ep.4 初陣の果てに
小太郎の100人隊は皆、歩兵部隊で、どの隊よりも先に進軍しなければいけない。
そのため、気づかれた順に攻撃をされる。
それを防ぐために、敵に見つからないように動かないといけないが、流石は風魔忍者頭領、奇襲に使えそうなルートでどんどん100人隊の進行を進めていく。
そんな事を尻目に、俺の足取りは重かった。
一歩踏み出すたびに、身体が拒み、全身の筋肉が硬直していくのがわかった。
それが目に付いたのか、小太郎が先頭から少し下がって来た。
「おい! 大丈夫か? 顔が真っ白だぞ?」
この状態で頰を赤らめられるのはお前ぐらいのものだろう。
そう思いながら軽く頷き、重たい歩を進めた。
「小太郎隊長! 前方に敵影あり! 数は約500、大隊規模です!」
心の準備が整わないまま奇襲作戦が始まろうとしていた。
「みんなー、聞いてくれー! 俺はまだ切り込み隊長になって日が浅い。だから仲間を、お前らを誰一人として失いたくねぇ! よって、言いたい事は一つだけだ! おめぇーら帰ったら、一緒に肉食うぞ!」
「「オー!」」
この小太郎の言葉に呼応されて、隊の士気が上がって行くのがわかった。
そして、ついにその時が訪れた。
「奇襲ー! 奇襲ーー!」
敵兵士の声が放たれた時すでに100人隊は、敵の喉元に噛みついていた。
耳をつんざくような鉄の弾ける音と、飛び交う罵声と怒号と悲鳴。
敵陣中に入ってしまった。
「う、うわぁ…… なんでだよ……」
こんなに怯えて怯んでいる俺を見逃すものなどどこにも居なかった。
「わぁお、お嬢ちゃん! こんなとこで何してんの? ママと、はぐれちゃったのかい?」
体格の良い男が目の前に立っていて、俺の事を罵倒している。
「ここはお嬢ちゃんが来ても良いところじゃないんだよぉ! 死ね!」
男は鉈のような剣を大きく振り上げた。
怖くて身体が動かない。
流れる時間が急に遅くなり、過去の事がフラッシュバックする。
小学生の時、剣道の大会で優勝した時の記憶や、中学生の時に、好きでもない女の子から告白された時の記憶、高校生になって、三代目 十兵衛になった記憶、トラックにひかれそうになってる、小さな子供を助けた時の記憶までもが鮮明に蘇って来た。
これが走馬灯なんだと確信して、受け入れようとした瞬間。
なにか黒い物が後ろから飛んできて、男の眉間に突き刺さり、大きな音を立てて男は後ろに倒れた。
「なんだ……?」
恐る恐る敵の死体を確認すると、そこには棒状の暗器ような物が深く刺さっていた。
「これは……? クナイ……?」
すると聞き慣れた声が後ろから聞こえてきて、俺の肩を叩いた。
「よかった、間に合った! 怪我ねぇか?」
そこには見覚えのある忍者装束に身を包んだ小太郎がいて、すぐに倒れた敵の眉間からクナイを抜いていたいた。
そして物陰のようなところにつれられ、避難した。
俺は、心配になって救けに来てくれたのだろうと思い礼をした。
「あ、ありがとう! 救けに来てくれて!」
すると、小太郎の顔からはいつもの笑顔が消えていて、冷酷で非情な、いつもの小太郎からは想像も出来ないような顔つきをしていた。
「十兵衛、死にたいなら死ねばいい。でも俺の隊を巻き込むのはやめてくれ。関係の無いところで死ぬのなら俺はなにも言わない。でも、俺の隊にいる時にそうされてたら、周りの連中がフォローに入らないといけない。お前を抱えて数人と戦わないといけない。するとお前のせいで関係ない奴等が死なないといけなくなる。お前の気持ちは、痛い程よくわかるよ。俺も、平和な日本から来た転生人だからな。でも、もう気づけ! ここは俺らのいた日本じゃない。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの世界なんだよ! 死にたいなら死ね、生きたいなら殺せ! 俺には、こっちに来てからお世話になってる人も居るし、エドガーにも借りがある。お前には恵まれてる剣の才能があるんだ。全力で生きてみろ。俺はもう行く。もう守りには来ない。お前が死んで倒れていたら骨ぐらいは拾ってやる。じゃあな。」
