Domination in the brain 1
「正……一……」
廊下を進むと一際大きな血だまりの中に人が倒れていた。
僕に気付き、必死に手を伸ばしているその人物は僕が良く知る生徒――並木栄次郎だった。
恐らく仁田かあかねのどちらかに襲われたのだろう。
制服の腹の辺りが大きく斬り裂かれたように破かれており、そこから臓腑が零れ出しているのが見える。
僕は彼の元に駆け寄ったが、しゃがむことなく冷たい視線で見下ろした。
どうせこの傷では助からない。そればかりかゾンビ化して僕に襲い掛かるとも限らない。
「助けて、くれ……。救急車を……。…………。……………………」
それだけ言い残し、静かに息を引き取った並木。
一歩後ろに下がりしばらく彼の状況を観察したが、ゾンビ化する様子はなかった。
僕は警戒しつつ彼の身体を仰向けに転がし、脈を取る。
そして次に心臓に耳を当てた。
彼の心臓は、確かに停止していた。そしてゾンビ化する気配はやはりない。
ゾンビ化した者達の心臓が動いているかどうかは検証してみなければ分からないが、あれを『生きている』と表現するには無理があるように思える。
しかしこれで、一つだけ分かったことがあった。
彼はゾンビ化せずに死亡した。つまり感染しなかったということになる。
まさか並木も僕と同じく抗体の入った薬を飲んだとは考えづらく、『ゾンビに襲われれば感染し、そいつもまたゾンビになる』という僕の仮説は成り立たなくなってしまった。
彼がゾンビにならなかった理由とは、一体何なのだろう――。
そんなことを考えていると、再び校内放送が鳴り響いてきた。
『全校生徒の皆さん、落ち着いて下さい……! 只今警察に状況を説明し、すぐさまこちらに駆けつけてくれるとのことです! 教室に残っている生徒は外に出ず、警察が到着するまでは教室にて待機していて下さい! また一人では絶対に行動せず、複数人で行動し身の安全を確保してください! 部活中の生徒は速やかに――』
先ほどの慌てた声とは違い、説得力のある落ち着いた声で全校生徒に呼びかけている。
あの声は担任の日向紗栄子だろう。
放送室は見るも無残な惨劇の後のようになっていると予想できるが、彼女はそれに動じることなく自身の職務をこなしている。
襲われた大黒はゾンビと化し何処かに移動したのか、それとも並木のように命を落としたのか――。
とにかく警察が学校に来るとなると少々厄介だ。
僕が持っている小瓶の中身に気付くとは思わないが、それが没収されないとも限らない。
今の、この現状を招いたのは僕だと、誰にも知られるわけにはいかないのだ。
この混乱に乗じ、早いところ学園から抜け出してしまおう。