真夏の雪
近未来的な、あるいは今。
これは怪談?それとも、
白い白い平原を歩いていた。
どこまでも白く、どこまでも広く、どこまでも平らで、遠く地平線まで滑らかだった。
見上げた空は、異様なまでに青く、けれど地平近くはぼんやり灰色に煙っていた。その空からは、風花のように時折白いものがちらちら降って来るのであった。
この風景は、どこまで続いているのだろう。
屈みこみ、足元の白に手を差し込む。厚い手袋に包まれた手でも、ざらりとした粒子が感じられた。
白い、白い平原。
広い、広い平原。
そこには誰もいない。
しんと静まり、ただ風が吹き抜ける。細かな粒子を巻き上げて。
強い太陽光を受け輝く、それは古い心象に似て。
あれはまだ、わたしが小学生の頃だった。
真夏の砂浜で、雪が降ってきた。
スキー場で使う人工降雪機、あれで雪を作って海水浴場に撒き散らしたのだ。
暑い盛りに、なんだってわざわざ雪を降らせるんだろう。その時そんなことを考えたかどうか。真夏の太陽にこんがり焼かれた肌に、冷たい雪は心地よく、ただひたすら楽しかったように思う。
人工の雪原が広がって、砂浜は瞬間、小さなスキー場のようだった。
大きな雪だるまがどんとそこに据えられていた。高く積んだ雪で大きな滑り台ができていて、わたしたちは大はしゃぎしながら滑り降りた。
その感触は、雪というよりシロップをかける前の巨大カキ氷だったが、それを気にすることはなかった。むしろそれが一層わたしを興奮させた気がする。
噴き出される雪に向かっていって、雪の勢いに負けて逃げ出す。身体が冷えたら、今度は熱く焼けた砂に降り、海イグアナ宜しく転がって身体を炙った。
そのとき拾った白い貝殻は、その夏の戦利品に加わった。
ざらりとした砂にまみれながら、わたしたちは海を、夏やすみを満喫した。
真夏の雪は、ただひたすらまぶしかった。
そしていま。
灼熱の太陽の下、わたしは白い平原に立っている。
掬い上げた白い粒子が、融けることなく指の間から零れ落ちていく。
雪ではない。もっと細かく、もっと荒く、もっと熱く――そしてもっと灰色だった。
それは、灰。
未だに降り落ち、降りかかる灰だ。
折からの風に、掌から灰が吹き飛ばされた。
掌に残るのは、小さな欠片。白く乾き、微かに色づき。そして、脆く崩れ去る。
欠片だったそれは、指の間から零れ落ち、白い平原の一部に戻る。そしてもう、それがどこなのか見つけることはできない。
ただ一面に広がる灰の平原。熱い灰に覆われた果てしない荒れ地。
世界を焼き尽くしたあとの灰は、止むことを知らない。
降りかかり、降り続き、降り積もる。世界を埋め尽くすまで、世界を埋め尽くしても、止む日は来ない。
熱い灰は、やがて冷えるだろう。
けれど降り続く灰は、雪のように太陽の光と熱を拒み、やがてこの地を、大気を、地球全土を冷やすだろう。
やがてここは、灰ではなく、本当の雪原になるだろう。
真夏の雪に覆われて。
深く深く降り積もった灰に世界は沈む。
深く深く降り積もった灰を閉じ込めて、永遠に融けない氷で世界は覆われる。
深い深い、二度と覚めない眠りに就く。
決して解けない呪いのように。
決して解けない氷雪のように。
これは、選んだ結果なのか。
選ばなかった結末なのか。
誰にもわからない。
正しかったのか、誤ったのか、それすらも。
唯一、確かなことは。
これは、明日の記憶。
<Fin.>
針は、本当に止まっていますか?