Traumatic dependent 6
『ウウゥゥ……。グルゥ…………』
警察署の裏口から北に周りゾンビが徘徊する大通りを避けて迂回するも、すでにここにも数体のゾンビが潜んでいた。
買い物袋をぶら下げたまま引き裂かれた臓腑を引き摺り歩いている主婦。
スーツ姿が真っ赤に染まり首が半分捥げかかっているサラリーマン。
野球帽を被った少年が蹲り、地面に落ちた何かを貪り食っている。
よく見るとそれは猫だったなにかで、もはや元の形がどうであったかすら判別がつかない。
それを目撃してしまった京子は口に手を押さえて目を背けている。
明日葉はこんな状況にも関わらず、僕の腕をしっかり掴んで胸に引き寄せ離そうとはしない。
「前よりも感染力が強くなっているのかも知れないですね。京子先輩、こっちです」
警察署とは反対側の大通りを抜け、一旦近くの公園へと向かう。
周囲は一体何が起きているのか理解できず、慌てふためいている市民の姿ですでにパニックとなっていた。
中にはスマホを取り出して悠長にもゾンビの写真を撮っている者もいたが、哀れにも奴らに襲われ公園入口で四肢を引き千切られ絶命した。
本来であればすぐにでも警察が出動できる場所にあるこの公園だが、今回ばかりはそうはいかない。
これだけ大事になれば国が介入し、自衛隊らが出動する騒ぎになる可能性もある。
人ごみを掻き分け公園を西に抜ける。
住宅街を抜けると大学の敷地が見えてきた。
そこを素通りしつつ中の様子を窺うと、教室の窓から授業を受けている大学生の姿が見えた。
そのうちこの校舎も阿鼻叫喚に包まれるだろうと思いながら、僕らは国道に沿い真っ直ぐ西に駆けていった。
神社を抜け、大きな交差点に差し掛かる。
信号機が青に変わる前に車に轢かれないよう注意をして渡り、北西へ。
10分ほど走り終わったところで僕の家が見えてきた。
すぐ隣は幼馴染の優衣の家だが、この時間ではまだ家に誰も帰っていないだろう。
僕は明日葉に預けていた鍵を受け取り、二人を招き入れる。
「あれ? 早いじゃん、お兄ちゃん。事情聴取があるって言ってたから、遅くなるって思ってた……の、に?」
妹の美優が二階から降りてきて僕を出迎えたが、明日葉と京子を見た途端に双方を見比べて首を傾げた。
そして何を思ったのか玄関まで走り出し、まだ靴もまともに脱いでいない僕の腕を掴み、部屋の奥にある台所まで無理矢理引っ張って行く。
「ちょちょちょ、ちょっとお兄ちゃん……! いきなり女の子を連れてきたかと思ったら、いきなり二人も? 一体何を考えているの! さすがの私もお兄ちゃんの妹として、いきなり二人なんて容認できないよ! お母さん泣くよ? 泣いちゃうよ? お父さんからゲンコツの嵐が飛ぶよ?」
興奮して喋る美優は玄関で待たされている二人を何度も盗み見ながら、僕の服を掴んで離さない。
自分とて何度も男子学生を家に連れてきているということを、僕が知らないとでも思っているのだろうか。
僕は軽く溜息を吐き、強制的に彼女の手を払った。
そしていつ喧嘩が始まるかも分からない二人を家に上がらせ(玄関で待っている間もお互いに睨み合っていた)、リビングに置いてあるテレビリモコンを操作して画面を映す。
チャンネルを変えると、やはりすでにニュース速報が流れていた。
「……え? またゾンビ事件……? これって……警察署じゃん!」
ソファに飛び乗り、食い入るようにニュースを見る美優。
ニュースではつい先ほどまで、先日起きた蓮常寺学園の事件を報道していたのだろう。
緊急速報が流れてきたことにより興奮気味に話しているキャスターは、投稿された動画について解説者に意見を求めていた。
映像ではゾンビ化した警察官が映っており、市民に向けて発砲している。
撃たれて身動きがとれなくなったところを襲い、襲われた市民はしばらくしてゾンビとなり立ち上がってくる。
「こ、これ、問題映像じゃない……? 警察が市民に無差別に発砲して、それで噛み付いて……ゾンビになる? 何それ……! ゲームや映画の世界じゃないんだから……!」
「美優ちゃん。これはゲームじゃない、現実のことなのだよ。私達はこの警察署から命からがら逃げてきたのだ」
京子は青ざめた表情で美優に語り掛ける。
少し落ち着いたのか、明日葉もゾンビの映像を見て学園での事件を思い出したかのように口元を手で押さえた。
それとも、この騒ぎを自身の手で起こしたことに対する拒絶反応だろうか。
――やはり秘密を知る彼女を生かしておくことはできない。
「美優。今日はこのまま二人を家に泊める。玄関には鍵を掛けたから、これから全部の窓に鍵を掛けて雨戸を閉めるんだ。外が安全だと分かるまで、絶対に出たらいけない。守れるね?」
「う、うん……」
恐らくこの騒ぎでは電車は止まり、池袋は閉鎖されるだろう。
電車で通勤をしている両親は、しばらくはここに帰ってくることができないはず。
これだけゾンビが繁殖していれば、明日葉一人がゾンビ化したところで僕を疑える者などいるはずがない。
邪魔者を排除するのは、早いに越したことはない。
僕はすり寄る明日葉の手を優しく握った。
偽りの優しさに頬を染める明日葉。
それを見て笑みを零す僕。
君はもう、用済みだ。
さようなら、明日葉――。
幸せそうに僕の肩に頭を置いた彼女を撫で、僕はニュースキャスターの声に耳を傾けた。
次章『閉鎖世界のアイソレイション』、2018/07/23 22時より更新開始です。
宜しくお願い致します。