小太郎はそう言うと、俺をおいて戦場に戻った。
俺は小太郎の言った意味が理解は出来たが、自分の不甲斐無さに落胆した。
初めから小太郎に頼ろうとしていた事や、ここが異世界と言う事を受け入れずに、仲間と呼んでくれた人達を危険に晒そうとしていた事。
色々な恐怖が頭の中を錯綜し、久しぶりに泣いた。
異世界という恐怖、戦争の恐怖、人を殺す恐怖、殺される恐怖、死ぬ恐怖、生きる恐怖。
ひとしきり泣いたところで覚悟を決める事を決意した。
「こんな異世界に飛ばされて、こんなクソみたいな世界でおめおめと死にましたなんて言ったら、地獄でご先祖様に笑われちまう。親も居ない、学校の友達もいない、こんなところで死ぬのなら。 精一杯生きて、生きて、生き抜いてやるよ。クソにまみれてでも生きてやる! 俺は、三代目 柳生十兵衛だ!」
立ち上がり、さっき歩いて来た道を走り、戦場に入った。
さっきまでとは、見えてる世界がまるで違う、さっきまで鉄臭い甲冑の中から見えていた世界は地面だけだったが。
今見える景色は、壮大だった。
空は限りなく青く、草木は限りなく色鮮やかに緑、そして空気は鉄分の多い血の臭いと、人が焼ける臭いが入り混じり、辺りに漂っていて、その臭いの原因は、目の前の有象無象の衆が殺し合いをしている場所からだとはっきりわかった。
「綺麗だ……」
その光景を見て俺は血湧き肉躍らせた。
剣を霞上段に構え、一気に戦場を走り抜けた。
人を斬った慣れない感覚を手のひらに残し、1人、また1人と敵兵を鬼神の如く斬り捨てて行った。
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「この剣にはまだ慣れない……」
切っ先に着いた血を払おうと、剣を下に振った時。
「出たぞ! 巨鬼のゴンゾだ!」
「くそっ! ゼラ族に雇われてたのかよ!」
味方の兵士から落胆と絶望の声が上がった。
その声を耳にして、体内の血液が沸騰するような興奮を覚えた。
そして絶望の声はどんどん大きくなり、俺もそこに向かって走った。
そこには巨大な斧を持った2メートルを越える体格の巨大な男が、斧を振り回して暴れていた。
「俺様の相手をする奴は誰だぁ? 早く出て来ないとみんな殺しちまうぞー?」
周りを見ても小太郎の姿は見当たらず、他のところで戦っている事がわかった。
「オラオラぁー! 出てこいよぉー!」
我慢出来なかったのか、味方兵士を殺し出した。
俺はその姿を見て、自分の心がどんどん麻痺していくのがわかった。
「う、うぁーー」
辺りには悲鳴がこだましている。
こっちの味方兵も動けずにいた。
「戦わないなら俺の剣とその剣、少しの間交換してくれないか?」
「あ、あぁ……」
俺は、味方兵と自分の使っていた細身の剣と味方兵の少し重めの剣を交換し、巨大な男の前に立った。
「なんだぁ? ガキか? いいのかぁ? 死ぬぞ? 巨鬼のゴンゾ様だぞぉ? 殺しちまうぞぉ?」
ゴンゾは相手に不満だったのか、安い脅し文句を言っている。
「まぁ、よく喋る豚だな。なんだっけ? 巨デブだったか? ちゃんと歯磨いてるのか? ここまで臭え息が来るぞ?」
その言葉を聞いてゴンゾは、斧をフルスイングで振り下ろした。
「おっと、あぶねぇ! 豚の割には動き早いじゃん!」
かわされたのがゴンゾに更なる怒りを与えたのか、次々に斧をフルスイングで振り下ろした。
「うぉぉ! ひぃっ、ひぃっ、ぴぃ!」
連続フルスイングで疲れたのか、ゴンゾの息が上がっている。
「もう、豚と遊ぶのも飽きてきたな」
俺は剣を両手で握り刀身を肩に担いで、霞担肩刀勢の構えをとった。
「巨鬼のゴンゾ様のぉー! 最強の一撃を食らって死ねー!」
