10、雨
moon5
その日は朝から雨だった。雨だけで十分憂鬱なのに、放課後病院へ行く約束だった。
真理は病院まで一緒に来てくれたけど、お母さんから着信があって携帯の使える場所を探しに行った。
だから病室へはゴリラと二人で行く事になった。
「やっぱやだ~!!やだやだやだやだやだ~!」
「だだをこねるな!オッパッピーだろうが」
「言わされたの。あれはあんた達の陰謀!策略!罠だよ罠!!」
ゴリラは私を軽々と担いで病院に入って行った。
「その罠にかかった方が悪い」
「降ろして!目立つ!」
栄君は私を抱えてどんどん雪穂さんの病室へ向かって行った。
「逃げないと約束できるなら降ろしてもいい」
その約束はできそうに無かった。
「頼む。頼むから彼女らしくしてくれ」
ゴリラらしくなんてできる訳ないでしょ!?
「謙ちゃん何してるの?」
病室の前で栄君と話をしていると、そこに薄幸の美少女雪穂さんがドアを開けて廊下に出て来た。
もはや私にはメデューサにしか見えなかった。
『雪穂の見た目に惑わされてはいけない』そう何度もゴリラに諭された。惑わされてるのはそっちでしょ?美人に好かれてるからって調子に乗んなよ?このクソゴリラ!!
「雪穂、約束通り彼女を連れて来た」
「連れて来た?拉致してきたが正しくない?」
確かに。抱えてられている状態は正に拉致。
栄君は私を降ろすと、私を改めて紹介した。
「名前は知ってるよな?横山が彼女になった」
「そう……こんな所じゃ何だから中で話ましょう」
雪穂さんはそう言って私達を病室へ招き入れた。
「横山さん、謙ちゃんに頼まれたんでしょ?そうでしょ?」
「……いえ……あの……」
これ以上何も言えなかった。これ以上何か言えばボロが出る気がした。
「じゃなきゃ謙ちゃんみたいなゴリラのどこがいいの?」
「ぶーーーー!!」
ダメだ……それはいけない!私は笑いを堪えるのに必死だった。すると、雪穂さんがその美しい口元の口角を片方だけ少し上げた。
「謙ちゃんをゴリラとか言って笑ってるの?怒らないなんて本当に彼女?」
「………………」
それに対しては栄君も何も言えなかった。
「ごめん、栄君」
本当にゴリラだと思ってたから思わず笑えちゃった。だけど確かに彼女だったら怒るかも。今回は雪穂さんの方が一枚上手だったみたい。
「だったらいいわ。今ここで恋人同士だって証拠を見せてみなさいよ」
「証拠?そんな物必要無いだろ?」
「いいえ必要。証明できないなら無効よ」
二人の会話は平行線だった。
証明ってどうすればいいの?まさかキスとか?いやいやいやいや、それは無いよ!!
「そうね、今ここでキスしてもらおうかな」
やっぱりーーーーー!!
「何を言っているんだ!?たとえ本当に付き合っていたとしても、人前でそんな事ができる訳がないだろう?」
いやいや、ゴリラ……それ、完全に墓穴を掘ってるから。
「たとえ本当に付き合ってたとしても?それって、二人は付き合ってないんじゃないの?」
何だかめんどくさくなった。もっと建設的な話をしないかな?
