15、重い一言
SUN8
その日は、朝から大森から携帯にメッセージが届いていた。
『おはよー!昨日ね、志帆が栄君に傘を返したんだけど、志帆が栄君の笑顔が好きって言ったの!二人とも凄くいい感じ!』
隣の芝生は青いな…………
結局、大森に告白できずに夏休みに入ってしまった。原因は……やっぱり……
ピンポーン!とインターホンが鳴った。
「高橋です!悠真君はいますか?」
こいつ。高橋。
「いるに決まってんだろうが!朝の何時だと思ってんだ!?うちは学校じゃねーんだぞ?」
高橋がほぼ毎日家に来る。学校でも、大森と二人きりになったかと思えば、必ずすぐそこにいる。何なんだよ!!
それが高橋か!!わかってる!!わかってるけど……
「嬉しくて照れ隠しか?そんなに怒っちゃダメよ~んダメダメ!」
「古い!!」
うぜぇ!!
「何?友達?約束があったの?だったら先に言ってよ。お母さん1人で行くのに」
「いいや。新聞の勧誘だった」
午後は母親と姉貴の様子を見に行く事になっていた。
「高橋、今日は姉貴の病院行くから帰れ」
そう言って高橋を帰した。
久しぶりに高橋と離れられたが、大森がいないなら何の意味も無い。
俺は夏の暑さにボーっとしながら、病院へ行った。
「栄?」
「知り合い?」
「同じクラスの友達」
栄は浮かない顔をしていた。
「母さん、俺こいつと話したいから先行ってて」
休憩所で栄とコーラを飲んだ。病院はエアコンがきいていても暑い。すぐにコーラの缶が汗をかいて水滴がこぼれた。
栄と病院で会うのは今日が初めてじゃなかった。入院している頃から、ゴリラがいるな。とは思っていた。それがまさか同じクラスだとは思わなかった。
そのゴリラが今日は元気がない様子だ。
「どうした?気分悪いのか?」
栄君は首を横に振って説明した。
「見舞いに来ている奴の病状が思ったより良くないようで…………」
栄が言うには、その人は原因不明の腰痛で入院していて、ストレスも関係しているんだろうと話してくれた。
「横山を連れて行けば、ストレスも軽減されるかと思ったんだが……余計ストレスになったらしい。俺はもう……どうすればいいかわからない」
「そんなに落ち混むなよ……ストレスの原因なんて簡単にわかるか?よっぽどその人の事を知らないと取り除く事なんかできないんじゃないか?」
「知っていたつもりだった。雪穂の事は、俺が一番知ってるつもりでいた。だけど…………」
栄は……雪穂という人が好きなんだろうか?
じゃあ、大森から来た『二人とも凄くいい感じ!』あれはどういう事なんだ?
今の話じゃ、横山はまるでストレス解消要員。道具のような存在に聞こえた。
俺は横山を応援しているわけじゃない。だから、栄が横山ではないと知って冷静に受け止められた。しかし、この事を大森が知ったらどうだろう?
「せめて、あの人がいてくれたら……」
「あの人?」
「雪穂の親友だ。今は連絡が取れず行方不明らしい」
夏乃…………知らない名前だ。どうせ俺が聞いてわかるはずもない。
「そっちはどうだ?お姉さんの病状は」
「相変わらず。会いたい人とかわかれば何とかしようがあるんだけどな~」
意識が無ければどうしようもない。
そうだ……。
本当は、大森に告白すると決めたら、どうにかしようがあるはずだ。俺は意識があって、こうやって人と話す事もできるんだから……
「進藤は……フェアじゃない相手と付き合うのは不安じゃないか?」
「…………それ、大森の事か?」
栄は黙ってうなずいた。
「わからない」
今の所、フェアでない事にデメリットや困難に遭遇していない。ただそれだけだ。
「ただ……ロミオとジュリエットみたいだから燃えるのかもしれないな」
俺がそんな冗談を言うと、栄が冷静に返して来た。
「やめろ。ロミオとジュリエットは悲劇だ。お前達二人には喜劇がお似合いだ」
「あはははははは!それ真顔で言うな」
喜劇がお似合いって所は、薄々感じてはいたが……喜んでいいのか若干、複雑な気分ではある。
「まあ、告白しようにもなかなかタイミングがなぁ……」
「大森のよくいる場所、知ってるぞ?」
え?何故?栄が?
