16、新学期
moon8
わかってた。その想いの重さが違えば、相手とのバランスは保てない。
私の想いが重ければ重いほど…………
私は栄君とは一緒にいられない。
夏休みの後半は、どう過ごしたか記憶にない。
「志帆~!お前の好きなお笑い番組やってるぞ~!」
リビングで私の好きなテレビ番組を見て、両親が私を呼んでいた。テレビから大袈裟な笑い声が聞こえて来た。いつもはわくわくしながら見に行くけど……今日は気分じゃなかった。
「志帆~?どうしたの?聞こえないのかしら?いつもは喜んで来るのに……」
「ほら、お前の好きなET兄弟が出てるぞ?」
「ET?それ映画でしょ?お父さん、宇宙人を兄弟にしてどうするのよ」
いつものお父さんのボケとお母さんの突っ込みに、全然笑えなかった。まぁいつも全っ然面白くは無いけど。
「あ、ETCだっけ?」
「それ高速道路のやつ」
自分の部屋でいつもの様に、ベッドに寝転んでお気に入りの動画を見たけど…………
全然笑えない。
あれ?私、今までどうやって笑ってたっけ?笑い方を忘れるなんて事ある?
『その笑顔の理由を教えてくれないか?』
初めて栄君に話かけられた時、そう言われた。
笑顔に理由なんかある?あるとしたら、じゃあ逆に笑えない理由って何?
別に誰かが死んだ訳じゃない。何かを失った訳じゃない。二度と栄君に会えない訳じゃない。
別にあんなゴリラ、二度と会えなくたって…………
でも会いたい……あんなゴリラなのに、会いたい。
会ってその笑顔が見たい。ジャングルに行けば会える?私、ジャングルに行けばいいの?
でも、今はジャングルへ行ってゴリラを見ても笑えそうにない。
笑えないなんて嫌!!こんな自分は嫌!!
こんな事なら…………栄君を好きになったりなんかするんじゃなかった。
自分が自分でいられなくなるぐらいなら、死んだ方がマシだよ!!
辛……………………
何だか胸の奥の方をぎゅっと掴まれたように痛んだ。
「志帆?ちょっといい?」
突然、ノックと共に部屋のドアが開いた。
「お姉ちゃん?」
お姉ちゃんと真理が様子を見に来てくれた。それでも私はベッドから起き上がれなかった。
「栄君の事は……ごめんね」
「私も……ごめんね……」
私は少し起き上がって、力なく首を振った。
「二人が謝る事じゃないよ……」
誰も悪く無い。栄君だって…………何も悪い事はしていない。そんなのわかってる。でも…………
そう思うと栄君の事に、諦めがつかない。この理不尽な出来事に気持ちが納得いかない。
「志帆、泣いていいんだよ?」
「別に……泣かないよ」
お姉ちゃんが優しくそう言ってくれた。
「栄君の事、無理に忘れようとしなくていいんだよ?好きでいるのは自分の勝手なんだから」
好きでいていい?
真理とお姉ちゃんに優しくされると、何だか泣けて来た。
涙が溢れて止まらなかった。
なんだ、こうゆう時って……結局泣くしかないんだね……
「なんで真理まで泣いてるの?」
「だって~!」
「志帆が泣くから~」
「お姉ちゃんまで……」
何故か三人で泣いた。
泣いて泣いて、やっと気持ちの整理がついた。
私は、最初から栄君の事なんか好きじゃなかった。勘違いだった。そう思う事にした。
あれから私はお姉ちゃんのお店に出ていない。別のバイトでも見つけようかな……。
あの後、何度か栄君はカフェに来たみたいだけど、特に私について何も言ってはいなかった。とお姉ちゃんが言っていた。
別に、今さら栄君に謝られた所で、ただ傷口をえぐるようなもので…………できれば会いたくなかった。
少なくとも、この夏休み中は……会いたくない。
こうして、高校生活初めての夏休みを終え、新学期を迎えた。
何とか新学期までにメンタルを回復させて、栄君を見ても動揺を隠せるまでになった。
よし、大丈夫!
自分を奮い立たせて、真理と学校へ向かった。
私は学校の玄関で会った担任に挨拶した。
「先生おはよー!」
「おはようございますだろうが横山!夏休みボケか?」
「あい、とぅいまてーん!」
先生は呆れ顔だった。
「相変わらず全開だな~」
「あははははは!先生おはようございま~す」
私の空元気に、真理は笑ってくれるけど……
やってる私の方はまだ笑えそうになかった。
「日直~号令~」
「きりーつ!令は令和の令!!」
私の日直ボケにクラスがどよめいた。
「え~!」
「ちょっと志帆~!」
「おいおい、横山!」
「相変わらずだな~!」
もう1人の男子の日直は並木君だった。進藤の隣の席の並木 弘。
ここは栄君じゃなくて良かったと安心した。安心半分、残念な気持ちが半分。まぁ、精神の安定的には並木ぐらいでちょうど良かった。
その並木と、放課後に残って日直日誌を書いた。
「ヒロシです……彼女が髪を切ったので、大木凡人みたいだね。と言ったら、別れ話になったとです……ヒロシです……」
「いや、それは笑えないわ!大木凡人は無いわ!普通にボブヘア似合ってるとか言えなかった訳?」
「ヒロシです…………」
日記を書くというよりほぼ雑談だった。
「横山はいつも明るいよな~!」
「そっちもな」
「いや、俺は根暗だから~」
その爽やかな笑顔で言う台詞か?この彼女持ちリア充が!!
「彼女が明るいっていいよな~」
「ふーん。彼女明るいんだ~!」
「別にそんな事言ってねーし。そうゆう事を言いたいんじゃなくて……」
何が言いたい訳?さっきつまんねーノロケ聞かされて若干イラついてるんだけど?
「自分は暗いな~合わないな~とか、そうゆう事気にしてる奴は結構いると思うんだ。そうゆう奴を救ってやれる存在になれるよなって話」
「気にしてる奴って誰?誰なの?」
そいつが私を救ってくれよ!って話だよ!
「いや…………栄とか栄とか栄とか?」
並木は嬉しそうに私に噂話を話始めた。
「聞いたぞ~?柔道部の話」
何?その笑顔?気持ち悪い。
その笑顔に気分が悪くなって下を向いた。
「柔道部の伝統なんだってな~!」
なんか……スッゴいムカつく…………
「いいよな~!あれをやった二人は必ず結ばれるってジンクスなんだってよ!」
人の気も知らないで……
「良かったな!」
何も知らないで……
私は下を向いたまま静かに言った。
「良くないんだけど?あのさ、並木……私、栄君にフラれたんだよね」
「………………は?」
並木の顔がひきつるのがわかった。
「……いや、でも…………マジ?」
「マジ」
凍りついたように動かない並木を目の前に、私はまた日誌の続きを書き始めた。
「マジか……なんか…………ごめん」
何がジンクスだよ。
ジンクスなんて…………ただの迷信。
可能性が低い人がすがりたがる、ただのまやかし。
栄君はそれを知ってて、掃除当番軽減のためだけに私に傘を貸した?それってやっぱり…………
最低。