またゴンゾの斧はフルスイングで振り降ろされた。
だがその斧をスレスレでかわし、懐に飛び込み、地面に斧が突き刺さった所に担いでいた剣を振り抜き、ゴンゾの手首を一刀両断した。
「柳生神陰流 斬釘絶鉄」
手首から大量の血が吹き出し、辺りを赤く染めた。
「貴様ぁぁぁ! よくもぉぉー! 覚えてろよ! 必ず殺してやる!」
そう言ってゴンゾは自分手首を抑えて後退りしている。
「誰が、見逃すって言った?」
その瞬間、踏み込んでいた足を一歩引き、ゴンゾの身体を回れ右の要領で下から円状に斬り上げた。
「柳生神陰流 叢雲」
その瞬間ゴンゾの身体は真っ二つに割れて、大きな音と共に地面にたおれた。
「「おぉーーー!」」
ゴンゾの身体が地面に倒れたと同時に、周りにいた隊の仲間から割れんばかりの声援が上がった。
その中には小太郎も居て俺に向けて親指を立てていた。
この後もこの防衛戦は3日間続き、半数以上の兵力を失ったゾラ族は撤退していった。
この戦で鬼神の如く戦い、自軍の勝利に貢献したという事で俺は80ゴルド65シルバを賞金として与えられた。
初陣の賞金はだいたい40ゴルドが相場らしく、この金額は破格の金額らしい。
「うぃー! お疲れー! なぁ、十兵衛ぇー、隊のみんなと肉食べに行こぉぉー!」
防衛戦が終わり、戦場では厳しい顔を見せていた小太郎も、初めて会った時のふざけてて、ただうるさいだけの小太郎に戻っていた。
「いいぞ! あっ、あと相談したいことが有るんだけど!」
「飯食いながらな!」
小太郎はニッコニコしながら、俺と肩を組んで下弦亭に向かっている。
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下弦亭に着き、ドアを開けると見覚えのある顔があった。
「やっと来やがったのです! おせーんです! ご主人はお腹ペコペコなんです!」
「おかえりなさい小太郎、十兵衛」
「おかえりなさい! 怪我なかったかい?」
「おぅ、穀潰しどもが帰って来たぞ!」
「穀潰しはおじいちゃんでしょ! 今月どうするのよ! 赤字よ? お兄ちゃん達おかえり!」
ご主人様が大好きな小鬼や、
爽やか好青年ぶって、実は説教屋の絶鬼、
興味無さそうにしてるけど、実はみんなの事を一番考えてる晴明、
10歳の孫娘エリンから、頭ごなしに怒られてるゴッチさん、
みんなが出迎えてくれて、やっと生きてると実感した。
「ただいまー! とりあえず肉食おうぜ!」
「「おーーー!」」
店の中から騒ぎ声が聞こえ、確認すると、小太郎の部隊の人間だった。
小太郎と晴明、ゴッチさんに相談を済ませ、俺の入隊、初陣祝いを兼ねての祝勝会でその日は大いに騒いだ。
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そして、俺がモントデルニックに来てから2年の月日がたった。
「その刀、斬虎と、俺の忍刀、紅と、鎖鎌、蒼が出来てもう2年か! 早いもんだな!」
「お前は特別1000人遊撃隊長で、俺はその副長だもんな! 出世したもんだ」
2人は出会った時の事を思い出しながら、兵糧のちまきと、干し肉と、水を飲んでいた。
「お前そういえば、初陣で怖くて泣いてたよな!」
「その後しっかり大物倒しただろ! その話しは蒸し返すな!」
2人は楽しく談笑していると、支給された食料を食べ終わった。
「さて、行きますか! 風魔隊長」
身体にフィットした漆黒の甲冑に、漆黒の柳生傘のマント、腰に日本刀を帯刀した男は立ち上がり、白い鬼の鉄仮面をつけた。
「おっ! 時間か! 暴れますか、柳生副長」
頭巾の無い黒い忍者装束に、銀の胸当てと、銀の小手、腰に忍刀と鎖鎌を帯刀した男も立ち上がり、銀の口当てをつけた。
2人は指定された位置に着き、指示を待った。
そして、猛々しく進軍の号令がかかった。