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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕が歩きスマホを止めた理由

作者: hoikun

 色々な物が高性能になり、コンパクトになり、どんどんお手軽になっていく中、年々問題視されてきている事象がある。


 それは、ながらスマホだ。


 ながらと言っても、ご飯を食べながら、テレビを見ながら、なんて物は可愛い方で、歩きながら、運転しながら、等になると大事故にも繋がりかねない。

 が、そんな事は大事故にならないと分からない連中もいる。

 なぜ断言できるかって? それは、僕がまさにその連中の一人だから。

 いや、その連中の一人だった(・・・)から。


 僕が歩きスマホを止めたのは、到底信じられないような、ある出来事がきっかけだった。

 今日は、それについて話そうと思う。




 高校生になって初めてスマホを手にすることが出来た。

 周りの友達は、ほぼ全員中学の頃からスマホを持っている時代。僕は一人話題から取り残されていた。何の話題かって? もちろんスマホゲーだ。

 いくら課金しただとか、こんなキャラ当てたとか、嬉しそうに楽しそうに話しているそのゲームを、僕は中学三年間一度もプレイすることが出来なかった。

 その反動かな、高校になって初めてスマホを手にした時、一番最初にやったことは友達の電話番号登録でもなく、スマホの設定でもなく、今話題のゲームアプリをインストールすることだった。

 インストールしてから、ずっとそのゲームにのめり込んだ。友人との会話の中で、話が分からないながらに蓄えていたゲームの知識を、ここぞとばかりに使っていった。


 追い付かなきゃ、話に混ざれないなんて事はない。

 でも、追い付きたかったから。


 その結果、登下校の最中もずっとスマホを弄るようになった。

 テレビではながらスマホで事故をしたとか、それで何人死んだとかやってたけど、僕には関係ないことだった。ゲーム中だって一応周りもチラチラみてるし、事故るほどゲームに集中してないから。


 そんな生活が続いたまま、高校二年の終わり頃。

 慣れ親しんだ下校道を、いつものようにながらスマホで歩いていた。前には横断歩道があり、信号がある。ま、信号が赤なのは、ちゃんと見てるから止まる。

 車が数台通過する音を聞きながら、この待ち時間もスマホを弄る。こういう合間の努力の甲斐あって、レアキャラもかなり所持してるしランクも高くなった。信号が青になったのを横目でちらと確認し、自分の育てたゲームデータに少しの満足感を覚えながら、足を踏み出した。


 ポスッ


 俺の顔が、柔らかいコートの様な感触に触れた。

 あれ、前に人居たっけ? とりあえず謝らなきゃ。


「すみません、前見てませんでし……」


 顔を上げると、そこには誰もいない。

 じゃあ、あの感触はなんだったのか。

 ほんの一瞬、理解の出来ない感触の余韻に呆けていると、


 八十キロは出ているかのようなスピードで、目の前を車が通過していった。


 何が起きたのか、何が起きるはず(・・)だったのか、理解したのは体感10秒ほど経ってから。

 心臓はバクバクと大きく鳴り、背中には嫌な汗をかき、目の前はチカチカするし足は震えてる。顔を上げていることも出来なくなり、僕は俯いた。


 そりゃそうだ。死ぬところだったんだから。


 あの、ポスッとした感触がなければ、僕は死んでいただろう。

 周りに人がいない状況で、感じるはずのない感触。


「……神様にでも、助けられたのかな。」


 下を向いたまま、非現実的な事を呟いてしまうくらいには衝撃的なことだった。自分の口からでた、あまりの馬鹿馬鹿しい推測に少し笑いそうになるが、その馬鹿馬鹿しいはずの非現実的な推測は、現実としてすぐに上書きされた。


「そうだ、助けてやったんだ。いや、助けてきた(・・・・・)んだぞ。ありがたく思え。」


 目の前から聞こえてきた中性的な声に、僕は顔を上げた。

 誰も居なかった筈の目の前に、誰かがいた。


 その人は、その声の通りに中性的な顔立ちをしていた。身の丈より長い真っ白なダウンコートに身を包んでおり、足首から上は見えない。スカートをはいているのか、ズボンをはいているのかも分からない。髪の毛も肌も白く、長いまつげに人を射抜くようなツンとした目は赤色。


 アルビノ、という単語が頭に浮かんだ。しかし何も服まで白に染めなくても……と思ったが、口には出さないことにした。それよりも、見たことも無いこの人が誰なのか、いつからそこにいたのか、なんで僕に話しかけてきているのか、先程の言葉の意味は、聞きたいことが溢れ出してくる。


