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1、 逢いたくて会いたくなかった人



なぁ、どうして笑ってるんだ?


冗談でも言った?


嬉しい事があった?


誰かに誉められた?


感謝された?


何が面白い?


何が楽しい?


何が嬉しい?


どんな事でもいい。


どんなに後悔してもいい。


それでも、その笑顔の理由が知りたい。


だからどうか…………


その笑顔の理由を教えて欲しい。




sun1


人は大人なるにつれ本当の事を言わなくなる。


だから大人は嫌いだ。


だからといって本当の事しか言えない子供にも腹が立つ。


そんな風に思うのは俺が多分、子供だから。


そんなのわかってる。



教室へ行く前に職員室へ寄った。職員室に入ると、担任の先生が手を挙げて俺を呼んだ。


「進藤君!こっちこっち!」


先生に軽く挨拶をした。


「体調は大丈夫かい?」

「はい」

「みんな、君が来るのを待っていたよ」


嘘ではないが本当でもない。


大人は皆、『真実』ではなく、『嘘ではない事』を言う。


先生というのは、特にそうやって上手くやり過ごす大人が多い気がする。それが俺には少し苦手で…………担任もその一人だった。



4月も後半になった頃、高校に入学して初めて学校へ登校した。不登校という訳じゃない。病気でもない。


春休みに交通事故に遭った。


病院で検査やら何やらで結局新学期に間に合わなかった。


『今日から登校するんだよな?』


今朝シゲからメッセージが来ていた。


『yes』


スタンプを1つ返しておいた。シゲにはこれで十分だ。


シゲは中学からの友達……友達?多分俺のストーカー。高校は別の所を選んだつもりが高校にまでついてきた。友達というより、多分つきまとわれている。幸いシゲとは別のクラスになった。


と、安心していた矢先…………


職員室を後にして教室の方へ歩いて行くと廊下の片隅に、案の定というかやはりというか……


もはや必然か?俺の目にはすぐにその姿が確認できた。肌の白い背の低い小太り。多分、身長がそこそこあって痩せていたらそれなりのイケメンだっただろう女顔。残念な勘違い男、高橋 茂。


「進藤!久しぶりだな!病室以来か?!」

「あ、ああ……俺は見舞いに来るなって言ったんだけどな。一応礼は言っとく」

「何だよ!改まってお礼なんか!」


俺は病室で無事を純粋に喜べる立場じゃなかった。だから、こいつには本当に見舞いには来て欲しくは無かった。まぁ、どう断っても来るのがこいつだ。半ば諦めていた。


「あれは来て欲しいという振りだろ?振りに答えるのが親友だからな」


振りじゃねーし!!しかも親友…………いつからそうなった?一方的すぎるだろ?


