Ethics collapse 5
次の日の朝。
いつもと同じように優衣に詰られた僕は憂鬱な気分で学校へと向かう。
どうして彼女は飽きもせず、毎朝のように僕を玄関前で待ち伏せして余計な言葉を投げかけてくるのだろう。
もうお互いに子供ではないというのに、まるで僕の反応を楽しんでいるかのような振る舞いに怒りが込み上げてくる。
僕はそっと制服のポケットにしまった小瓶の感触を確かめた。
馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、万が一家族に見付かったときのことを考えて、こうやって肌身離さず持ち歩くことに決めたのは良いが――。
「――ゾンビなんて迷信、信じるほうがおかしいに決まっている」
小瓶の感触を確かめつつ、僕はブツブツと独り言を漏らす。
昨夜見たネットの掲示板によると、このゾンビパウダーを100mgでも摂取すると、脳が麻痺して錯乱状態になるとの記述があった。
ある種の麻薬効果なのだろうが、自分で試すわけにもいかず、そのまま一夜が明けてしまった。
どうせならばその辺にいる野良猫でも捕まえて検証してみようかとも考えたが、今のご時世ではそれもできない。
そんなことを考えていると、あっという間に学校に到着してしまった。
「おい! お前、どこのクラスだ? 遅刻ギリギリだぞ。さっさと教室に向かわんか」
校門を潜ったところで体育教師の仁田雄一に見付かり説教を喰らってしまった。
僕は適当に会釈をしてやり過ごすつもりだったが、どうやらそれが彼の癇に障ったようだ。
急に腕を掴まれ、強制的に振り向かされる。
「あー……お前、例の楠木か。職員会議でも話題になっているぞ。年上の成人女性と淫らな行為をしているとな」
「……」
そう言った仁田は僕の腕をさらに強く握り、カバンを地面に置くように命じた。
無言でそれに従った僕は、彼が勝手に中身を確認するのを冷めた目で見下ろしている。
俗に言う『持ち物チェック』というやつだろう。
体育教師が風紀委員の顧問を兼ねているというのは良くある話だ。
「……ふん、変なものは入っていないか。次は上着のポケットだ。中身を見せろ」
言われるがまま僕は上着のポケットに入っている財布とアイフォン、そして小瓶を取り出し仁田に見せる。
「財布の中身は……特に問題は無いな。アイフォンは電源を切っておけ。それとこの小瓶は……風邪薬か。よし、行っていいぞ」
仁田から所持品を受け取った僕は飄々とした顔で教室に向かった。
ゾンビパウダーの入った小瓶――僕はそれに自宅の救急箱にあった風邪薬のラベルを張り替えておいたのだ。
こんな単純な、トリックとも言えない仕掛けに気付かない馬鹿がいるから、学園の風紀は乱れる一方なのだと心の中で思いつつ、下駄箱で靴を履き替え廊下を進む。
ホームルームの合図となる鐘の音を聞き流し、僕はいつも通りギリギリの時間に教室へとたどり着いた。
担任の日向がほぼ同じタイミングで教室の扉を開き、今日の一日が始まる。
いつも通りの、つまらない授業。
学生達のくだらない会話。
それら平穏な時間があっという間に過ぎ去り下校時間を迎えたところで、唐突に僕の日常が終りを告げた。