「あの」

「白色は干渉するのに都合が良いんだ。何の抵抗もうけないからな。時間も、空間も、横切るには最適だ。」


 僕が疑問を口にする前に、その人は話し始めた。

 僕が脳内で最初に浮かべた事だ。まるで脳内を読まれたかのようだ。


「その通り、脳内を読んでいるんだ。私はお前の管理役で、神ではないが、まぁ似たようなものだ。管理役だからお前の思考は読めるし、色々と制御できる。性別はないし、名前もない。まぁアルとでも呼んでくれれば良い。」


「……アル?」


「見た目がアルビノだからだ。分かりやすいだろ?」


 かなりフランクに話す、このアルという人物。僕の管理役らしい。

 よく分からないが、守護霊みたいなものだろうか。普通に考えてあり得ない超電波なお話だが、まるでその話が当たり前かのように、何故だかストンと腑に落ちた。どうやら思考も読めるとの事なのでプライバシーもへったくれもない。


「誰しも無意識な部分で理解してるもんだ。それとプライバシーなんてお前ら人間が勝手に決めたことだろう。私は知らん。適用外だ。それよりお前。」


 アルは僕の脳内に返答しながら、僕の胸ぐらを掴んだ。背丈は僕の方が高いのに、僕の体が少し浮く。


「な、なんですか。」

「いい加減にしろよ。何回やったら気が済むんだ。」

「何回やったらって……何を。」

「ちっ、そういやお前は自覚できねーんだな。」


 アルはイラつきながらも、僕の胸ぐらから手を離した。

 僕は呼吸を整えながら、聞く。

 今さっき僕を『助けてきた(・・・・・)』と言った事も踏まえて。


「何回って、もしかして、今日みたいな事が何回かあったんですか。」

「アホか。何回かじゃねーよ。お前はもう何百回と死んでるんだ。」

「……えっ?」

「だからぁ、お前はそのスマホを手にしてから何百回と死んでんだよ。歩きスマホで。」


 アルは僕のスマホを指差しながらそう言った。

 は? 言ってることが理解できない。だって僕は今生きて……


「当たり前だろ。お前が死ぬ度に生きてる世界線と入れ替えて繋いでるんだ。」

「……世界線。」


 またよく分からない単語が出てきた。パラレルワールドみたいなもの?


「お前達の呼び名なんか知らん。お前が生きてる世界ってのは一つじゃない。平行世界が幾つもあるんだ。」

「話には聞いたことあるけど、本当だったんだ……」

「その平行世界では、この世界とは違う分岐をしたお前が、少し違う人生を歩む。例えばここに近い世界だと、お前は今日アイスを買いにコンビニに寄る世界もある。遠い世界だとお前は医者になるために勉強してたりする。」