「あの、雪穂さんは栄君が好きなんですか?」
「は?」
「………………」
長い沈黙の後、雪穂さんはこう答えた。
「謙ちゃんは優しい。とっても気が利くし、真っ直ぐな子で私は大好きなの。だから本当の弟のように思ってるの。大事な大事な弟」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃない!」
そう言って雪穂さんは下を向いた。二人の沈黙に耐えられず、私は柄にも無く説得を試みた。
「嘘じゃないなら……そう思うなら栄君にお見舞いを強制させるのは違うんじゃないですか?栄君が大事なら、栄君の意思を尊重してあげるべきだと思うんですけど?違いますか?」
ゴリラがジャングルにいたいって言うんだから、好きにさせてあげればいい。
「何なのあんた!?知ったような口利いて……あんたに私達の何がわかるの!?謙ちゃんはずっと私のものだったんだから!これからだってずっと私のものなの!!」
はぁ?栄君は物じゃない。
「だいたい最初から気に入らなかったのよ!不味いプリン持って来てダサイシュシュ置いて行って、最低なんだけど?何なの?」
「雪穂!!」
キレそうだった。キレそうな自分を何とかなだめて、一言だけ言った。
「帰ろう」
「え?」
「栄君、今すぐ帰ろう。栄君はここに来るべきじゃないよ」
そう言って病室を出た。
遠くで「ちょっと待ちなさい」という声が聞こえて来たけど無視した。
私が怒りのあまり廊下を乱暴に歩いていると、後ろから追いかけて来た栄君が言った。
「病院にいるからと言って皆、優しくされるべき弱者とは限らないと思う。俺の言ってる事は最低か?でも……雪穂にそう思わされて仕方がない」
ごめん。私も少しそう思っちゃった……。それは今、ふと見たゴミ箱……そこには私が雪穂さんにあげたシュシュが入っていた。マジで捨てるとかあり得ない。
いや、捨ててもらって構わない。それで雪穂さんが新しい未来に進めるなら……私の手作りのシュシュなんか捨てて行ってくれて構わない。
栄君は、途中のベンチに座ると肩を落とした。
「雪穂がどうしてこうなったのか、今でもわからない。いくら考えてもわからない。昔はあんな風じゃなかったんだ。純粋で優しい人だったんだ……」
「病気のせいじゃない?病気って理不尽だもん。人を歪ませるのに十分な理由じゃない?」
私は栄君の隣に座った。そのベンチから下の病院のエントランスが見渡せた。エントランスで真理が待ってると思っていたのに、姿が見えなかった。
そんな事を気にしていると、栄君がゆっくりと呟いた。
「思った通り……横山は強いな」
「は?どこが?別に強くなんかないよ。ただ斜に構えてるだけだよ」
私に現実を受け止める強さなんて無い。ただ、別に受け止めなくたっていい。そう思っていれば楽なだけ。
栄君は私のどこを見て強いって言ってるんだろう?
「何だろう?病院ってさ、弱くなった所を治す所だけど……強くはしてくれないよね?弱い所を強くするにはどこに行けばいいのかな?」
「弱い所……?」
すると休憩所と書かれた看板の向こうから、進藤と真理が二人で歩いて来るのが見えた。
「あ、進藤と真理……」
私が話かけようとしたら、栄君に黙るようにジェスチャーされて話かけるのを止められた。
「どうして進藤がここに?」
この前の姿は見間違いじゃなかったんだ……
「進藤のお姉さんが入院しているからだろ」
「進藤のお姉さん?生きてるの?」
てっきり事故で亡くなったのかと思ってた。
「まだ意識は戻らないようだが生きてはいる」
それをどうして栄君が知ってるの?
「ねぇ、もしかして進藤の事知ってて真理を連れて来た!?」
栄君は無言でうなずいた。嘘でしょ!?
すると栄君は説明した。進藤が事故に遇って運ばれて来た事、その事故で亡くなったのは真理の知り合いだった事。
「信じられない!どうして?」
「悪者になるためだ」
意味がわからないんだけど?それって、ダークヒーローになるって事なのかな?
私と栄君は進藤と真理の様子を見ながら、玄関の方へ歩いて行った。
「なんか進藤と真理、せっかく二人きりだからこのまま帰ろうか?」
私の提案に、栄君も賛成してくれた。
病院の出口を出ようとすると、外は相変わらず雨が降っていた。傘の準備をしていると、ふと栄君が私に訊いた。
「なぁ、横山。横山の弱い所って何なんだ?」
「弱い所?なんだろうな~?あ、雨に弱い。かな?」
「雨……?少し思ったんだが……」
何?どうせ弱い所じゃないだろって突っ込むんでしょ?
その予想は外れ、意外な言葉が聞こえて来た。
「弱い所は……誰かが補えばいいと思うんだが?どうだ?傘、こっちの方が大きいぞ。使うか?」
栄君のその心遣いに何だか笑えた。
「いいよ。栄君の方が体大きいんだから」
本当はそうゆう優しさに弱かったりするんだよね。
でもその事は悔しいからゴリラには言ってあげないけど。