ep.3 陰陽師
鍛冶屋の前でニコリと微笑んでいる、その青年を見て、俺は硬直して、動けなかった。
「なぁ、小太郎……」
「どうした? とりあえず、服を離せよ!」
気が動転していたのだろう、いつのまにか小太郎の服を掴んでいた。
「なぁ、角が、生えてるぞ……?」
たぶんこの時、俺は凄い顔をしていたんだと思う。
小太郎が俺の顔を見て、爆笑しているのは、かろうじてわかった。
そうこうしていると、中から大きい怒鳴り声が聞こえた!
「そんな所で、何やってんだぁ! 商売の邪魔だ! さっさと中に入れ!」
そんな声が聞こえたと思ったら、白髭でスキンヘッド、身長は190cmを楽に超え、筋骨隆々で浅黒い肌のタバコを耳に挟んだお爺さんが、店の中から出てきた。
「何やってんだ、早く入れ! アホども!」
俺は、小太郎の服を掴んだまま店の中に入った。
すると、店の中は色々な形状の武器や、防具が所狭しと陳列されていた。
「うぁ、すげぇ! 見たことのない武器もあるぞ!」
店の中の武器や、防具に感動していると、巨大なお爺さんが話しかけてきた。
「お前が、今回来た転生人か? 俺は、見ての通り鍛冶屋のゴッチだ、お前からして見たら、まぁ、大家って所だな。 で、あっちが俺の可愛い孫娘のエリンだ! 今年で10歳になる! 可愛いだろ!」
ゴッチさんが、指をさした方向には、鬼ような形相で店の帳面と睨み合っている、幼女がいた。
「で、お前の名前は?」
これからお世話になる人に、自分の自己紹介がまだだった。
「名前は、柳生 十兵衛 宗寛で、柳生神陰流 正当継承者 、三代目 柳生 十兵衛 です」
自己紹介を終えると、酒場で感じた視線の気配を感じ、振り返ってみた。
すると、そこには小さく可愛い、ぬいぐるみの様な姿があった。
「えっ?」
「うわぁ、見つかったぁーのです!」
頭には小さな角が有り、皮膚は肌色で二頭身。
虎柄のパンツを履いていて、可愛い、まるで小鬼のマスコットキャラクターだ。
「こら、小鬼! ちゃんとご挨拶なさい!」
その小鬼は、神主風の青年の後ろに隠れた。
「だって、絶鬼もまだ挨拶してねーのです! 覇鬼なんて、馬鹿だから、出してもらってもいねーのです!」
神主風の青年と、小鬼は、軽い言い合いを始めた。
「あ、あのー、ここに転生人がいるって聞いて来たんですが。 あなたがその人ですか? あと、酒場で俺の事見てたのってもしかして……」
神主風の青年はニヤリとし、小鬼はビクっとしながら、言い合いをやめて、こっちを見た。
「失礼いたしました。私、絶鬼と申します。先程、酒場にいた、と申してましたが、そのお話し、詳しく……」
「絶鬼ぃー! その前に、転生人の話しなのです!」
小鬼は、慌てて話をすり替えようとしていた。
それを見て小太郎は、笑っている。
「うるっさいねぇ、全く! 暇なのに、昼寝もできやしないじゃないか!」
大きなあくびと共に、腰まである長い黒髪で、神主風の服を着た、巨乳の女性が店の奥の方から出て来た。
それを見た小太郎は、小さく手を挙げて。
「よっ、ただいま!」
小太郎と目があった女性は恥ずかしそうに、一旦店の奥に帰って行った。
「ごしゅじーーーん!」
小鬼は、急いで女性を追いかけ。
すぐ、女性に抱き抱えられて戻ってきた。
「あぁ、帰ってたのかい! 今回はやけに、早かったじゃないかい! で、そっちのは、誰だい?」
さっきのアレはなんだったのか、気になったが小鬼と小声で話している。
「ご主人! ご主人! あの人は転生人なのです! 下弦亭で見たのです! 相手の剣を、シュバっ! シュバって!」
何やら、一生懸命説明しようとしてるが、言葉が拙いのか、女性の腕の中で身振り手振りで、説明している。
「あぁ、そうなのかい。下弦亭でねぇ。」
小鬼はコクコクと首を振っている。
「絶鬼! この子、また仕事サボって下弦亭に行ってたとさ」
「ごしゅじーーーん! 絶鬼に言うのは、ダメなのです! また、説教なのです…… ついでに、覇鬼も一緒に説教されるのですけど、馬鹿だから、あいつわかってねーのです……」
小鬼が、今にも泣き出しそうな顔をしている。
女性は、小鬼の頭を撫でながら俺の方を見た。