「……全然想像できないですね。」

「だろうな。」


 よく分からないけど、つまり、この世界の僕が仮に今さっき死んでいたとしたら、コンビニに寄ってアイスを買ってた世界線に繋いで生かしてくれていたってことかな。


「その通りだが、厳密にはその世界のお前とこの世界のお前の因果を入れ替える。だから世界線はそのアイスを買った世界線で、お前はアイスを買いに寄ってない事になる。」

「ややこしくなってきた……それで、その世界の僕はどうなるんですか。」

「そりゃ死ぬだろ。」


 アルは言った。あっけらかんと。


「えっ。」

「お前が死ぬ因果と入れ換えてるんだぞ。そりゃ死ぬだろ。原因と過程は修正されるけどな。」


 僕の代わりに、他の世界線の僕が死ぬのか。何百回と、つまり何百人と僕は僕を殺していた事になる。


「でも、何で僕を生かすの? 他の世界線の僕が生きてれば問題ないんじゃ……」

「お前の意識はお前が持ってる。他の世界線は、あくまでお前が分岐する為の世界みたいなもんだ。そっちに意識はない。お前の体があって、お前のように動いてるだけだ。」


 なおさらよく分からないけど、つまり僕がオリジナルってことらしい。


「じゃあ、何回死にかけても世界線があるだけ僕は死なないってことか。」

「はぁー?」


 僕が名案とばかりに思い付いたことを言ったところ、アルはゴキブリをみるような目で僕を睨んだ。


「ちっ、めんどくさいけど体験しないと分かんねーか。」

「えっ、ちょっと何するの。」

「黙ってろ、動くな。失敗したらお前、世界の狭間に落ちるぞ。」


 めちゃくちゃ恐ろしい脅し文句を僕にぶつけて、アルは手を動かし始めた。

 何かを掴むように。

 何かを回すように。

 何かを繋ぐように。

 次第にぐるりぐるりと僕の視界は揺れ、治まった頃には横断歩道の前に立っていた。アルは、居ない。


「何が……あれ。」


 不意に僕の体が前に動く。

 違う、歩いている。僕の意思とは関係なく、スマホを見ながら。

 頬を汗がつたう。嫌な予感がする。


 まてまてまて、そのまま歩くと、きっと僕は……


 グシャッ


 僕は、およそ八十キロあるであろうスピードで突っ込んできた車に轢かれた。

 衝撃が大きすぎてか、それとも脳が認識できてないのか、不思議と痛みは無い。とてつもない衝撃があって、僕の体がとてつもなく大変なことになってるのだけは分かる。骨はぐちゃぐちゃ、内蔵もぐちゃぐちゃ、破裂してるし断裂してるし、骨は飛び出して血まみれだろう。

 周りの人は悲鳴をあげ、僕を轢いた車はそのまま逃走。駆け寄ってきた僕より幾つか上のお兄さんは、吐きそうになるのを我慢しながらどこかに、おそらく119番に電話を掛けている。


 予想通りだ、これは多分、アルが僕を守らなかった世界線。

 そして僕がこれから見捨てる、分岐点だ。


 ぼやけてくる視界の隅に、ふわふわと空中に浮かぶアルが見えた。

 アルはもう一度、手を動かし始める。

 何かを掴むように。

 何かを回すように。

 何かを繋ぐように。


 何か、それが平行世界だと、今の僕には分かる。見える。


 アルは今この世界線にもっとも近い平行世界を掴み、もっとも近い時間軸まで回し、そのコマとコマを繋いだ。


「今のお前なら分かるだろ?」


 時の止まったような世界で、アルの声が鮮明に響く。


「世界における時間の流れってのは、お前らに分かりやすく言うと動画を見ているようなもんだ。お前らにとっては再生している状態が普通で、私達はそれを一時停止にもコマ送りにもできる。」


 アルが時間を指定して現れることが出来るのは、動画の再生場所を選んでるようなものなのか。


「そうさ。そんで世界線を繋ぐってのは、別々の動画のある再生地点からを入れ替えるようなもんだ。だから違和感の無いように、近い世界線じゃないと繋げねーし、繋いだ後も修正してやらないと動画として成立しない。」


 死ぬストーリーの動画になったら、死なないストーリーの動画と分岐点で入れ替えるわけだ。


「分かってきたな。で、だ。それが動画ならいくらでもやってやるんだが、平行世界じゃそうもいかない訳だ。世界ってのは生きてるからな。繋ぎ直せば繋ぎ直すほど、消耗していくんだ。お前も見えるだろ、あれが。」


 アルが指したあれ。僕と入れ替わった世界線のその後だ。

 目に見えているこの世界とは別に、アルの指した世界が、僕の目の奥、脳内に映る。


 僕は思い違いをしていた。僕の代わりに死ぬのはその世界線の僕だけじゃない。その先にあった筈の分岐点、さらにその先の分岐点……

 物語の終わりまで何万と伸びる分岐点を、全て殺してしまっているんだ。

 僕の代わりに死んだのは、僕じゃない。何万とあった僕の未来に成り得た世界。僕の人生そのものだ。


「分かってきたか? お前が歩きスマホで死ぬ度に、お前が選べた世界線が死んでいってるんだ。お前は何百回と死んでるが、実際に死んだお前の世界は何百万だ。」


 あぁ、分かる。分かってしまう。今アルが僕を別の世界に繋いだお陰で、平行世界の事が理解できる。

 そして、世界が生きていると言った意味も。


「アル。僕が何万と分岐先を殺していくと、最終的には分岐点は無くなる。そうだよね?」


「あぁ。聡明だな。分岐点っつーのは、普通に生きてりゃ増えていくんだ。勉強したり、誰かと出会ったり、何かに気付いたり。その度に分岐点っつーのは増える。だけどな、何回も何回も死んで、その度に繋ぎ直していくと綻びが増えていく、綻びは分岐点を増やす妨げになり、分岐先が死に片寄っていくんだ。言うなれば、バッドエンドしかないゲームのようになっていくんだよ。最終的には、分岐先が無い、つまり平行世界の無い一つの世界になっちまう。」


