22、三度目の春
moon11
それから約1年、真理と進藤、私と栄君、どちらかが付き合うわけでも無く、かと言って離れるわけでも無く、友達以上恋人未満で過ごした。
季節は高校生活三度目の春が来た。
相変わらずな私達も、今年で最後の年になった。2年の終わりに、進路希望調査表を書いた。私と真理は専門学校を希望した。
本当に相変わらず。
変わった事と言えば、雪穂さんに彼氏ができた。だけど私と栄君はやっぱり相変わらず。
真理と進藤も相変わらず微笑ましくて、きっとこのまま高校卒業しても何も変わらないと思っていた。
だって二人は、いつだって泣いたり笑ったりして乗り越えて来た。梨理さんの一周忌の時も、お兄さんの事も何とか乗り越えて来た。
この2年、ずっと二人を間近で見て来た。だから、今度も二人なら乗り越えられる。そう思ってた。でも…………
ある日、真理が突然こんな事を言い出した。
「お兄ちゃんが取りつかれたみたいなの」
「はぁ?お兄さんが取りつかれた?」
取りつかれたって言うのは、何かに夢中になったりって意味?
「そうなの。あ、隆人じゃない方ね」
「隆人じゃない方……って確か隼人だっけ?一番上のお兄さん?」
私達はいつものようにカフェでお喋りをしていた。暦の上では春になったけど、まだまだ寒い。ブランケットを膝にかけて、暖かいココアとできたてのクッキーで暖まりながらカフェのテラスにいた。
「今日は進藤は?」
「進路指導室に寄ってくから先に行っててだって」
「何?呼び出し?」
真理は少しため息をついて言った。
「悠真は私と違って頭いいから……」
進藤は大学へ行くように先生に勧められているらしい。高校としては、可能性のある奴には受験を勧めるみたい。
「でね、隼人が梨理ちゃんに取りつかれたの!」
「ああ、その話まだする?」
真理はよく唐突に話をするけど、今回はまた突拍子もない事を言い出した。どうやら、何かにハマった話じゃなくて、梨理さんの幽霊に取りつかれた話らしい。
「隼人が言ってたんだけど……梨理ちゃんが言うには、結子さんの事故の原因は居眠りだって言うの。それも、彼女が薬を飲ませたって言ったんだって」
「はぁ?それって……殺人未遂だよ?」
思わずその話に乗っかってしまった。
「でも待って?薬の効果で眠くなったなら、病院でわかるはずじゃない?」
そもそもそれって、根拠の無い話だよね?
「でも、隼人が女装してたんだよ?あれは絶対梨理ちゃんだったよ!」
「いや、そうゆう趣味の人だっているし」
一番上のお兄さんには一度だけ会った事がある。真理に似た綺麗な顔のお兄さんだった。
「隼人が今は梨理だって言ってたんだもん」
「その、隼人に取りつかれた梨理さんに会ったの?」
「少しだけね……」
この季節になると、真理は梨理さんを思い出すのか…………少しアンニュイな感じになる。
「少しね、葛藤が無くなって来た事に葛藤してるの」
「何それ?」
「悠真のお姉さんのせいで梨理ちゃんが死んだのに、悠真の事が好きで、梨理ちゃんの事をすぐに忘れてる自分にずっと葛藤してきた。そんな葛藤も薄れつつある自分に葛藤してるの」
真理はずっと進藤が好きだった。でも、あの事故があってから、進藤が好きという気持ちと梨理さんに申し訳ない気持ちでずっと複雑だった。
その複雑な気持ちが、時が経つにつれ整理がついてきたって事なのかも。
「そんな葛藤やめたら?梨理さんは真理に幸せになって欲しいと思うよ?」
「志帆…………ありがとう」
今さら、事故の事を掘り返して明白にする事が二人の未来につながる事なのかな?私にはそうは思えなかった。
「いらっしゃいませ~あ、進藤君。二人ともテラスにいるよ」
ドアの開く音が聞こえたと思えば、お姉ちゃんがそう言っていた。進藤が真理を迎えに来た。
「待たせて悪い」
「別に~?もっとゆっくりして来ても良かったのに。私はもっと志帆とお喋りしてたかったし」
「なんだよそれ。走って来たのに」
痴話喧嘩も慣れた物だった。どうせすぐイチャつくクセに。
「ハグしてくれなきゃ許さない!」
「は?今ここで?無理だろ」
私はパタパタと手を振って見せた。
ハイハイ。どうぞ好きにして。
「仕方ないな…………」
そう言って両手を広げた進藤に真理は腕を持って固めた。
いやいやいや!そこはハグでしょ?