「あぁ、自己紹介が遅れたね。私は、安倍 晴明、天社土御門神道陰陽寮って所で、陰陽師ってのをやってて。84歳で大往生したはずなのに、気づけばアリトスにいてさ、しかも若返ってるっていうおまけつき。あぁ、やだねぇ、長くなっちまったよ。 まぁ、こんな女だけど、よろしくやっておくれよ 」
小太郎は、小鬼と遊んでいる。
少しの間考え込んで、何かおかしいことに気がついた。
「安倍 晴明⁉︎ 安倍 晴明って平安時代の男の陰陽師じゃないの? 俺、映画とか、小説とか、漫画とかで読んだ事あるよ? え?」
だが、何回見返しても、前に居たのは確実に女性である。
そして、取り乱して居た事に気がつき、気を落ち着かせて自分の自己紹介をし、そのあとみんなで食卓囲みながら話をした。
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晴明からは現状の話しや、平安郷時代の色々な話しを聞いた。
一年前、アリトスに転生され、魔女狩りにあい、倒そうとした瞬間に小太郎に救けられた話から、
この世界、モントデルニックの7割は、神王教団の布教国家で、各地で神王教団以外の魔術師の、魔女狩りが行われている事、
このアリトスの街は、完全中立地のため神王教団が手を出せない事や、
この街をクロム鉄騎団が守っている事、
平安の時代は、晴明の変わりに絶鬼が依頼を受け、依頼を実行するのは晴明であったため、晴明が男だと知れ渡った話しや、
元々、絶鬼、覇鬼、小鬼は、京都を荒らし回る鬼を晴明が退治し、式神にした話し、
俺の先祖である、菅原道真の話や、
最大のライバル、芦屋 道満に求婚されて居て、それを追い払うために戦っていた事など、
余談で、紫式部は、実は男だったというパーソナルな話まで。
面白い話しばかりだった。
夜も更けてきたので、俺は用意してもらった部屋で休む事にした。
窓から見える景色を眺め、感慨にふける。
「この窓から見える景色は、見たことのない景色…… これから俺は、どうなるんだ?」
窓の外を見て、ため息を漏らした。
「考えてても、わからないか…… 明日また下弦亭に行こう……」
そして、部屋のオイルランプを、全て消してベッドに倒れこんだ。
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朝になり、小太郎に起こされた。
「起きろ! 十兵衛! 起きろ! 緊急招集だ!」
小太郎のその言葉にビックリして飛び起きた。
「緊急招集?」
「良いから、起きろ! ゾラ族が進軍して来た! お前の初陣だよ! 」
急いで準備をすませ、小太郎と一緒に鉄騎団の集合場所に急いだ。
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「よぉーし! 聞け、アホども! これから、ゾラ族の攻撃からの、街の防衛作戦を発表する!」
俺は、小太郎の100人隊に配属された。
これは、エドガーからのささやかなプレゼントだろう。
作戦はこうだった。
相手の勢力は8000
これに対して、鉄騎団は4500
数に劣る鉄騎団を、前方四方向から各900人の歩兵隊と、各100騎の鉄騎隊、合計、各1000人を一師団として進軍
残りの400人は後衛として、弓、または魔術で応戦
小太郎の100人隊は、切り込み遊撃隊として先人をきる。
という作戦内容だったのだが、全く頭に入ってこない。
「何で戦争なんて…… 死にたくない……」
呆然と立ち尽くした俺を見かねて、小太郎が声をかけてきた。
「大丈夫か? とりあえず飯は食べとかないと持たないぞ! 何てったって、最前線だからな!」
小太郎から、兵糧用のちまきの様な物と、干し肉と、水。
そして装備一式が渡された。
食料は喉を通るわけもなく、無理やり水で流し込んだ。
小太郎に手伝って貰いながら、安い甲冑と細身の剣を装備して、指定の位置に並ぶ。
「何でだ…… 何で俺なんだ……」
身体が、ガタガタ震えているのがわかる。
出来ることならこの場から逃げさりたい。
そんな、思いも伝わる事無く、猛々しい声と共に進軍の号令がかかった。
柳生十兵衛の、初陣が始まった。