「安心しろ。俺が校舎を案内……」


そんなもの誰がされるか。俺はシゲを置いて教室に急いだ。


教室へ入って行くと、誰だ?というクラスメイトの反応がちらほら見られた。そりゃそうだ。4月のほとんどを休み入学式すら出ていない。


俺が出席番号順の指定された自分の席に着くと、近くの席から声をかけられた。


「進藤君!おはよう!」

「おはよう」


それは…………大森だった。


俺の一番会いたかった人。


そして、一番会いたくなかった人。


同じ中学だった大森真理。


大森は背の低い童顔の一番仲のいい女友達だった。


「体はもう大丈夫なの?」

「ああ…………」

「良かった~!お見舞いはダメって言われたから心配したんだよ~?」


もし大森が犬でしっぽがあれば、ちぎれんばかりに振って来るんだろうな。そんな事を想像したら少し笑えた。


それぐらい俺の事を歓迎しているのがわかった。


「なんだ、大森も同じクラスだったのか」

「なんだって何?!志帆も、佐藤君もいるよ?」


大森は同じ中学だったやつの名前を挙げた。志帆は大森の仲のいい友達だ。佐藤は同じクラスになった事はあっても、さほど接点の無い奴だった。


大森は自分の持っていたノートに気がついて俺に差し出した。


「あ、これ、休んでた分の授業のノート」

「悪いな」

「事故、大変だったね。でも…………退院おめでとう」


ノートを受け取り大森の方を見ると、大森は少し心配そうな顔でこっちを見ていた。


「なんて顔で見てんだよ……俺が幽霊に見えるか?」


すると、大森は安心した笑顔になった。


「あははははは!いつもの進藤君。良かった~!」


その大森の笑顔に、笑い声に、何だかか胸がいっぱいになった。


それはまるで、自分の中に一気に日常の温かさが流れ込んで来たかのようだった。


そう、数ヶ月前まではこんな風に何気ない会話や冗談、笑い声に溢れていた。


静かで殺風景な病室にいた俺には、いつの間にかこんな何気ない日常ですら暖かく感じるようになっていた。


俺は助かって、日常に戻って来た。そう実感できた。


それなのに……素直に『安心した』なんて言えなかった。


本当の事は言ってはいけない気がした。


1つ本当の事を言えば、全てを話す事になりそうで……


もし本当の事を言ったら、きっと大森の笑顔は消えてしまう。


俺が卑怯で嘘つきだと知ったら…………


「良くは……ない……」

「良くない……?どうして?」


思わず『いつもの自分』を否定した。


「…………教えない」

「何でよ?」

「いや、無理」

「教えてよ!」


俺は大森のその言葉を無視して廊下のロッカーに向かおうとした。


すると、後ろから大森に声をかけられた。


「進藤君、相変わらず意地悪だね!事故で頭とか打って少しは優しくなるかもって期待してたのに!」


その言葉に思わず吹き出した。


「ぶっ!あはははははは!悪かったな!」


本当に。その通りだ。頭でも打っていれば良かった。そうすればきっと変われた。


うまくいけば大森を忘れられたかもしれない。


多分俺は自分の苦手な大人と同じで、これからも言葉を濁らせる。濁らせてやり過ごす。そんな自分が嫌いだ。


だからおそらく……


大森に惹かれる。


今はまだ、大森に嫌われたくない。


笑っていた俺に、大森はいつものように無茶振りを仕掛けて来た。


「あれ?本当は頭打って古畑任三郎になったんじゃないかな~?」

「んーーーーそうですね~!ってやらすなよ!やった事ねーよ!無茶振りすんなよ!」

「あははははは!!でもちゃんとやってくれるのが進藤君だよね~!」


それは…………何だってやってやるよ。


大森がその真実を知るまでは…………


その笑顔を見ていたいから。


「大森の無茶振りにもさすがに慣れて来たからな」

「嘘!それにしては全然クオリティ上がらないじゃん!!」

「そこにクオリティ求めるか?鬼か?」


この笑顔のためなら何だってやってやる。


俺は事故の後、そう決めたんだ。


だから……無茶ぶりでも何でも、覚悟の上だ!どんと来い!


どんと来いとは思ったものの…………


事故の事を思い出すと、やはりどこか心苦しい。


その日の帰り際、大森がトイレに行って来るのを横山と待っていた。横山志帆。大森の親友だ。


それは多分ごく普通の、なんて事のない他愛ない世間話。


「良かった」

「何が?」

「真理ね、春休みに幼なじみを事故で亡くしたんだって。その時、凄く落ち込んでて……だから、進藤も事故に遇ったって聞いて凄く心配してたんだよ?」


その言葉を聞いたら、背筋が凍るようだった。血の気が引くというのはこの事か?


「本当に!生きた心地しないってこうゆう事なんだって言ってた」

「………………」

「その人、本当のお姉さんみたいに慕ってた人で…………だからさ、進藤は生きててくれて本当に良かったよ」


良かった?


「俺は…………生きてて良かった?」


本当に…………良かったのか?


「お待たせ~」


ちょうど、大森がトイレから帰って来た。


「じゃ、帰ろっか」

「でさ~!さっきの続きなんだけど、問題はここからなんだよ!土曜日!」


その後、横山の話を聞きながら三人で下校した。


こうして俺は日常に戻った。


俺だけが日常に戻った。


俺は戻っても……


姉貴の意識はまだ戻らない。


大森の亡くした幼なじみも、もう戻らない。


何もかも、もう二度と元には戻らない。


それもこれも全部、俺のせいだ。


それなのに、俺だけ安心していて、俺だけ幸せだ。


何も知らずに笑っている大森を見て、申し訳なくて、心苦しくて、辛い。


大森に会えて嬉しいはずなのに、その顔を見るのが辛い。




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