18、友達以上恋人未満
moon9
長いようで短い夏が終わって、季節はすっかり秋になった。秋と言えば学園祭。私達の通う学校でも、いよいよ着々と準備が進んでいた。
幸い学園祭の準備に忙しくて、栄君にフラれた事は忘れかけていた。
それは少し嘘で……本当は私自身、雰囲気の悪さが続くのは耐えられない性分で、普段は忘れて普通でいたかった。
更に幸か不幸か、並木が学祭実行委員だった。だから多分、気を使って栄君と離れた役割にしてくれた。
それでも、完全に接点が無くなる事はない。
放課後の学祭準備に、脚立を借りに行った。背の低い女子ばかりでは椅子では飾り付けできない所があったから。
「すみませ~ん!脚立貸してください」
先に備品倉庫に誰かいるみたいだった。だから、そう声をかけた。すると、倉庫の奥から声がした。
「脚立?勝手に持って行っていいみたいだぞ?」
倉庫のドアを閉めて奥へ進むと、脚立を持った栄君がいた。
「いや、それ脚立…………」
「でもこれは俺が先に借りる」
「はぁ?その身長ならだいたい届くでしょ!?先に貸してよ」
脚立+栄君の身長って……どんだけ高い所の作業するつもりよ!!
「アーチの上に手が届く訳がないだろ?俺の事を何だと思っているんだ?」
「マウンテンゴリラ」
登れ!アーチのてっぺんまで登りやがれ!
「ゴリラと身長は何の関係も無いだろ」
栄君がそう言うと、何だか微妙な空気になった。嫌だな……この微妙な雰囲気……
「あの……横山…………」
「違うよ?芦田愛菜だよ?」
「いや、お前は芦田愛菜ではないだろ」
その、冷えきった氷河期のような空気を乗り切るために、モノマネで押し切る事に決めた。
「違うよ?芦田愛菜だよ?」
「そうか、そのスタンスで来るか……」
何故か栄君は深呼吸をして、眉毛を上げて目を細めた。
「えー、あぃ!今日も頑張って行きましょう!あぃ!」
え………………?
「ぶーーーー!!それ柳田!!」
それは反則!!ゴリラのモノマネはダメ!!完全に栄君のキャラが崩壊していた。
それは、意外にもクオリティの高い科学の柳田先生のモノマネだった。
「あははははははは!くそっ!負けた!!」
「勝った!」
普段モノマネをやらないような人が突然やると呆気にとられるけど、今のは思いがけず爆笑してしまった。
って一体私は何をしているの!?何栄君とモノマネ試合やってんの!?私達、振った振られた関係だよね!?
「えーどうしよう!脚立無いと作業はかどらないよ~」
「そうは言っても無理だ。これは貸せない。俺はこれを届ければ部活に行ける」
なんだよ!このケチゴリラ!
他に無いか見ると、棚の上に布にくるまれた棒のような物が見えた。あれ、脚立っぽくない?
「あ!棚の上!あれ脚立じゃない?栄君脚立貸して」
「あれか?」
栄君は持っていた脚立を広げると、棚の上を見てくれた。
脚立を押さえていると、栄君の鞄が目の前に来た。
その鞄には…………
見覚えのある、てるてる坊主があった。
「それ…………」
「これか?てるてる坊主だが?」
「いや、だってそれ……」
それは、私が作ったてるてる坊主じゃない?
「気に入ったから、カフェの店員さんにもらった」
「…………なんで?」
「雨男だからだ」
落ち着け……。落ち着け私。こんなの、ただこれが気に入ったからつけてるだけ。すぐに飽きる。飽きて…………捨てるはず。
だったら今すぐ捨てて欲しい。
「この脚立、半分しかないぞ?」
布にくるまれた脚立を見て栄君が言った。どうやら、壊れた脚立のようだった。
「それ、すぐに捨ててよ」
「これはすぐには捨てられないだろ?」
それは、脚立の話?てるてる坊主の話?
話が噛み合っているのかいないのか、よくわからなかった。
「そっか……じゃあ、やっぱりこれ貸してよ」
そう言った瞬間、ドアがガチャリと嫌な音を立てていた。
嫌な予感しかしない!!
