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ゾンビ・パウダー  作者: 木原ゆう
狂気侵食のラストエスケイプ
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Crazy erosion 2

 ねっとりとした風が僕の全身を包み込み、通り過ぎていく。

 僕は美憂と京子の匂いに釣られ、ゆらりゆらりと歩くだけ。

 左手に見える中学校を越え、私鉄の線路に到着した。

 ふと顔を上げると遮断機の電気が一斉に消え、その先にある住宅街の街灯がすべて消える。

 僕は時計に視線を落とす。時刻は23時半。

 恐らく政府による計画停電が開始されたのだろう。

 住宅街はひっそりと静まり返り、それと反比例するかたちで上空を飛び交うヘリの音が次第に大きくなっていった。


 線路越しに後ろを振り向くと、中学校の校庭にヘリが数台着地するのが確認できた。

 これからあの校庭に火を撒き、周囲にいるゾンビを集める作戦だとテレビのニュースでは言っていた。

 池袋全域で一斉に行われるゾンビ掃討作戦。

 明日葉もあの火に呼ばれ、自衛隊に射殺されるのだろうか。

 彼女は大学の火災が起きたとき、コンビニの近辺を徘徊していた節があった。

 まるで今の僕のように、最愛の人の匂いを求めて彷徨っていたような――。


 遮断機を自力で上げ、線路を通過する。

 そして目標としていた大型マンションの前に辿り着いた。

 建物を見上げ耳を澄ますと、僅かだが美憂の悲鳴が聞こえてきた。

 四階建てで敷地面積がかなり広いマンションだが、そのほぼ全ての棟の電気が消えている。

 停電中だから当たり前なのだが、淡い光が零れている部屋から零れる光がカーテン越しに激しく動いているのが確認できる。

 ――最上階の真ん中の部屋。

 他にも数人の男の匂いを感じた。

 間違いない。あの部屋に美憂と京子がいる。


 入口に到着し、扉や機器を確認する。

 マンション入り口の自動ドアはオートロック式だが、補助電源が作動しているらしく暗証番号を入力しないと扉が開かない仕組みになっていた。

 僕は構わず金属バットを振り上げ、機器を破壊した。

 驚くほど大きな破壊音が周辺に鳴り響いたが、マンション内から顔を出す者など誰もいない。

 皆、自分の命を守ることしか考えていないのだ。

 政府と自衛隊が事態を解決してくれることを、固唾を飲んで見守るしかできない。


 僕は片方の手で自動ドアをこじ開け建物の内部に侵入する。

 すると眼前に見覚えのある靴が脱ぎ捨てられているのを発見した。

 ――これは京子の靴だ。

 僕はそれを拾い上げ、誰もいない管理人室を通過して階段を上がる。

 からんからんと、階段を上がるたびに引きずった金属バットの音が鳴り響く。

 あっという間に四階まで到着し、僕は目的の部屋の前へと向かった。


『――――! ――――――!!!』

『!!! ――――!! ――――――!!』


 部屋から何度も叫び声が僅かに聞こえてくるが、きっとこのマンションには防音設備が整っているのだろう。

 しかし、僕にははっきりと聞こえた。

 『もうやめて』。『乱暴にしないで』。『許して』――。

 扉のノブを回す。当然のようにオートロックが掛けられ、恐らく中からも鍵が掛けられているだろう。

 部屋の中からは数名の男共の息遣いも聞こえてくる。

 そして時折、頬を平手で打ったような甲高い音も。

 僕はそのまま力いっぱいドアノブを回し切った。

 ガキンという音と共にノブがへし折れ、その中に指を入れる。


『……なんだ?』


 ドアの隙間から男の声が聞こえ、こちらに近付いて来るのが分かる。

 僕はノブの隙間から内鍵を解除し、一旦廊下側まで下がった。


『おい、誰かいるのか? 邪魔すんじゃねぇよ。こっちは今、お楽しみ中――』


 地面を蹴り、身体ごと扉にぶつかった。

 その衝撃で扉は破られ、男は下敷きになる。


「!! 何だ!? 誰だてめぇ……!!」


 一瞬の出来事で中にいる全員が慌てふためいていた。

 扉の下敷きになっている男以外には、他に六人の男がいた。

 そのうち三人は裸で、彼らの中心で組み敷かれていたのは――。


「お、おにい……ちゃん……」

「正……一……?」


 美憂と京子。

 僕の妹と僕の先輩。

 二人は服を引き裂かれ、ほぼ裸の格好で男共に犯されている最中だった。

 何度も抵抗して殴られたのか、京子の頬は赤く腫れあがり、美憂は涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。


