Closed world 1
ニュースは各局に広まった。
どのチャンネルも池袋で起きたゾンビ事件を生中継で放送している。
予想していたとおり池袋駅は閉鎖され、すぐに警察署周辺のみならず池袋全域に厳戒態勢が敷かれた。
映像ではすぐ近くの大学の様子を映している。
すでに校内にゾンビが侵入し無差別に学生らを襲い、仲間を増やしているのが分かる。
事件発生から四時間が経ち、政府官邸ではようやく記者会見が開かれることとなった。
官房長官から出た言葉は『池袋を隔離』――。
蓮常寺学園での事件では大規模な麻薬事件として取り扱っていたが、政府はこれを覆したことになる。
原因はまだ調査中。官房長官は感染力が強いウイルスである可能性を言及した。
感染経路はゾンビと接触することによる感染と疑われるが、空気感染の可能性は否定できない。
パンデミックを未然に防ぐために池袋を隔離。自衛隊を全動員し、池袋全域を封鎖――。
「……とんでもないことになっちゃったね」
薬缶の音が鳴り、熱いお茶を用意した美優が一つずつ丁寧に湯呑に注いでいく。
時折外で誰かの悲鳴が聞こえてくるが、聞こえないように耳を塞ぐ彼女。
報道ではゾンビの数は百とも千とも言われているが、どれも信憑性の低いものばかりだ。
人口約二万人と言われている池袋だが、地方から出稼ぎに来ている者も含めると、今一体何人の人間が街ごと隔離されているのだろうか。
それよりも、政府はあのゾンビをまだ人間として捉えているのかすら分からない。
理性を失ってはいるものの、銃を扱えることから知性を持った新たな生命ともいえる。
僕はソファにもたれ掛かり、最初にネットで目撃したゾンビパウダーの情報を思い出す。
あの時はすぐにマウスを動かし画面を消したつもりだったが、ウイルスに感染したせいで強制的に購入させられたのだったか。
『ゾンビパウダーの正体は癌細胞』――。
脳のある部分に憑りつき増殖を開始する、だったか。
普通に考えれば、あの紙切れに書いてあった一文と、増島が所持していた警察資料に記載された『Call細胞』とは、この癌細胞を指す言葉なのだろうと予想できる。
つまりCall細胞=ゾンビ細胞、というわけだ。
どうにかしてあの警察資料を手に入れることはできないだろうか。
真琴がまだ生きていれば彼女を通じて入手できる可能性はゼロではないだろうが、現時点では不可能と考えて良い。
僕が最も懸念していることは、警察の内部資料が政府に渡ることだ。
そこからゾンビ細胞について調べが進み、増島のようにゾンビパウダーのことまで辿り着いてしまう可能性が非常に高い。
ネットでそれを手に入れた僕の住所、氏名などの個人情報を洗い出せば、一介の高校生を確保するなど彼らにとっては容易いことだろう。
もしかしたら、僕にはあまり時間がないのかもしれない。
自宅に閉じ籠るという選択は間違いだったか――。
「優衣さん、大丈夫かな……。せっかく家から近い大学に入学できて喜んでたのに、こんなことになっちゃうなんて……」
美優の言葉にハッとし顔を上げる。
隣に住む優衣が通う学校は、まさしく今映像で阿鼻叫喚に包まれている、ここと目と鼻の先にある大学だ。
きっと大学の敷地内のどこかで身を隠して、自衛隊が助けに来るのを待っているのだろう。
彼女を助けに行くよう装い明日葉を誘い出し、彼女をゾンビ化させた後に身を隠すほうが無難か――。
しかし、それには当然リスクを伴う。
いくら僕がゾンビ細胞に感染しないとはいえ、奴らに襲われないわけではない。
あの異常なほどの腕力で掴まれでもしたら、簡単に腕を捻り潰されてしまうだろう。
外に出るのは自殺行為。
だがこのまま閉じ籠っていては、増島のような鋭い人物に身柄を押さえられてしまうかもしれない――。
「……く、くくく」
「? お兄ちゃん? どうしたの? 変な声出して……」
つい込み上げた笑いを口にしてしまい、すぐにそれを噛み殺す。
リスクは付いて回るもの。それこそが僕の望んだ世界じゃないか。
平穏な生活など、これっぽっちも望んではいない。
今こそ、生きているという実感を噛み締める時なのだ。
決行は深夜――。
美優と京子が寝静まった頃、明日葉と共に家を抜け出そう。




