Ethics collapse 3
「よう、正一。その顔はまた朝から優衣さんに叱られたって顔だな」
学校に到着し二年B組の教室に入るや否や、クラスメイトの並木栄次郎に嫌味を言われ、僕は無言のまま席に座る。
その様子を遠くから見ていた、同じくクラスメイトの新橋あかねと内田透が僕の席を取り囲んだ。
「あ、また例の『幼馴染』のお姉さんの話? 噂になってるよ? 楠木君って年上の大学生と付き合ってるって」
あかねがそう言うと栄次郎も透もニヤリとしたまま僕の席の近くに隣の席の椅子を寄せ、小声で先を続けた。
「なあ、教えてくれよ。どこまで行ったんだよ。Aか? Bか? ……まさかお前、それ以上とか?」
「おいおい、マジかよ……! 俺らを差し置いて、正一だけ大人の階段を上がっちゃうとかあり得ねぇよ……!」
勝手に盛り上がっている二人を尻目に、僕は深く溜息を吐き窓から外を眺めた。
桜はとうに散り、季節はもう夏を迎える直前だ。
たまたまゴールデンウィークに優衣と池袋駅で待ち合わせて、彼女の買い物に付き合ったのを栄次郎に目撃されてからというもの、学校に来るなり毎日この話題が続いている。
彼女とは別に恋仲でもないし、僕の初恋の人ですらない。
……いや、そもそも僕は初恋をしたことなどなかった。
ただ平穏無事に日々を過ごせればそれで良かったのだ。
――そう。恐らく僕は他人にまったく興味を持たない人間だ。
出来るだけ人と関わりを持ちたくないし、面倒ごとに巻き込まれたくもない。
何か事件が起きたとしても、どこか別の場所で静観していたい。
加害者や被害者はおろか、関係者にすらなりたくもなかった。
「あーあ、私も彼氏が欲しいなぁ。年上の彼氏で、お金をいっぱい持ってて、大人の魅力満載で、私だけを愛してくれる彼氏が」
「バッカじぇねぇの。いねぇよ、そんな男。お前、夢見すぎ」
「……透にだけは言われたくないんだけど。……あ、もうホームルームが始まるわ」
チャイムが鳴り、各々の席に戻っていくクラスメイト達。
しばらくして担任の日向紗栄子が教室の扉を開くと、生徒らは私語を慎み席に座り始める。
「皆さん、おはようございます。それでは出欠を取ります。青木雄一郎君、飯田洋平君、………………」
いつも通りの、平穏な日常。
これから先もずっと続くと確信していた、他愛のない日々。
しかしそれらは今日、この日を以て脆くも崩れ去ることとなる。
――僕が手に入れてしまった『ゾンビ・パウダー』によって。