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ゾンビ・パウダー  作者: 木原ゆう
心的外傷のアコンプライス
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Traumatic dependent 1

 真琴が電話を終えるのと同時にエレベーターが開き紗栄子が顔を出してきた。

 すでに採血を終えたことを伝えるとホッとした表情に変わる。


「すいません、日向先生。色々と慌ただしくて」


「いいえ。聴取の件は別の刑事さんに伝えておきましたから、楠木君のほうはこれで、本日は終了で宜しいのですよね?」


「ええ。検査結果はすぐに出ると思いますが、増島さんからも何も聞いていないですし、今日はこのままお帰りいただいて構わないと思います。これから大黒さんに、桐生さん……でしたか。彼女らの聴取が終われば一段落しますし、この事件も解決に向かうと思いますよ」


 そう言いニコリと笑った真琴。

 若干幼さの残るその顔は刑事には向いていないようにも思う。

 あの増島とコンビを組まされているのも、何か理由があってのことなのだろうか。


 僕と紗栄子は彼女に頭を下げ、見送りを断りエレベーターに乗る。

 そのまま一階まで降りたところで、今度は明日葉が二年A組の担任教師と共に署内に到着したようだ。

 僕の顔を見るなり笑顔で駆け寄ってきた明日葉。

 だが彼女の前に立ちはだかったのは、あの増島だった。


「ちょ、ちょっと、どいて下さい……! どうして邪魔をするんですか!」


「あぁ? あー、今日の聴取のラストの生徒か。邪魔だぁ? 俺はこいつ……じゃねぇや、楠木正一に用があるんだよ。お前さんはさっさと上に上がって別の刑事の聴取を受けろ」


 目をぎらつかせ命令口調でそう答えた増島。

 紗栄子も急な出来事でどうして良いかとオロオロしている。

 僕の前に一歩歩み出た増島は、僕の頭の先から足の先までじろりと眺め、軽く鼻で笑い先を続ける。


「採血は済んだか? じゃあここからは俺個人の尋問だ。ちょっくら顔を貸してもらおうか」


「待って下さい! 今日はこのまま帰って良いと春日部さんが――」


「あいつはあいつで自分の仕事をしたまでですよ、先生。俺には俺のやり方があるんでね。なあ、楠木正一。嫌とは言わねぇよな」


「……」


 聴取のときは『君』付けで呼んでいた増島も、今では僕を呼び捨てにしている。

 採血中に席を外していた間に、僕が事件に関わったとする何らかの証拠でも見つけたのだろうか。

 なるべく表情を変えず、僕は素直に彼の言葉を聞くことにした。


「い、良いの楠木君……? 急に採血をさせられたり、尋問をするって言われたり……。貴方は被害者なんだから、断ったって良いのよ?」


「はっ、被害者? この先生は何も分かっちゃいねぇな。……まあ、確固たる証拠があるわけじゃないから今は何も言えないが、俺の勘・・・は良く当たるんでね。まあいい。ちょいと借りていきますよ、先生」


「ちょ、ちょっと……!」


 僕を庇う紗栄子を押し退け、僕の腕を掴んだ増島。

 そしてそのままエレベーターではなく、下に降りる階段のほうへと連れられる。

 恐らくこのまま地下にある尋問室に向かい、僕から自白をさせるのが目的だろう。

 つまり奴の言ったとおり、これといった証拠は無いが刑事の勘がそうさせているのだ。

 僕は階段を上る直前に明日葉に視線を向けた。

 それを見た明日葉はハッとした表情に変化し、言葉を発する代わりに首を縦に振ってくれた。


 ――大丈夫。彼女はもう、僕の奴隷・・・・だ。

 『正一君が望むことだったら、何でもする』――。

 その見返りとして、僕は彼女を見捨てない。

 交際。依存。心的外傷。

 彼女の心の傷を甘くみた増島の負けだ。


 警察署は、地獄と化す――。


 そして再び僕の望む世界へと変貌を遂げるだろう。




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