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ゾンビ・パウダー  作者: 木原ゆう
狂気侵食のラストエスケイプ
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Crazy erosion 5

「何なんだ、あのゾンビは……! いや、人間なのか……?」


 自衛隊員の長らしき男の怒号が聞こえてくる。

 僕は頭を撃ち抜かれ、活動を停止したゾンビの山を盾に次第に蔵馬との距離を縮めていく。

 ゾンビ100体に対し、隊員の数はおよそ15名ほどだ。

 彼らに噛み付き、僕と同類・・にさせる作戦が使えない以上、この強化された身体と扱いなれていない小銃のみで彼らと戦わなければならない。

 拳銃を持ったゾンビ警官でもいれば少しは状況が違ったかもしれないが、僕の周囲で呻いているゾンビ共は皆、元は一般市民でしかなかった。


『ウウゥゥ…………。ウグルゥゥゥ…………』


 生き残っているゾンビはまだ半数以上いる。

 どうにか奴らを上手く利用し、自衛隊の意識を逸らすことが出来ないだろうか。

 僕のすぐ隣のゾンビの頭が撃ち抜かれ、脳漿が宙に飛び散った。

 それと同時に一旦横に飛んだ僕は銃を乱射し、先頭にいる自衛隊員らを威嚇する。

 その弾が隊員の一人の膝を掠めたが致命傷には至らないようだ。

 こんなことならば、もっとエアガンの練習でもしていれば良かったのにと心底思ってしまう。


「蔵馬博士! あいつは一体何なんですか……! まさか、新種のゾンビじゃないでしょうね……?」


「…………」


 隊長らしき男の言葉に返答せず、ただ黙って遠くからこちらを凝視している蔵馬。

 だが僕は見てしまった。

 彼は少しだけ・・・・・・口元に・・・笑みを・・・浮かべたのだ・・・・・・

 その顔を見た瞬間、僕は背筋が凍ってしまう。

 ――狂っている・・・・・。彼はきっと、僕以上に狂った人間だ。

 マッドサイエンティストなどという言葉があるか、それはきっと彼のような者にこそ相応しい言葉なのだろう。


 一匹、また一匹とゾンビ共が駆逐されていく。

 僕が作った混沌が。僕の求めた理想が。一つずつ、確実に奪われていく。

 ……まだだ。まだ終わりじゃない。勝つ方法がきっとどこかにあるはずだ。


「うっ……!」


 右腕を撃ち抜かれ小銃を弾かれてしまう。

 ――僕は自身の力を過信していたのだろうか?

 武装した自衛隊にまったく歯が立たない。

 ここまではずっと、僕の思い通りに進んできたはずだ。

 学園でも。警察署でも。コンビニ強盗や大学での一件でも。

 美佳の口を封じ、明日葉を自分の物にし、増島の追求からも逃れることができた。

 アクシデントが起きたとしても、確実に対処することができたじゃないか。

 

 ――アクシデント?

 何故か僕の心はざわつく。

 どうしてだろう。違和感・・・を感じる。

 どこかで・・・・何かを・・・見落としているような・・・・・・・・・・、そんな焦りに僕の心は支配されていった。


 ――あれだ。あの笑み・・・・を見てしまったからだ。

 蔵馬裕樹。彼が僕を利用しているのは間違いない。

 その理由が分からないから、こうも不安になってしまうのだ。 

 彼には感謝しているが、僕はただ利用される側の人間ではない。

 自分の意志でここまでやってきたのだ。

 僕だからできたのだ。僕以外にできる者など、他にいるはずがない――。


「囲い込め! 貴重なサンプルかも知れん! あいつだけは殺さずに生け捕りにしろ!」


 隊長の指示により迅速に行動に移る自衛隊員。

 着実に無力化されていくゾンビ達。

 気付くと僕の周囲に群がっていた数十のゾンビは全て活動を停止し、足元には死骸の山が積み上げられていた。

 僕は彼らに銃を突き付けられ、隊員の一人に拘束具のようなものを被せられ、縛り上げられてしまう。

 ――圧倒的な力の差。

 ゾンビ化し、運動能力が飛躍的に上がったところで、訓練された軍隊の前ではまるで歯が立たない。

 

「……大原二佐が殉職されました。負傷者は三名。感染の危険はなしと思われます」


 隊員の一人が上長に報告し、兵士らは皆敬礼をする。

 彼らの視線は自決した自衛官に向けられ、彼の遺体は袋に詰められヘリへと運ばれていった。


「隊長。この少年はもしや……」


 他の隊員が僕の顔を見て隊長の耳元で何かを報告している。

 その直後、驚いた顔をした隊長は電子機器を取り出しデータを読みだした。


「……楠木正一、東京都立蓮常寺学園二年B組。なるほど、例の『粉』の容疑者の一人か」


「はい。確か事件のあった池袋警察署にも、事件発生時刻に現場にいたとの報告が――」


 二人の隊員のやりとりをぼうっと聞いていた僕の前に、ゆっくりとした足取りで蔵馬が現れる。

 端正な顔立ちに黒縁の眼鏡を掛けた青年。

 長く伸ばした髪は後ろに一本に縛り、この場に相応しくない白衣が血で染め上げられた公園と相まって余計に不気味に映る。

 彼には聞きたいことが山ほどあるが、今は拘束具で口を封じられているので言葉を発することもできない。

 蔵馬は隊員らの話に興味がないのか、彼らの間をすり抜け僕に近付いてきた。

 隊員の一人が危険だと注意するも、軽く手を振り払い僕の耳元に口を近づける。

 そして、こう囁いたのだ。


「……ありがとう。貴重なデータを取ることができたよ、楠木君・・・


「え――」


 彼の言葉を聞いた瞬間、僕の思考は固まってしまった。

 どうして・・・・ここに・・・いるのだろう・・・・・・

 いや、それよりもこれは一体どういうことなのだ。

 僕は彼に問いただそうと隊員の手を振りほどこうとする。

 だが直後、首筋に鋭い痛みを感じ、一瞬で意識が落ちていくのを感じた。

 ――これは、注射器だろうか?

 薄れゆく意識の中で隊員の手に握られたそれだけが視界に映る。


 僕は気を失い、そのままヘリで何処かに運ばれることとなった。




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