Closed world 7
ゾンビ警備員の一人が呻き声を上げて警棒を振り上げる。
振り下ろされると同時に、僕は身体を翻し直撃を避けた。
警棒は地面にめり込みコンクリートにこぶし大の穴を開ける。
あれでは普通の人間が直撃したらひとたまりもないだろう。
僕のような半人前のゾンビでは、奴らに勝つことは難しいとすら思う。
倒すのではなく、鍵を奪えれば勝ちのゲーム。
負ければその先に待つのは死か、それとも完全なゾンビと化してしまうのか――。
『ウウゥゥ……!!』
『グググゲ……!!』
鍵を腰に下げたゾンビを守るように背後に置き、残りの二匹が同時に僕に襲い掛かってきた。
後方からも先ほど警棒を振り下ろしたゾンビが再び僕に迫ろうとしている。
多勢に無勢――。どうせなら火炎瓶も追加でネット注文をしておくべきだったか。
赤い二つの口が同時に開き、僕は両腕を捥がれる覚悟で防御の体勢に入り衝撃に備えた。
直後、パンッという乾いた音が夜空を突き抜けてゆく。
「楠木君……! 逃げて!」
警備室がある裏門の先に誰かが立っていた。
その横にも人影がある。
続けざまに二度、乾いた音が連続し、三体のゾンビは一瞬だけのけぞり停止した。
僕はその隙に彼らの脇を潜り抜け、後方にいた四体目のゾンビに駆け寄っていく。
腕を伸ばし鍵を掴むが、鎖で括り付けてあるために簡単には外れない。
『ウガアアァァァ……!!』
警棒を振り上げたゾンビは僕の頭に照準を定めた。
それを勢いよく振り下ろし、今度こそ僕の頭は潰されるかと思ったが――。
ゴギィ、という骨が砕ける音がして変な形に首が折れ曲がったゾンビは、そのまま僕に向かい倒れ込んできた。
その後ろにはコンクリートブロックを持った紗栄子が息を切らせて立っている。
「う、うちの生徒に手を出したら、承知しませんからっ……!」
そう言った彼女はブロックを投げ捨て、僕を力いっぱい抱きしめた。
残りの三匹も連続して銃声を浴びせた真琴が倒し、ゾンビ警備員は一掃された。
僕らに駆け寄ってきた真琴はほっと安堵の溜息を吐く。
何故か紗栄子は僕を抱き締めたまま泣いていた。
生徒を助けるためとはいえ、警備員を殺したことを後悔しているのか。
それとも僕を助けることが出来て、嬉しくて泣いているのかは分からない。
「……生きていたんですね、二人とも」
僕はぽつりとそう呟いた。
すでに心臓の高鳴りは静まり、紗栄子に抱かれても食欲は湧かなかった。
――つまらない。生きるか死ぬかの戦いに、水を差された気分だ。
どうして大人達は子供を守ろうとするのだろう。
僕らは自分の意志で、死に場所を探すことすら許されないのだろうか。
まあ、死ぬつもりなどさらさらないが。
「決まってるでしょう? ゾンビになんて負けていられないんだから!」
腰に手を当てて胸を張りそう言った真琴。
あの危機的な状況で警察署から脱出できたからか、随分と威勢の良い返事だった。
それともすでに事態の沈静化に向けて政府が大きく動き出したのだろうか。
色々と聞きたいことは沢山あったが、今は時間がない。
僕は優衣の件を簡単に二人に伝えて、警備員の死体からスペアキーをもぎ取った。
「図書館の屋上にある非常口ね……! 時間が無いわ! じきに自衛隊が救助にくるけど、ここはもう持たないだろうし……」
自衛隊――。そういえばニュースでもそんなことを言っていた。
池袋を封鎖するだけではなく、救援活動も始めるとかそんな内容だ。
あれはメディア向けのパフォーマンスかとも思っていたが、こんな危険な場所に本当に自衛隊が助けにくるとは予想外だ。
警察署内での情報はもう外部に伝わっているはずなのに、政府は武装した自衛隊が万が一ゾンビ化してしまうケースを考えていないのだろうか。
ゾンビには知性がある。警察以外にも銃を乱射する者が現れれば、余計に事態は拗れるだろう。
そう考えれば救援というのは名目で、封鎖した池袋内に存在する全ての人間をゾンビごと抹殺するなり焼却すると考えたほうがしっくりくる。
一億の命を救うためならば、一万の命など軽いものだろう。
「……もう、誰も失いたくないの。春日部刑事と警察署を脱出してから、沢山の人がゾンビに襲われるのを見たわ。君が無事ってことは、桐生さんや大黒さんも無事なのね?」
僕を離した紗栄子は涙を拭きそう言った。
だが僕は彼女の質問に対し、首を横に振る。
「京子さんは僕の家で妹と隠れていますが、明日葉は……」
僕がそう言うと紗栄子と真琴は口を手で押さえた。
そこから先は何も言わずとも彼女らは理解できるだろう。
僕が彼女をゾンビにしたとは誰も思わない。
秘密を知る者は僕以外、誰もいないのだから。
真琴に雪乃の件も報告し、そちらは彼女に任せることにした。
僕と紗栄子は今しがた二人が通ってきた裏門の細い通路先にある非常口に向かい、鍵を開ける。
そのまま螺旋階段を上り屋上の鍵を開ければ、閉じ込められた優衣達を救い出すことができるだろう。
――敷かれたレールの上を走るのは、本当につまらない。
だからこそ、僕は心に誓った。
僕を助けたことを、彼女らに後悔させる。
本当の惨劇はこれからだ。
自衛隊が投入されることで、もっと事態は悪化する――。
屋上の鍵を開け、喜びに涙を濡らした優衣に抱き締められた僕は、そう心の中で呟いていた。
次章『欲望転移のキャンサーセル』、2018/07/24 22時より更新開始です。
宜しくお願い致します。




