真理のお母さんがやって来た。
「ちょっと!デカイ図体で何突っ立ってんの?邪魔よ!」
真理のお母さんは、俺達の事の一番の理解者になってくれていた。
「あら、悠真君!手伝いに来てくれたの?でももう終わっちゃったわよ」
「いえ、あの……」
「ま、せっかくだから新居で蕎麦ぐらい食ってけよ!」
そう言われて、真理と一緒に車に詰め込まれて新居まで連れて行かれた。
新居は遠くに少し海の見える一軒家だった。
「悠真、荷物の整理も終わったし、探検しに行こう!」
「暗くなる前に帰って来るのよ~?」
「はーい!」
俺達はせっかくだから、あの少し見える海まで行く事にした。
「歩きだと時間かかるかな~?」
「帰りは登りだからタクシーだな」
俺の隣で歩く真理は嬉しそうに微笑んでいた。
「その笑顔の理由を教えてくれよ」
「理由……?どうしても?」
「どうしても!」
そう言うと、真理は少し走り出して先へ行って、こっちを向いた。
「多分……悠真が隣にいて……嬉しいから!悠真は?」
笑顔の理由?そんなの決まってる。でも、当たり前の事だから、わざわざ『幸せだから』なんて誰も言わない。誰も口に出して言わないんだ。
だけど、俺は伝えずにいられなかった。
真理がそこにいる。目の前にいる。
「真理が好きだから」
「もう一度聞きたい」
「好きだ」
「もう一回!」
「好きだよ!」
その幸せを目の前にして、言わずにはいられなかったんだ。
「私も。私も悠真の事が大好きだよ」
その笑顔の理由は、俺と同じだった。
その答えは、俺と同じ。
『幸せ』だ。
その後、真理はこんな事を話始めた。
「あのね、野菜をディップする料理の名前、思い出したの!」
「野菜をディップする料理?何だそれ?」
「なかなか思い出せなかったんだけどね、私って本当にバカだなぁ……って思ってたら……バカだなぁ……バカだにぁ……バーニャカウダ!!」
バーニャカウダって!!
「いや、そこ!?そこつながる!?」
真理は「あはははは」と声をあげて笑った。
「そこが繋がって、思い出したの!私ね、引っ越しの時に写真を見て、悠真と過ごした日々を思い出して思ったの。私達が出会えたのはきっと、こんな風に意外な所から繋がったからなんだよね」
俺はまた真理と手を繋いだ。繋いだ手が、暖かかった。
その手を引いて、海とは別方向に歩き出した。
「ねぇ、悠真、私達どこを目指して歩いてるの?」
「どこ……?普通の彼氏彼女?」
「えぇえ!?そっち!?」
その反応が可愛くて笑えた。
「いや、違うな」
「えぇええええええ!?」
もっと笑えた。
「世界一、幸せな彼氏彼女」
真理は笑顔で言った。
「うん!世界一、目指そうね!」
「あははははは!その意気込み、アスリートかよ?」
「よぉ~し、気合いダー!気合いダー!気合いダー!」
そこでアニマル浜口ぶちこんで来るのが真理だよなぁ……。
やっぱり、俺達には喜劇がお似合いだ。