SUMMER
僕は賭けが嫌いだ。
出来たら堅実な道をコツコツと歩いていきたい。
「好きです。僕と付き合ってみませんか?」
それがどうだ。今はなんと愛の告白なんかしている。計画なんて何もなしで。
した事と言えば、大きな深呼吸を1回だけ。
「あ…え…?」
案の定、綾小路隼人は目を丸くしている。
この時点で僕はひとつ賭けに負けた。だから賭けは嫌いなんだ。
(当たって砕けろなんて言葉を作った奴は誰だ。)
きっとそいつは、自分が愛する人に振られた腹いせにこんな言葉で周りの人間をそそのかして、ほくそ笑んでいたに違いない。
どうしてこうもうまくいかないんだろう。
僕の口から出た言葉はこの胸の内を1ミリだって伝えてはくれていない。
情熱と真剣さを適度に織り交ぜたはずの言葉は、いざ音になってみれば「足元に転がったボールを取ってもらえませんか?」なんかとまったく同じニュアンスだった。
「……」
「……」
酷い沈黙だ。地獄だ。
時間にしたら1分も経っていないのに、僕の頭の中ではカップ麺どころかスパゲティが茹で上がってしまっている。
「貴博、顔色…すごい悪いよ」
なんとも皮肉なものだ。本当は僕が彼の赤い顔を指摘するはずだったのに。夏の日差しが憎たらしい。
空の青さを彼の背後にのぞき見る。今、僕の顔もこんな色なのかもしれないと思った。
「………」
「知ってました、知ってましたよ…」
「え…何が?」
「知ってましたよぉ…」
「だから、何?」
「わかりませんよ!」
もう分からない。分からないけどどうでもいい。
僕は日陰で休みたい。こんな馬鹿みたいな日差しを浴びて顔色ひとつ変えないあなたとは違う。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃありません! もう…何なんですか! 何なんですか…っ!」
「それはこっちの台詞だけど」
ありえないほど戸惑っている彼の声と誰かの声が聞こえる。
駄々をこねる子供のように彼を困らせている。
ああ、もう最悪だ。知ってましたよ。僕の声なんでしょう?
ばしゃん!
「……」
「……」
「……あ、ごめん。いや、なんか……」
「……」
瞬きをすると、髪からポタポタと水が滴り落ちた。
脇にある水飲み場から持ってきたのだろう、彼の手には青いバケツが抱えられていた。
突然ずぶ濡れにされた僕はペッタリとコンクリートの上に座り込んだ。
「………」
「………」
「……冷えました」
「冷えたか」
脱力してばたりと寝転がる。真上に大きな入道雲が見えた。
柔らかそうな雲がゆっくりと、ゆっくりと形を変える。
その隅で豆粒ほどの鳥がクルクルと旋回していた。
「貴博、こんなところで寝たら砂が付くよ」
冷たかったはずの水は早くもお湯に変わっている。
コンクリートの上でクツクツと蒸し焼きにされてる気分だった。
「いいんですよ。ほら、なんか塩コショウふったみたいでしょう?」
「……あ、ああ。そうだね」
僕を覗きこんだ顔が変な形に歪む。
彼を困らせるのは嫌いじゃないかもしれないと思った。
「綾小路先輩」
「何?」
「しばらくそこから動かないでもらっていいですか?」
「なんで…」
「あなたがそこにいると涼しいんですよ」
今は眩しい太陽なんか見えない。
やっとありつけた日陰から見えるのは、困ったようなあなたの顔だけ。
綾小路先輩の顔を見上げながら目を瞑る。
夏の空からは、呆れたようなため息が降ってきた。