表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

真夏の雪

作者: 朱鷺水 彗

近未来的な、あるいは今。

これは怪談?それとも、


 白い白い平原を歩いていた。

 どこまでも白く、どこまでも広く、どこまでも平らで、遠く地平線まで滑らかだった。

 見上げた空は、異様なまでに青く、けれど地平近くはぼんやり灰色に(けぶ)っていた。その空からは、風花のように時折白いものがちらちら降って来るのであった。

 この風景は、どこまで続いているのだろう。

 屈みこみ、足元の白に手を差し込む。厚い手袋に包まれた手でも、ざらりとした粒子が感じられた。

 白い、白い平原。

 広い、広い平原。

 そこには誰もいない。

 しんと静まり、ただ風が吹き抜ける。細かな粒子を巻き上げて。

 強い太陽光を受け輝く、それは古い心象(イメージ)に似て。


 あれはまだ、わたしが小学生の頃だった。

 真夏の砂浜で、雪が降ってきた。

 スキー場で使う人工降雪機、あれで雪を作って海水浴場に撒き散らしたのだ。

 暑い盛りに、なんだってわざわざ雪を降らせるんだろう。その時そんなことを考えたかどうか。真夏の太陽にこんがり焼かれた肌に、冷たい雪は心地よく、ただひたすら楽しかったように思う。

 人工の雪原が広がって、砂浜は瞬間、小さなスキー場のようだった。

 大きな雪だるまがどんとそこに据えられていた。高く積んだ雪で大きな滑り台ができていて、わたしたちは大はしゃぎしながら滑り降りた。

 その感触は、雪というよりシロップをかける前の巨大カキ氷だったが、それを気にすることはなかった。むしろそれが一層わたしを興奮させた気がする。

 噴き出される雪に向かっていって、雪の勢いに負けて逃げ出す。身体が冷えたら、今度は熱く焼けた砂に降り、海イグアナ(よろ)しく転がって身体を(あぶ)った。

 そのとき拾った白い貝殻は、その夏の戦利品に加わった。

 ざらりとした砂にまみれながら、わたしたちは海を、夏やすみを満喫した。

 真夏の雪は、ただひたすらまぶしかった。


 そしていま。

 灼熱の太陽の下、わたしは白い平原に立っている。

 (すく)い上げた白い粒子が、融けることなく指の間から零れ落ちていく。

 雪ではない。もっと細かく、もっと荒く、もっと熱く――そしてもっと灰色だった。

 それは、灰。

 未だに降り落ち、降りかかる灰だ。

 折からの風に、掌から灰が吹き飛ばされた。

 掌に残るのは、小さな欠片。白く乾き、微かに色づき。そして、(もろ)く崩れ去る。

 欠片だったそれは、指の間から零れ落ち、白い平原の一部に戻る。そしてもう、それがどこなのか見つけることはできない。

 ただ一面に広がる灰の平原。熱い灰に覆われた果てしない荒れ地。

 世界を焼き尽くしたあとの灰は、止むことを知らない。

 降りかかり、降り続き、降り積もる。世界を埋め尽くすまで、世界を埋め尽くしても、止む日は来ない。

 熱い灰は、やがて冷えるだろう。

 けれど降り続く灰は、雪のように太陽の光と熱を拒み、やがてこの地を、大気を、地球全土を冷やすだろう。

 やがてここは、灰ではなく、本当の雪原になるだろう。

 真夏の雪に覆われて。

 深く深く降り積もった灰に世界は沈む。

 深く深く降り積もった灰を閉じ込めて、永遠に融けない氷で世界は覆われる。

 深い深い、二度と覚めない眠りに就く。

 決して解けない呪いのように。

 決して解けない氷雪のように。

 これは、選んだ結果なのか。

 選ばなかった結末なのか。

 誰にもわからない。

 正しかったのか、誤ったのか、それすらも。

 唯一、確かなことは。


 これは、明日の記憶。


                     <Fin.> 


針は、本当に止まっていますか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