Closed world 2
「ちょっと待った! どうしてお兄ちゃんと明日葉さんが同じ部屋で寝て、私と京子さんが私の部屋なの? 女子は三人同じ部屋に決まってるでしょうが!」
深夜になり部屋分けを決めることになったが案の定、美優が騒ぎ出す。
これには京子も賛成のようで、どうにかして僕と明日葉を切り離したいらしい。
僕は溜息を吐き二人に説明する。
「明日葉と僕は恋人同士なんだから当然だろう? それに美優の部屋に三人も寝たら狭いし、もしも奴らが家に侵入してきても、僕と美優の部屋は鍵が付いているから、リビングで寝るよりも安全だ」
「こ、こここ、恋人同士っ!? 何それ!? 聞いてないんだけど!?」
「今、言っただろ」
「いや、今言われてもビックリしすぎて顎が外れそうだよお兄ちゃん! どうしてそういう大事なことを最初に言わないかな! 恋人ってことは、今後明日葉さんはお兄ちゃんのお嫁さんになるかもしれないってことじゃん……!」
『お嫁さん』という言葉に反応したのか、明日葉は嬉しさのあまり顔を覆い何やら奇声を発している。
そしてそのまま美優に突進し彼女を力いっぱい抱きしめた。
「ちょ、明日葉さん……。ぐるちい……」
「私も美優ちゃんみたいな妹ができて、凄く嬉しいよぅ……!」
「……はぁ。こんな非常時に一体何をしているのだ、お前達は……」
はしゃぐ二人を見て呆れたようにそう言った京子。
相変わらず外からは不気味な呻き声や悲鳴が聞こえてくるが、それらにも段々と慣れてきたようにも見える。
籠城とは案外、気持ちを大きくするものなのかもしれない。
奴らの腕力を考えると、玄関の扉や雨戸など簡単に壊せそうなものなのだが、まだ近所の家からは破壊音などが聞こえてこないのも理由の一つなのだろう。
このまま事態が簡単に収束するとは思えないが、終始怯えていても気が滅入ってしまうのも事実だ。
僕も彼女らに混ざり、心にもなく笑って見せる。
そうやってしばらく雑談を交わした後、二階にある僕と美優の部屋にそれぞれが分かれた。
「明日の朝までは絶対に鍵を開けないこと。もしかしたら父さんや母さんから連絡が来るかもしれないから、携帯はちゃんと充電しておけよ、美優」
「はーい。お兄ちゃんも明日葉さんと二人っきりだからって、部屋で変なこととかしないでよね? 喘ぎ声なんて聞こえてきた日にゃ、京子さんと二人で微妙な空気になっちゃうから」
減らず口を叩く美優の頭を軽く小突いた僕は明日葉を部屋に招き、中から鍵を掛けた。
耳を澄ますと少し遅れて美憂の部屋から鍵が掛かる音が聞こえてくる。
ふと振り返ると僕のベッドに横になった明日葉は僕の枕に顔を埋め、胸いっぱいに深呼吸をしていた。
それを横目に流しつつ、僕はパソコンを起動し情報の収集を始めた。
ネット上もゾンビ事件の話題で溢れ返っていた。
例の掲示板の書き込み数は再び過熱し、過去のコメントを辿るのにも相当な時間が掛かる。
掲示板の過去記事の検索を諦めた僕は思い立ち、前に一度検索したように『Call細胞』で探し始めた。
【Call細胞】
エラー。検索できません。最も近い検索結果は………………。
やはり前と同じように、何も表示はされない。
どこかで情報が漏れていないかと期待したが、もしかしたら警察署内でも極秘の内容なのかもしれない。
あの時、増島が僕にこれを見せたのは、僕の反応を知りたかったからだろう。
やはりあの男をゾンビ化させることができたのは非常に大きい。
しばらく検索をしていたが、新たな情報を得ることが出来ず、僕はパソコンの電源を落とした。
「……ねえ、正一君。私のしたことって、正しかったのかな」
まるで独り言のような明日葉の声が聞こえ、僕は彼女を振り返った。
相変わらず枕に顔を埋めているため、表情は確認できない。
だがそのくぐもった声は明らかに震えていた。
僕は彼女の元に歩み、ベッドに腰を下ろして艶のある彼女の髪を撫でた。
「明日葉がああしてくれなければ、僕は逮捕されていたよ」
僕は本心でそう答えた。
そういえば彼女はどうやって、あの新米刑事に粉を盛ったのだろう。
今はこれ以外に話題が無いため、僕は興味本位で聞いてみることにした。
「……あの時、慌ててあの刑事が地下から上がってきて……。事前に正一君と合図を決めてたから、あの粉を使うのはここしかないって思って……」
「それで?」
「……誘ったの。引率の担任が受付で話している間に、廊下の奥の刑事課に向かうあの刑事を……。増島のことを上司に伝えようとしているのはすぐに分かったわ。でも刑事課にいた人達は皆手が空いてないみたいで、あの刑事は廊下の外で待ちぼうけになっていて、それで――」
彼女は身体を起こし、僕の胸に飛び込んできた。
そこから先の話は簡単だ。
待ちぼうけを食らっている新人刑事を誘い出し、刑事課のある廊下を進んだ先の角を曲がった場所にある女子トイレまで連れて行った。
警察署内、それも真昼間から女子高生と淫行を行うなど誰も予想しないだろう。
彼女はそこでゾンビパウダーを盛り、刑事が呻いている間に素知らぬ顔でそこを離れる。
一階の廊下はロ型をしているため、ゾンビ化した新人刑事は反対側に迂回し、地下に降りるための階段まで辿り着いたというわけだ。
僕のために身体を張った明日葉。
好きでもない男に身体を弄ばれたことを後悔しているのだろう。
僕の胸の中で彼女は何度も謝罪の言葉を口にした。
「どうして、謝るんだい? 君のおかげで僕は助かったというのに」
「でもっ……! でも、正一君以外の男に……汚らわしい手で……嫌なのに、本当は、嫌なのにっ……!」
声を張り上げる彼女をもう一度抱き締め、黙らせる。
僕の胸で泣く彼女に、僕は愛おしさのようなものを感じた。
だが、君は愛すべき人間を間違えた。
――僕は今夜、君を殺す。
躊躇することなく、粉を盛って。
理性を失った君はゾンビとなり、手当たり次第に人を襲うだろう。
だから僕は、彼女にこう伝えた。
心を込めて。感謝を込めて。
「……ありがとう、明日葉」
彼女はその言葉を聞き、再び大粒の涙を零した。




