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ゾンビ・パウダー  作者: 木原ゆう
現実乖離のディペンデンス
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Reality divergence 2

 校舎を出て校門に向かう途中で僕は異変に気付いた。

 どおりで校内にゾンビの姿が見えなかったわけだと今更ながらに納得する。


「あれは……学園長と教頭先生、それに他の先生たちも……?」


 校門前に椅子で造りあげたのだろう、即席のバリケードを張り、ゾンビ達を学園外に出さないように準備をしている教師達。

 彼らの前に集まったゾンビの数は十体ほどだが、最初の被害者である仁田から感染が広がったとすると、保健室に閉じ込められている乃村を除いても恐らくこれで全部であろうと予想が付く。

 やはりこの疫病は空気感染などしないのだろう。

 つまり対処法さえ間違えなければ、パンデミックが起こる可能性はごく僅かだということだ。

 バリケードの前では教師らが掃除用の長ホウキや剣道部で使っている竹刀、高跳び用のバーなどを手に取りゾンビを威嚇していた。

 彼らの中心に立ち怯えた表情で指示を出しているのは学園長の蓮常寺藤五郎れんじょうじとうごろうだ。


「仁田先生に大隈先生、村田先生……! それに生徒達も……! 暴れるのはやめて、どうか落ち着いて下さい……!!」


 迫り来るゾンビ達に各々が武器を持ちつつ説得を試みる教師達。

 まだ奴らが意志のある人間だと信じて疑わない彼らを見て、僕は深く溜息を吐いてしまった。

 学園長に至っては口の端に泡を噴かせながら、怒号交じりに何かを叫んでいる。

 聞こえてくるのはやれ学園始まって以来の恥だとか、世間様にこのことを知られては非常ににまずいだとか、そんな言葉ばかり。


「どうして先生達はゾンビを逃がさないようにしているの……? もう何人も殺されているのに、それなのに学校の名誉のことばかりを気にして……」


 明日葉の言葉を聞き流し、僕は彼女を連れ一旦校舎の陰に隠れることにした。

 どちらにせよ、あの様子では僕らが敷地内から外に出ることは不可能だろう。

 この蓮常寺学園の周囲は背の高い鉄格子の柵で覆われているため、出入りできるのはあの校門しかない。

 そして案の定、遠くから数台のパトカーのサイレンが聞こえ、校舎の前に車が停車した。

 中から武装した警察官が数名現れると、学園長やその他の教師らもホッとした表情に変わり彼らに状況の説明をしているのが見える。


「良かった……! 警察が来てくれたら、もう安心だよね……?」


「……どうかな」


「え……?」


 僕の呟きが彼女にも聞こえたのだろう。

 再び不安な表情に変わった明日葉は、それでも僕の傍を離れずに事態を静観することにした。

 

「くっ……! この……! 早くどうにかして下さいよ、警察の方達……! こいつら異常に力が強くて、抑えきれないんですよ……!」


 教師の一人が叫ぶと、警官の数名がバリケードの柵の上に登り拳銃を抜いた。

 だがすぐには発砲せず明らかに躊躇しているのが分かる。

 相手は一見普通の人間に見えるし、何か凶器を持っているわけでもない。

 本当に発砲しても良いものか判断に迷っているのだろう。


 しかし、その躊躇も長くは続かなかった。

 再びけたたましいサイレンの音を鳴り響かせ、もう一台、今度は屋根の上にサイレンだけを備え付けた乗用車が警察車両の後ろに停車した。

 中から飛び出して来たのはスーツを着た男女の刑事だろう。

 彼らは警官に向かい何かを叫び、その後再び拳銃を構えた警官は一斉にゾンビに向かい発砲した。

 ドン、ドンと乾いた音が周囲に木霊するたびに、その劈く音に鼓膜が破れそうになる。

 発砲音など直に聞いたのは初めてだが、それよりも驚くべきことはゾンビ達の方だった。

 胸や足、腕など数か所を撃たれてもまったく動じる素振りを見せない。

 やはり脳を破壊しない限りは活動をやめないのだと、改めて知ることができたのは貴重だ。

 正確に頭を撃ち抜くことが出来ないのならば、素人ならば包丁や鈍器を使ったほうが効率が良いだろう。

 もしくは小型の斧のようなものがあれば、後頭部を破壊して活動を停止させることがより簡単に出来るかも知れない。


「ちっ、情報どおりか……! 貸してみろ! 銃はこうやって使うんだよ!」


 男の刑事が警察官から銃を奪い取り、ゾンビの額に標準を定めた。

 弾は見事に頭部を貫通し、別のゾンビの額に向けてさらに発砲する刑事。

 それに続き、女刑事も残りの警察官も不慣れな手付きでゾンビを無力化していく。


「凄い……! あの刑事さん、あっという間にゾンビを何体も倒したよ……!」


「…………」


 僕は何も答えず、明日葉の手を取りその場を後にする。

 このまま事件が解決してしまえば、よくあるニュースの一部として報道され、いずれ人々から忘れ去られてしまうのだろう。


 僕の求めた『非日常』が、あっけなく終わってしまう――。

 そんなことには、絶対にさせてはならない――。


 校門前は歓喜の声で湧き立っているが、僕はあえてそれを見ずに校舎へと戻っていった。




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