「そうなると、死を免れない。」


「あぁ。お前はもう、それに片足を突っ込んでる。だから私が出て守ったんだ。今気付けばまだ、分岐先を増やせるからな。」


 視界がぐるぐると回ると、僕は横断歩道の前に立っていた。

 アルが目の前にいて、僕の体は五体満足、健康そのもの。


「戻ってきたんだ。」

「あぁ。代わりに今さっきの世界線のお前は死んじまったがな。」

「でも、これから増やせる。」

「あぁ。お前がその気ならな。」


 さっきまでの出来事が夢だったかのように、周りの景色は動いている。風が吹いて優しく木の枝を揺らし、女子高生がタピオカミルクティーを片手に談笑しながら通りすぎていく。それを横目にアルが、さっきまでと違う優しい表情で僕を見ていた。


「本当は、さっきの事を記憶に残したままで世界を繋ぐのはご法度なんだ。ばれたら私もどうなるか分からん。」

「そんなリスクがあるのに、やってくれたんだ。」

「当たり前だ。私が管理してる人間だからな。」


 僕は手に持っていたスマホを見る。ゲームの途中、丁度ボス戦だ。

 僕はそれをそのまま、スリープモードにしてポケットにしまった。


「これで、少しは分岐点も増えたかな。」

「さぁ、どうかな。教えるのは本来禁止だからな。」

「ふふ、表情で教えてるようなものだけどね。」


 アルは、安堵したかのように笑っていた。本当に、心から笑っていた。


「ねぇアル。」

「なんだ?」

「僕の管理役になったのって、たまたまだったの?」


 もし、アルじゃない人が管理役になっていたのだとしたら、僕はとうの昔に死んでしまっていたかもしれない。だから、たとえたまたま僕の管理役になったのだとしても、感謝の気持ちを伝えたかった。


「お前、アニメキャラに推しとかいるか?」

「へっ?」


 アルからの唐突な質問に、間抜けな声が出た。

 アニメキャラの推し、まぁ、居ないこともない。アニメ好きだし。


「そのアニメキャラが、アニメ本編で死ぬと、(つら)いだろ? 二次創作で死ななかった世界線の話を作っちまうかもしれないな。」

「……えっ、それって。」


 アルは、僕に背を向けた。表情は見えない。いや、見せないようにしたんだろう。


「私も、推しが死ぬ未来なんて見たくないのさ。」

「アル……!」


 アルはその言葉を最後に、僕の目の前から消えてしまった。




 そんな話、そんな出来事。

 誰に言っても信じないような、まるで夢だったかのような話。

 でも、僕は時折見えるようになってしまった。

 すれ違う通行人の後ろで、白いダウンコートを着た誰かが手をくるくる動かしてる姿を。

 アル以外の管理役が、必死に推しを生かそうとしている姿を。




 そして、今日もなんてことない日常。変わった事と言えば、うっすらと白いダウンコートが見えるようになったことと、今まで登下校中に僕の右手にあったスマホは、今はバッグの中にあることくらいだ。


 アルは今ごろ何をしているのだろう。僕を助けるためにルールを破ったせいで、大変なことになってなければ良いけど……などと考えながら歩いていると、信号に引っ掛かった。僕の隣には、スマホを弄りながら待っている女子高生がいる。

 信号は青になった。でも、車は一台走ってきてる。

 その女子高生の後ろには、うっすら白いダウンコートを着た誰かが見える。

 僕は、そのダウンコートの管理役に微笑み掛けると、管理役は驚いたような表情をした。


 僕は女子高生の前に立った。


 ポスッ


 スマホを弄りながら歩き始めた女子高生は、僕の胸に軽く頭突きをする形になった。


「あっ、すみません前をみてなく……」


 その言葉を言い終わる前に、僕のすぐ後ろを八十キロは出ているかのような速度で一台の車が通りすぎる。

 僕は、あのアルビノの管理役になったつもりで、唖然としているその女子高生に話しかけるのだ。



「君が死ぬ未来なんて、誰も見たくないのさ。」

仕事中にポッと浮かんだものを、そのまま文章に起こしました。こういったテーマで書くのは初めてでしたが、脳内にあったものとほぼ同じものをアウトプットできたと思います。

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[良い点] 単純に少し不思議な物語として語られると思いきや、並行世界について具体的に描かれていて分かりやすく、とても読み応えがありました。 主人公が特別というわけでもなく、歩きスマホをする人の多さと同…
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