Domination in the brain 6
ネットの掲示板は次々と更新されていった。
書き込みはすでに五千件を超え、それから派生した新たな掲示板まで出現している。
まとめサイトまでもが登場し、実際に誰かがアイフォンで撮影したであろうゾンビの映像がネット上に拡散していった。
事件が発生してからまだ一時間半あまりですでにこの状況だ。
大昔のテレビの時代とは違い、情報の拡散力が凄まじい。
「……ま、まだかな。そろそろ警察が来てもおかしくないと思うんだけど……」
窓からしきりに外を窺っていた明日葉の様子が何故かおかしい。
内股でもじもじとしたまま、落ち着きなく辺りを見回している。
「明日葉。もしかしてトイレに行きたいの?」
「う……。そ、そうだけど……(正一君がいる前で、はっきりと言わないでよ! 美佳!)」
先ほどからずっとアイフォンをいじっている美佳の耳元で何やら騒いでいる明日葉。
二階にあるトイレはこことは反対側の、二年の教室棟を通り過ぎた端にある。
途中でゾンビ化した生徒や教師らに襲われる恐れもあるため、彼女一人で出歩くには危険だ。
だからといって女子二人に行動させるわけにはいかないし、三人で行動するとしてもその間に保健室が誰かに代わりに占拠されてしまう可能性もある。
誰か一人はここに残らなければならないとすると、自然とメンバーは決定してしまった。
「楠木君。私がここに残るから明日葉をトイレまで連れて行ってくれる?」
「だから……! トイレトイレってそんなに大きな声で言わないでって……うぅ……」
顔を真っ赤にした明日葉は恥ずかしそうに僕を見つめた。
だが僕に彼女をゾンビから守るだけの力もなければ、その意志もない。
男だからという理由だけで頼られては気分が良くないばかりか、彼女の代わりに犠牲にならなければいけない状況に立たされる可能性すらあるのだ。
しかし、僕は快く承諾した。
それには当然、理由があったからだ。
「ちょっと待ってて。一応、武器になりそうなものを探してみるから」
彼女らにそう告げた僕は部屋の奥にある給湯室に向かう。
そこには小さな冷蔵庫があり、扉を開けると2Lのペットボトルのお茶と栄養食品がいくつか入っていた。
怪我をした生徒のために用意されたものなのか、保健委員の私物なのかは定かではないが、僕はそのお茶の中にゾンビパウダーを少量混ぜておいた。
流し台に視線を移すと小さな包丁が一本とまな板、紙コップなどがあったので包丁とお茶を取り出し彼女らの元に戻る。
「包丁があったよ。あと、お茶とお菓子があったから警察の到着が遅くても少しはここに隠れていられるんじゃないかな」
なるべく自然に二人にそう告げ、僕は包丁をハンカチで包みポケットに仕舞った。
そして紙コップにゾンビパウダーの入ったお茶を注ぎ、一気に喉に流し込む。
「明日葉も飲む?」
「わ、私はトイレから帰ってきてからにするわ……」
既に我慢の限界なのか。明日葉は苦笑いでそう答えた。
僕は何食わぬ顔でお茶と残りの紙コップを美佳に差し出し、明日葉に向き直る。
そして保健室の扉の鍵を開け、外の様子を窺った。
「だ、大丈夫……? いきなり襲われたりとか、しない……?」
震える声で僕の制服の裾を掴む明日葉。
完全に怯え切っている彼女は、僕のことをヒーローか何かと勘違いしているのだろうか。
僕は危険と感じたらすぐに彼女を見捨てるし、ゾンビから彼女を守る気もさらさらない。
美佳を一人にし、あわよくばゾンビパウダーを混ぜたお茶を飲んでくれたら、それで僕の不安は解消されるのだ。
彼女は、危険だ。いずれ粉の存在に気付くだろう。
――その前に、対処をしなければならない。
僕は震える明日葉の手を握り、保健室を出て行った。