「痛い痛い!ギブギブ!何で腕を固めるんだよ!そこはハグだろ!?」
「ギブと見せかけて……」
「振りが雑!ギブ見せかけて……ってまたやる気だったのかよ!」
これが、いつもの二人だった。
真理は進藤に梨理さんの話をした。でも、進藤は……
「姉貴は眠そうになんかなってなかった」
そう言っていた。
「悠真、前に花の香りの女の人探してたでしょ?」
「ちょっと待て。夏乃さんは美佳とは違うって話になっただろ?同じ香水の人なんかいくらでもいる」
「夏乃さんが名前を偽ってたのかも!」
真理は……どうしても第三者の存在を探したいみたいだった。
「真犯人を探して何になる?犯人が現れれば、事故が無かった事になるのか?ならないだろ?」
「でも、悠真は責任を感じる事は無くなる!」
「今さら誰かに責任を押しつけたいなんて思ってない」
進藤はこの2年間で事実を受け止める覚悟ができたと言っていた。
「それに、その話には根拠がない」
「でも、梨理ちゃんが言ってたって……」
「俺は違うって言った。真理は……一体誰を信じるんだよ?」
真理が信じているのは、進藤じゃなかった。まるで、取りつかれているのは真理自身みたいだった。
進藤のせいじゃなければ、自分の葛藤が無くなる。葛藤の無い自分を正当化できる。
進藤はカフェを出て行ってしまった。進藤が出て行った後、真理はその後ろ姿をずっと見つめていた。
「真理、きっと、人を好きでいるのに楽な道なんか無いんだよ。みんな辛い思いをして、無理して、それでもダメならもっと努力して、ひたすらもがく。二人はずっとそうして来たじゃない。どうしちゃったの?」
「でも、それで悠真のためになる?」
進藤のため?
「悠真のためには、後悔も罪悪感もここに残して置いて行きたくない……」
「どこへ……?真理はどこかへ行くの?」
真理の家はマンションの建て替えを期に、引っ越す事になったと説明した。
「真理……引っ越すの?」
「うん……通えない距離じゃないけど……だいぶ遠いし…………」
真理はきっと、進藤のために別れる準備をしている。
「遠距離も考えたんだけどね、これから悠真の受験勉強の妨げになるかもしれないし……それは避けたい」
失恋で勉強が手につかなるとは考えないかな?
「それでも、真実を都合よくねじ曲げようとする。それは、甘えだよ。もし犯人が見つかったとして、真理はそれで進藤がキレイさっぱり許せる?進藤が罪悪感から解放されて、大学行って、他に女作って結婚して、それで納得行く?」
「…………私、行って来る」
真理は進藤を追いかけてカフェを出て行った。
結局は遠距離の自信が無いだけ。それは私も同じだった。
「スポーツ推薦で東京の大学へ行く」
そう、謙に言われたばかりだった。あ、栄君の事は謙太郎だから謙って呼ぶようになったんだ。まぁ、今でもほぼゴリラって呼んでるけど。
謙は柔道でそこそこいい成績を残した。だから、大学でも柔道ができる所を選んだみたい。
あいつは、相変わらず。相変わらず自分勝手。