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ゾンビ・パウダー  作者: 木原ゆう
現実乖離のディペンデンス
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Reality divergence 6

 聴取を終えた僕は部屋を出て、紗栄子と真琴と共にエレベーター前へと向かう。

 これから署内の六階にあるという簡易医療施設に向かい、僕の血液を採取するらしい。

 エレベーターのボタンを押し、しばらく待つと扉が開いた。

 

「……ああ、日向先生。そちらの聴取はもう終わりましたか」


 中から出てきたのは三年C組の担任教師である御園と三年生の大黒京子おおぐろきょうこだった。

 一旦エレベーターを上の階に流し、真琴と紗栄子、御園は立ち話を始めている。

 彼女らの脇をすり抜け、僕の元に歩み寄って来る京子。

 そして僕を気遣うように小声で語り掛けてくる。


「正一、聴取は大丈夫だったか? あの刑事……増島とかいったか。あいつが担当だったのだろう?」


 体育部らしく健康的に日焼けした肌の京子は半袖の制服の胸元を大きく広げて見せている。

 男勝りな言葉遣いだが、バスケ部でも何故か僕には厳しくせずに色々とアドバイスをしてくれた先輩だ。

 彼女はあの刑事の名前を知っているようだが、どこかで彼と接触したことがあるのだろうか。

 僕は彼女の質問に軽く頷くと、更に身体を近づけてきて僕の耳元に囁くように話しかけてくる。


「そうか……。私はあまり、ああいう男は好みじゃないな。不精髭でタバコ臭くて、大嫌いな父親そっくりだ。聴取なんてバックレて、久々に正一と1ON1でもしたほうが気晴らしになるのだけどな」


「もう僕じゃ京子さんに敵わないですよ。二年になってからまったく練習もしてないし、帰宅部になりましたから」


 僕がそう言うと京子はわざとらしく頬を膨らませた。

 こういう子供っぽさが後輩から人気を集める理由なのだろうが、それのせいで僕は変に周囲から目を付けられたと言っても過言ではない。

 部活を辞めてからそれらは大分落ち着いたのだが、それでもこうやって京子と接している姿を他の男子生徒に見られでもしたら、またあらぬ噂を立てられて白い目で見られるのがオチだ。

 僕は彼女から少し離れて、真琴らが話し終るのを待った。


「ああ、ごめんなさい、楠木君。じゃあ御園先生と大黒さんはこのまま一番手前の部屋で聴取を始めますので……ええと、あれ? 増島さん、さっきまでいたのに何処に行ったのかな……」


 キョロキョロと周囲を見回る真琴だったが、増島の姿は見えない。

 僕の聴取を終えた途端に部屋を出て、何処かに消えてしまったようだ。

 真琴は携帯を手に電話をするも、増島は電源を切っているようだった。


「もう、増島さんはいつも勝手なんだから……。すいません御園先生。他の刑事を呼びますので、先に部屋で待っていてもらえますか?」


「あ、それだったら私が代わりに一階の受付に降りて事情を説明してきますよ。春日部さんは楠木君をお願いします」


 困っている様子の真琴に助け舟を出した紗栄子。

 確かに一階の受付には何人か刑事らしき人物がいたので、そこで事情を話し誰かに聴取を代わってもらうくらいならば問題ないのだろう。

 何度も頭を下げた真琴は紗栄子の申し出を受け、そのままエレベーターのボタンを二か所とも押して僕らは一旦別れることとなった。


 真琴と共に上階へと上がるエレベーターに乗り、六階で降りる。

 別れ際に京子が首を傾げていたのを思い出したが、まさか僕が血液検査をするとは思いもよらないだろう。

 廊下をまっすぐに進み、奥から二番目にある部屋に到着すると真琴は扉をノックした。

 すぐに返事が聞こえ、中から白衣を着た看護師が顔を覗かせた。


「どうしたんです? 春日部さん。今日は蓮常寺学園の生徒さんの聴取だって言ってませんでしたっけ?」


「うん。そうなんだけど、また増島さんが――」


 僕を気にしてか、内緒話をするように看護師に話しかけている真琴。

 それを聞いてあきれたように溜息を吐いた看護師は、僕のほうに向き直り口を開く。


「楠木正一君、だっけ。ごめんなさいね、うちの問題児……じゃなかった、増島さんの悪い癖に付き合わせちゃって。大丈夫。簡易的な血液検査だけでいいってことだから、すぐに終わるわ」


 看護師に促され部屋の中に入る。

 真琴は外で待機し、また増島に電話を入れているようだ。

 相変わらず繋がらないのか、イライラした様子で廊下を右往左往しているのが視界の端に見えた。


「じゃあそこに座って。もう半袖の時期なのね。あっという間に季節が過ぎちゃって悲しいったら無いわ」


 彼女に言われるがまま椅子に座り、右腕を台の上に置く。

 消毒液を染み込ませたガーゼのひんやりとした感じが心地良い。

 ゴムのような機械で軽く腕を縛り、注射器を取り出す。


「ちょっとチクってするけど、我慢してね」


 注射針を正確に僕の腕に刺し、少しだけ痛みが広がった。

 見る見るうちに注射器の中に僕の血液が充填されていく。


 ――ドクン。


「……?」


 一瞬だが、眩暈のような、それとも鼓動が高鳴るような衝撃を感じ僕は軽く首を傾げた。

 看護師は僕の様子に気付いていない。

 血を見た瞬間、何故か僕の心はざわついた。

 しかしそれはすぐに収まり、あっという間に採血は終了する。


「はい、終わり。大丈夫だとは思うけど、この絆創膏は数時間は貼っておいてね。気分が悪くなることがあったら、すぐに連絡して」


 形式的な説明だけ済ませた看護師は、採血した注射器を持って奥の部屋へと行ってしまった。

 僕は頭を下げ部屋を後にする。

 廊下に出るとまだ真琴は電話を耳に当てたままウロウロとしていた。

 僕は彼女が話し終るまで手ごろな椅子に腰を掛けて待つことにする。


 ――増島は、この採血で何かが分かると踏んでいる節があった。

 あの事件でゾンビ化した者達、つまり麻薬中毒者は全員、血液検査で異常値が見られたらしい。

 僕の首には奴らに襲われた時の傷が生々しく残っている。

 つまり、増島は僕が麻薬中毒者と同じように感染しているとの確信があるのだろう。

 僕が飲み込んだ謎の抗体薬も、この血液検査で反応が出る恐れがある。

 しかし、それであの事件の何が・・分かるというのだろう。

 検査の結果如何では、僕を尋問してゾンビパウダーの所在を吐かせようとでも考えているのだろうか。


 だけど、すべてはもう遅かった。

 僕の計画は次の段階・・・・に進んでいる。


 電話が終わった真琴は僕に両手を合わせお詫びの言葉を発した。


 僕は彼女に笑いかけ、ゆっくりと席を立った。




次章『心的外傷のアコンプライス』、2018/07/22 22時より更新開始です。

宜しくお願い致します。

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