「この後予定あるか?」
午後は特に予定も無かったから、栄に言われるままついて行った。
そこは…………
緑に囲まれた、今時のオシャレなカフェだった。カフェ!?ゴリラがカフェ!?似合わなすぎて軽く引いてる自分がいる。
「ここは……男1人で入るには勇気のいる場所だなぁ……」
「慣れればなんて事ない」
慣れてんの!?栄はここ慣れてんの!?
ドアを開けたらジャングルだったって事は無いよな?
ふとドアのガラスを見ると、ひまわりのステンドグラスのようなシールが貼られていた。その奥を見ると…………
横山?
「なんで横山が?」
「いいからさっさと入るぞ」
栄は慣れた手つきでドアを開けた。
中に入ると、そこには…………
「ゴリラ?」
「誰がゴリラじゃい!!」
横山がすかさず突っ込んで来た。
「ゴリラに連れて来られたゴリラのカフェじゃないからね!?」
「さすが横山……」
「何感心してるの?アホか!」
栄は「いつものを」と言った後、笑いをこらえていた。俺が続いて「同じものを」と言って注文していると、栄のこらえていた笑いがふふっと漏れた。
「進藤もアホと言われた」
「おい、何喜んでんだよ。ちゃんと説明しろよ。なんで横山がいるんだよ」
「ここ、私のバイト先。お姉ちゃんのカフェ。いるのは私だけじゃないけど?真理~!」
横山は奥から大森を呼んで来た。
「どうしたの?栄君が来たの?」
「大森…………」
栄が言った通り、本当にいた。
そこに、大森がいた。
「進藤君?わぁ!久しぶり!」
「いや、昨日学校で会ったけどな」
「高橋君は?」
いやいや、高橋は俺の保護者じゃないんだよ。いつもいるから、いないのが珍しいんだろうな。
すると、女性の店員さんがプリンを運びながら栄に話かけていた。これが、横山のお姉さんなのか?
「どうしたの?今日は二人で珍しいね。初めてじゃない?栄君がお友達連れて来たの」
「今日たまたま病院で会って…………」
「え?栄君どこか悪いの!?」
プリンを食べていた栄は慌てて首を振った。
「従姉が入院しているんです」
すると、横山があまりにも似合わない、横山らしくない声のトーンで言った。
「雪穂さんの所……まだ行ってるんだ……」
「行かないとは言って無いだろう?何に腹を立てる事がある?」
「それは……もういい」
横山は持っていたトレーを置いて、奥へ行ってしまった。
残された大森は、栄に訊いた。
「ねぇ、栄君、栄君は志帆の事どう思ってるの?」
「行き付けのカフェの店員」
「そうじゃなくて」
栄が少し眉を上げて言った。
「それは、恋愛対象という話か?」
「そう……だけど……」
「正直……そもそも、そうゆうものには興味がない」
そんなの嘘だろ?雪穂って人の事を……あんなに真剣に考えていて…………?
「そんな……ねぇ栄君、志帆の事、もっとよく考えてよ。だって、あんなに期待させといて……」
「期待させたか?それはそっちが勝手にしただけだろう?」
その瞬間、気がつくと『バチーン!』と音を立てて目の前の栄が平手打ちをされていた。
横山に。
「勝手に期待したこっちも悪い。でも、あんたが悪い」
重い重い、横山の重い一言だった。
これが……フェアって事か?フェアなんて事、あり得るのか?
結局、その日も告白どころではなくなってしまった。