Domination in the brain 5
「乃村さん。君は何か大きな勘違いをしているみたいだけど、僕はこんな書き込みをした覚えは無いよ」
僕はきっぱりと美佳に向かいそう答える。
いざとなったら力ずくでもゾンビパウダーを彼女の体内に押し込ませればそれで済む話だ。
目の粘膜からでも感染することは仁田で実証済み。
そして抗体を得た僕は、たとえ粉が宙に舞ってそれを吸い込んだとしてもゾンビ化することはない。
追い込まれているのは僕ではなく、彼女のほうだ。
そう考えたら焦りは収まり、普段の僕に戻ることができた。
「え? 書き込んだって……まさか! 美佳は正一君がこんな掲示板に書き込みをしたって思っていたの?」
僕の答えにまず反応したのは明日葉のほうだ。
恐らく彼女は美佳から何も聞かされていない。
そして何度も僕と美佳の顔を見比べ、落ち着きなくオロオロとするばかりだった。
「……首の傷。それを見た瞬間に思った。あのゾンビになった生徒や教師に襲われた人の中で、今のところは貴方だけが生き残っている。それだけなら運が良かったと思わなくもないけど、その傷は奴らの歯で噛み切られた傷でしょう? 私の考えだと恐らく、奴らの唾液か、もしくはそれ以外の体液が体内に侵入すると感染する」
「感染……? それってまさか、ゾンビになった生徒達に襲われると、同じようにゾンビになるってこと……?」
明日葉の問い掛けに首を縦に振る美佳。
そして美佳は続ける。
「はらわたを引き摺り出されて死んだ生徒や、首を飛ばされた生徒、足を引き千切られて死んだ教師は皆、ゾンビにはならなかった。多分、奴らの体液が体内に侵入しなかったからだと思う」
「…………」
美佳の言葉を聞き、僕は押し黙る。
確かに臓腑をまき散らして死んだ並木は、その後ゾンビ化することはなかった。
僕が飲んだ抗体は、奴らの体内に含まれている何らかの菌のようなものから身を守る薬だと考えると合点もいく。
そしてそれは、もう一つの可能性を示唆していた。
「……つまり乃村は、この『ゾンビ化』という現象は粘膜感染のみであって、接触感染や空気感染はしないと考えているわけだね」
「うん。今の段階では確かなことは言えないけれど、多分、そうだと思う。ここの掲示板にもそんなようなことが書いてあったから」
美佳はアイフォンの画面を僕と明日葉に見せ、そう言った。
確かにそういう記述もあるが、一体誰が、何のつもりでこんな書き込みをしているのだろう。
しかし今は後回しだ。問題は目の前にあるのだから。
「ちょ、ちょっと待って……。正一君は奴らに襲われて、それで首の皮を噛み切られて……。それで感染しなかったから、この書き込みをしたのが彼だって……美佳はそう言いたいの? そんなの無茶苦茶だよ……! 正一君はこんな非常時に、面白半分でネットの掲示板に書き込みをするような人じゃないもん! ね? そうだよね? 正一君?」
すがるような目で僕にそう言った明日葉。
まるで僕のことを何でも知っているかのような言い草で僕は気分が悪くなったが、今は助け船と考えるしかない。
美佳が疑っているのは、ゾンビパウダーの件では無く、『感染を防ぐ手立て』を僕が知っておきながら、それを皆に隠しているのだということを言いたいらしい。
これはこれで厄介な疑いだが、僕からしてみたらラッキーだと言わざるを得ない。
「……分かった。正直に話すよ。放課後にレポートの続きをしようと図書室に向かったんだ。そしたらそこに仁田先生と新橋が入ってきて、そこで二人が言い争いになった。止めようと間に入ったんだけれど、急に仁田先生が暴れ出して、僕と新橋に襲い掛かってきたんだ。僕は首を噛まれて、そのまま気絶してしまった。目が覚めたら仁田先生も新橋もいなくなっていて、そこであの校内放送が流れてきて――」
これまでの経緯を二人に簡単に説明する。
もちろんゾンビパウダーのことと、抗体のことは黙っていたが。
「――それで二人と二年A組の教室の前で会ったというわけだよ。どうして僕が感染しないのかは僕にも分からないし、この書き込みをしたのは僕じゃないと神に誓って言える。何だったらネット会社に調べてもらって、書き込まれたIPアドレスが僕のアイフォンからじゃないってことを証明してもらってもいい」
言い終わり、僕は自分のアイフォンを美佳に投げ渡した。
すでにゾンビパウダーの購入履歴は消去したし、見られて困るようなものは何も残っていない。
「ほらね? 美佳。正一君は誠実な人なの。いつも話してるでしょう、彼のこと。一年の時だってパソコンが全然できない私を助けてくれて、それでどうにか実習のレポートを……って、こんな時に何を言ってるのよ私は……!」
一人で勝手に騒ぎ出し、頬を赤く染めている明日葉。
美佳はそれを聞いているのかいないのか、顎に手を乗せて何かを考えている様子だ。
僕が投げ渡したアイフォンの履歴を見ることもなく、それ以上何かを言うでもない。
「……つまらない」
「え?」
美佳が何かを呟いたが、僕はそれを聞き取ることができなかった。
しかしどうやら誤解が解けたようで、そのまま僕のアイフォンを返してくれた。
そして先ほど明日葉が見ていた窓から外の様子を窺い、これからのことを話し始める。
警察が到着するまでは、ここから一歩も外には出ないこと。
もしもどうしても出なければならない事態が発生した場合は、必ず二人以上で行動すること。
それら約束事項を決め、僕らは保健室に籠城することとなった。




