第1話 高城陽翔(Haruto Takasiro)
日本 東京都 都立多摩中学校
Japan Tokyo Metropolitan Tama Junior HighSchool
イタリア 地中海 サルディーニャ島
Italy Mediterranean Sardiña
アトランティックオーシャン バミューダ
Atlantic 0cean Bermuda
「地中海 海面高度4,000m。人型装甲体AQD-21Unit-7 、G- 24戦略輸送機より射出されました。陽翔、急いで通信を接続してください!」
対天使・戦略司令室オペレーターのキャサリンが呼びかける。
「高城陽翔。応答してください。陽翔、接続はできるの?」
キャサリンはアトランティックオーシャン バミューダ島秘密基地、管制センター、対天使・戦略司令室から通信を繋つないでいる。
高城陽翔は東京都多摩地区に住む13歳の少年。都立多摩中学校に在籍する生徒だ。
「先生! お腹の調子が悪いのでトイレに行かせてください」
国語の授業中に2年3組の教室で、陽翔が起立して教師に申し出た。
陽翔はMサイズの白の半袖シャツにレジメンタルタイを締め、ライン入りミックスグレイニットベストを着ている。
「あいつ又だよ!」
誰かのその言葉と共に、女子達のクスクスとした笑い声が教室に広がる。
「先生。トイレで治まらなかった時には、真っ直ぐ病院に行って来ます」
陽翔はそう言うと、腹をおさえて教室を出ていく。
「待て、高城…」
教室から出て呼び止める教師に『先生、無理。限界です』
そう答えて校舎二階の廊下を駆け抜ける。
高城陽翔の耳にはワイヤレスイヤホンが装着され、肩からは黒を基調としたVR用『バックパック型PC』を背負っている。
陽翔は校舎二階のトイレに駆け込み便座の上に腰掛けると、急いでVRゴーグルを装着した。
「接続完了しました!」
「ちょっと! 貴方、12時間前に連絡したでしょう。VRマシーンに乗り待機している約束じゃなかったの。もうっ。長官、指示願います」
対天使・戦略司令室オペレーター キャサリンが、管制センターにいる戦略司令室長官に申し立てる。
「七号機管制員(Unit seven Controller)、AQD-21Unit-7と高城陽翔のリンクをお願い」
司令室長官が腕を組んだ姿勢のまま指令を出す。
陽翔のVRゴーグルと、人型装甲体AQD -21Unit-7の機体が結合を始める。
「ええっ。空を飛んでいるのか! しかも、夜間飛行だなんて!」
東京都立多摩中等学校トイレの便座の上で、リアルなVR映像に入り込んだ陽翔が絶叫した。
「慌てないで。機体のコントロールはまだこちらでしています。現地時間3:00 a.m. AQD-21Unit-7は地中海4,000mの上空から、G- 24戦略輸送機により射出されました。現在はイタリア サルディーニャ島に向かい、航空滑走中です」
G- 24戦略輸送機は、太平洋 フィリピン海上 ヤーヌス島より離陸していた。
AQD -21Unit-7は、6つの小型ジェットエンジンを搭載した翼幅2.7mの翼で、地中海上空の航空滑走を続けている。
「日本は現在10:00 a.m.頃かしら。陽翔、貴方低すぎるわ。最低のシンクロナイズよ! まさかVRゴーグルでやり過ごそうだなんて考えている訳じゃ無いでしょうね?」
対天使・戦略司令室長官が機器のディスプレイ を見ながら陽翔に話し掛ける。
「七号機管制員(Unit seven Controller)、調べて頂戴。高城陽翔がどこでAQD-21Unit-7と接続しているのか?」
「日本 東京都 多摩地区 都立多摩中学校、校舎二階から接続されています」
「二階のどこ? 校舎の設計図と照らし合わせられるでしょう!」
マギー・ロペスが七号機管制員に詰め寄る。
「校舎の二階、トイレの個室にいる可能性が高いです」
七号機管制員(Unit seven Controller)が冷静な口調で答える。
「陽翔、貴方トイレの便座の上に座っているのね?」
「場所なんて、どこでも同じさ!」
「いいこと、これはもう訓練じゃないのよ!」
「レースゲームと3Dシューティングなら、VRゴーグルと、このVR用バックパック型PCで十分だよ。コントローラーも、バッテリーの準備だって万端にしているんだ!」
陽翔は答える。
「解ってないわね! 最強の天使が来るのよ! 直ぐにVRマシーンに搭乗しなさい」
戦略司令室長官、マギー・ロペス(Maggi Lopez)が大声を上げる。
「結果を出せば問題はないだろう!」
陽翔は口を尖らせる。
「やっぱり解っていない! キャサリン。大至急、VRマシーンを都立多摩中等学校まで運ぶ手配をして頂戴」
「上からのもの言いだね! そこで黙って見ててよ!」
陽翔は強気な姿勢を崩さない。
「あなたね、トイレの便座の上で、何が出来るのよ!」
「場所など構うものか!」
「いいわ。コントロールを預けてあげる。見せて貰うわよ、最強のマルチプレイヤー の腕前を」