「ちっ……! どけよ、クソガキが……!」


 足元で扉に挟まれた男が僕の足を掴み喚き散らしている。

 僕は無表情のまま金属バットを振り上げ、奴の頭目掛けて力いっぱい振り下ろした。


「へぎぃ!?」


 まるで西瓜が破裂したかのように、男の頭は弾けて粉微塵となってしまう。

 脳髄の混ざった返り血が頬に付着し、僕はそれを舌で舐めとった。

 そして美憂と京子に覆い被さったまま硬直している二人の男に視線を這わす。

 ――マンションの外からでも匂いですぐに分かった。

 それもそのはずだ。なぜなら、二人とも僕の良く知る人物・・・・・・・・だったからだ。 


 一人は、僕のクラスメイト。内田透うちだとおる――。

 そしてもう一人は、行方不明になっていたコンビニの店長。窪池隆くぼいけたかし――。


「し、正一……。どうして、ここが……?」


 もう何度も京子の中で果てたのだろう。

 透から発せられた男の匂いは刺激臭となって僕の鼻をツンと突く。

 僕は頭を失った男を跨ぎ、一歩ずつ、ゆっくりと彼らに近付いていく。

 理由を話したところで、彼はきっと理解できない。

 透はずっと京子のことが好きで、僕がまだバスケ部にいた時も彼女に付きまとっていたくらいだ。

 だからこそ、彼は京子を襲った。

 念願を・・・叶えるのが・・・・・今だと・・・、彼は考えたのだ。


「……楠木。お前にはこの場所を教えていなかったのに……何故だ!」


 同じく窪池も僕に言葉を浴びせてくる。

 彼も透と同じだ。

 僕がコンビニでバイトをしているとき、何度もしつこく妹の事を聞かれた記憶がある。

 美憂は過去に数回、不審な男に後をつけられ警察に相談したことがあったが、それが窪池だったのだろう。

 そしてこのマンションは、その窪池の自宅というわけだ。

 頭を潰した男やその他は彼の知り合いか、透の友人なのかはまでは分からないが。


「見ないで……お兄ちゃん、こんな私のことを……見ないで……」

「正一……。すまん、美憂ちゃんを守れずに……本当に……」


 僕は謝る二人に何も応えず、ゆっくりと近付くだけだ。

 大丈夫。もうすぐ浄化される。君達は穢されてはいない。


「調子に乗るなよ……! 小僧が……!!」


 身の危険を感じたのか、男の一人が斧を振り上げ横から襲い掛かってきた。

 それを見て、別のもう一人の男も傍らに置いてあった鈍器を拾い上げ立ち上がろうとする。


「……!?」


 だが男の振り下ろした斧は空を切り床にめり込んだだけだ。

 僕は瞬時に動き、美憂と京子の元に辿り着く。

 そして床に膝を突き、両の手で彼女らの頬を優しく撫でて引き寄せた。


「お兄……ちゃん?」

「正一……?」


 ――ドクン。ドクン。

 僕の鼓動は今までになく、大きく律動していた。

 この興奮を、君達にも与えよう。

 最愛の妹に。親愛なる先輩に。

 心を込めて、言葉を贈る――。


愛しているよ・・・・・・二人とも・・・・――」


 美憂と京子の顔を引き寄せ、同時に彼女らにキスをした。

 男に貪られた匂い。凌辱された苦しみ、恨み。

 それら全てから解放される。君達は僕に選ばれた者だ。


「何してやがんだ、このサイコ野郎が……!!」


 武器を持った男が二人同時に襲い掛かってきた。

 ――だが、もう遅かった。

 三対六では・・・・・こちらに・・・・分があるに・・・・・決まっている・・・・・・


『…………ウゥ…………ウウゥ…………』

『グルゥ…………グルルルゥ…………』


「ひっ……!?」


 悲鳴を上げ、後ずさりをした透。

 彼は学園で幾度となく同じ光景を見てきたはずだ。

 赤く目を光らせ這いつくばる京子は、恐ろしいほど美しく冷たい笑みを浮かべ透に迫っていく。


「ば、化物……! く、くるな……!!」


 同じく美憂も窪池に覆い被さる。

 ゾンビと表現するには美しすぎる彼女達に対し、化物と言葉を浴びせる理由はひとつしかない。

 ――狂っているのだ・・・・・・・

 その表情を見た途端に、誰もが気付くであろう。

 赤い眼球は何度も反転し、涎を垂らして獲物を狙う。

 すでに何度も同じ状況に遭遇した者だからこそ、命の危機を察することができるのだ。


「ひいいぃぃぃ!!! 喰われる……ひぎいいいぃぃぃぃ!!!」

「や、やめ……あがあああぁぁぁ!! 痛い、痛い痛い痛いぃぃぃぃい…………!!!」


 裸体の美女が生きたままの男を貪り食っている。

 その状況を目の当たりにした残り四名の男共は、すでに戦意を喪失していた。

 足は震えあがり、逃げることすらままならない。

 僕はゆっくりと立ち上がり、彼らに赤い目を向けた。

 そしてこう呟いたのだ。


「――お前らはゾンビになる権利すらない。このまま僕達に喰われ、それでしまいだ」


「ひっ……!!」


 

 ――次の瞬間、僕は裂けんばかりに口を大きく開いた。




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