嫌な予感を確かめるために、私はドアを開けてみた。案の定、開かなかった。
備品倉庫の中に閉じ込められた!?
私は一応、栄君に訊いてみた。
「あのさ、誰に脚立持って来いって言われた?」
「高橋」
「高橋ぃいいいいい!!」
こうゆうチンケな嫌がらせをするのは絶対に高橋!うっぜーな!マジうぜぇ!!ウザ橋!!
「横山、すまない……」
「は?別に栄君のせいじゃないでしょ?絶対あいつ!ウザ橋!ウザ橋本のせい!」
「そうじゃない」
そうじゃない…………?
「勘違いさせて悪かった」
「別に……私が勝手に……」
「本当は、横山が憎くてああ言った訳じゃない。俺は雪穂から解放されない限り誰とも付き合えない」
解放されない限り誰とも付き合えない?
「付き合う事はできないが…………できればこうやって笑顔で、友達として普通に話ができたら嬉しいんだが……いや、虫のいい話とはわかってる。無理にとは言わない」
「それは……ずるいね。まぁ、ゴリラのゴリ押しは最初からか」
「最初?……ゴリ押しした覚えは無いが?」
自覚無し?これだから野生のゴリラは……
私は今でもその衝撃を覚えてる。今でこそ、その野生の風格に慣れて来たけど……最初は……
「その笑顔の理由を教えてくれないか?そう訊いて来たんだよ」
「あの時か……」
「まるで私がアホみたいな扱いしてさ~!私、アホだからゴリラのゴリ押しには逆らえないみたい」
私は少し苦笑いでそう言った。
「なんだ?それがゴリ押しになるのか?意味がわからん」
あの時も、今も、元々笑わせたいのは私じゃなかった。そう思っていたのに…………
「横山を……巻き込む訳にはいかない」
「は?巻き込む?」
それから、栄君は雪穂さんのメンヘラ度合いを少し話してくれた。
「あの日……横山に傘を貸した日、雪穂から呼び出された。来なければ横山を理由に死んでやるとまで言われた」
雪穂さんは身内だから、栄君は下手に誰かに相談できずにいたみたい。
「それ、話してくれてありがとう。何だか少し、納得できた」
「まぁ、俺が行った所で雪穂が満たされる事は無いんだがな……」
そう言って、栄君は苦しそうに笑った。
「俺は、横山からその笑顔を奪う事はしたくなかった。なのに……結果的に……そうゆう思いをさせてしまった。すまない……」
「やめてよ……」
それは、本当にやめて欲しい。
「そんな事聞いたら、諦められなくなる」
「諦めなくていい。今は無理だ。だけど…………」
だけど?
「俺の気持ちは、横山にある。横山が好きだ」
……………………は?
「ん?待って?今のどうゆう意味?」
「理解できないか?」
「え?私が頭悪いの?頭おかしいの?頭くるくるパーなの?これ知ってる?くるくるパー!お婆ちゃんがやってたんだけど、これ……」
あまりに動揺しすぎて、頭くるくるパーの解説をしていた。
「落ち着け、横山。悪まで友達としてだ」
「そ、そうだよね!いや~突然告白っぽくなったから動揺しちゃって!やだな!告白感かもし出してそんな事言わないでよ!あは、あはははは……あはははは……」
落ち着け、落ち着け私!!あれは告白じゃない!!告白じゃないんだ!!
「友達は……嫌か?」
冷静になって考えると…………
「嫌」
「そうか…………」
私がそう言うと、栄君は少し肩を落とした。
「友達以上、恋人未満がいい!」
「なんだそれ」
「お姉ちゃんが言ってた。友達以上恋人未満が一番美味しい時期なんだって」
栄君はその仏頂面がほころんで、私の好きな笑顔になった。
「それは美味しそうだ」
こうして私達も、友達以上恋人未満になった。
で、もっと冷静になると、気がつく事がある。
「で、ここからどうやって出るの?」
「携帯教室に忘れた」
「高橋ぃいいいいいいい!高橋を、ぶっとばーす!皆さん、どうぞご一緒に?高橋を、ぶっとばーす!」