「ああ。見てるといいさ」
陽翔は答えた。
「七号機管制員(Unit seven Controller)、AQD-21Unit-7のコントロール、高城陽翔に渡して頂戴。だけど好い事、貴方の任務は、Helios
の完全防御です。任務を完遂出来ない時には、魂の受け渡しは約束してもらう。そのVR用バックパック型PCセットだって何だって、仮契約の手付金で購入したんでしょう。高価なVRマシーンだって自宅に設置したのよ。それならそれだけの価値は見せてもらわないとね。勿論、完遂出来ればボーナスも弾むけど」
マギー・ロペスは遠慮ない物言いで凄んだ。
AQD -21Unit-7のコントロールは陽翔に引き継がれた。
「こちらUnit-7陽翔。現在、地中海海上100mの高度を250km/時速の速度で飛行中。これより上昇を開始する。上昇後、放物線の最高位でパラシュートを展開。落下地点を計算して、陸上輸送の準備を頼む」
陽翔はVRゴーグルに映し出される計器を見詰めながら話している。
「大丈夫です。計算通りに進行しています。AQD -21Unit-7は放物線の最高位でジェットウイングから離脱してください。その後パラシュートを展開、降下地点には特殊車両を向かわせます。速やかなパラシュート収納後、特殊車両後部に固定してあるバイクで目的地に向かってください」
対天使・戦略司令室オペレーターのキャサリンが、陽翔に追加の指示を告げた。
「オペレーター。放物線の最高位でジェットウイングを切り離しました。パラシュートを展開します」
(パラシュートゲームを思い出すよ)
星の空、陽翔はVRゴーグルのワイヤレスイヤホン越しに風を感じていた。
ラムエアータイプのパラシュートを展開したAQD-21Unit-7は、眼下に映し出される落下ポイントに合わせ、空中を滑空するように降下して行く。陽翔は海風が吹き付ける島の上空を、左右のトグルを巧みに操り、上手にターンを決めて行った。
「パラシュートではアクアマシーン(AQD -21Unit-7)を戦闘地域には直に降ろせない。狙い撃ちになるもの。だけど陸上輸送ではとても時間がかかるわ。これは今後の課題ね」
対天使・戦略司令室でマギー・ロペスが呟く。
「陸上輸送車はそのままの速度で進んでください。陽翔が荷台に降下します」
オペレーター、キャサリンが四車線の直線道路を走行する輸送車に告げる。
輸送車の荷台では、既にアシストの人員が待機していた。
「陽翔はVRマシーンに乗っていない。パラシュートの収納とバイクへの乗車はアシストが必要です」
マギー・ロペスが輸送部隊に指示をする。
「了解です。アシストの準備は出来ています」
輸送補助員が緊張気に答えた。
輸送車両荷台の後部には、昇降式低床車載トレーラーが連結されている。その上に陽翔(AQD -21Unit-7)が乗るロードスポーツモデル、日本製650ccのバイクが固定されている。青いフロントカウルの隣には、二眼のLEDヘッドライトが点けられ、陽翔の発進を待ち侘びていた。
「良い腕ね! 先ずは褒めておくわ」
ラムエアータイプのパラシュートで、見事に陸上輸送車の荷台中央に降下したAQD-21Unit-7の映像を眺め、マギーが声を上げる。
「今度はバイクレースの腕前を、拝見するわ」
「任せてよ。僕は最高位のマルチプレイヤーの称号を持っている」
陽翔は都立多摩中等学校、校舎二階トイレ便座の上で胸を張った。
夜の冷たい外気の中、輸送補助員のアシストを受けたAQD-21Unit-7が、ロードスポーツバイクのライダーシートに跨りエンジンをふかしている。
「輸送車両は減速を開始してください」
VRゴーグル音声に、オペレータ キャサリンの声が飛ぶ中で。
「大丈夫さ! 行きます」
陽翔(AQD -21Unit-7)が、昇降式低床車載トレーラから、一気に道路へと飛び出して行った。
ブーツからバイザーまで、総てダークメタリック・ブルーの装甲に統一されたAQD -21Unit-7が、淡いメタリック・ブルーのロードスポーツバイクを全開で急発進させて行く。
低床車載トレーラから勢いよく飛び出したバイクは道路を逆走し、今度は後輪を滑らせて180度反転、タイヤから白い煙を上げて、輸送車両を追い越し走り去って行った。
「恐れを知らない若さ、乱暴ね! ほんと手を焼くわよ!」
バミューダ島秘密基地、管制センターに立つ、対天使・戦略司令室長官マギー・ロペスが小さく舌打ちをした。
メタリック・ブルーのバイクと一体化した陽翔(AQD-21Unit-7)は、サルディーニャ島の無人の坂道を、右に左に高速でコーナを決めながら走り続ける。シールドに吹き付ける夜風が、メットのバイザーを鳴らして行く。
高城陽翔は、授業時間の静かなトイレ便座の上で、リズミカルに体を左右に揺らしながらコントローラを操作している。
装着するバーチャル・リアリティ(Virtual Reality)ゴーグルが、リアルにサルディーニャで吹き付ける夜風を、陽翔の脳に知覚させていた。