剣先は語る(5)
次の日、僕とリリは朝から武器屋を回ることにした。リリの助言で商店街から少し離れたところばかりを回ると、数件目で思惑の店が見つかった。
「バスタードソードを売りに来た人? ああ、いたね。確か昨日の日が高い時間帯だったね。それが何か?」
リリは僕に目配せして言う。
「それを見せて欲しいんです」
しかし、バスタードソードが売られたからといって、盗まれたものと一緒かどうかは判断できない。もしかすると、同じタイミングでたまたま誰かが売ったということもあり得る。
「別に構わねえけど、そんなの見てどうするんだ? 兄ちゃんたち、剣でも探してるのか?」
「ま、まあ、そういうことですね」
店主からしてみれば欲しい武器があるのかという意味で聞いたのだろうけど、僕にとってはそのままの探しているという意味だ。騙しているような気がしないでもないが、ある程度は仕方ない。商売の邪魔にならないようにすぐに去ることにしよう。
「ほれ、これだ」
店主が奥から大きな剣を持って出てきた。袋に入っていたので、僕はそれを取り出す。
「リリ、これでわかるのか?」
「はい。これは盗まれた剣です」
あっさり見つけるようだから僕は驚いた。その剣は確かにとても使い古されたものには思えないほどきれいなものだったが、だからといってそれだけで理由になるとは思えない。
「なぜ?」
「ここを見てください」
彼女は剣先を指差す。そこは剣の中で最も尖っている場所であり、最も危険な場所だ。
「よく見てください」
僕は目を凝らした。何やら汚れているような気がする。
「埃か?」
「いいえ、土です」
「土?」
「これはおそらく、武器屋の裏口にあった土です」
そうか。剣は一度土の上に刺されたんだ。そのときに土が付いた。だから彼女は剣を探すことができると思っていたし、犯人が見つけられると思ったわけだ。
「リリ、君はあの裏口の切り込み一つですでにこの事件をほとんど解いていたんだね」
リリは恥ずかしそうにしている。しかしながら驚いた。あの切り込み一つにそこまでの意味が隠されていたとは。
僕は店主に問いかけた。
「このバスタードソードを売った方を覚えていますか?」
「もちろん覚えているさ。この剣を売りに来るのは珍しい客だからな。髪を結わえた、金髪の女の子だった。確か、親に頼まれたとか言ってたな」
「やっぱり」
僕はリリのその言葉を聞き逃さなかった。
店主に例を言うと、店を離れた。そして少し離れたところで僕はそれについて聞いた。
「『やっぱり』というのは、リリには犯人に心当たりがあったんだね?」
「昨日、気づきました。女の子ということまではやや確信はあったのですが、誰かというところまでは今日聞くまでわからないだろうと思ってたのですけど」
「女の子ということは見抜いていたのか?」
「はい。あの切れ込みから剣を抜くとき、男の人だったら垂直に抜けるはずです。あの切れ込みは少し引きずるような形でした。そのような形になるのは剣が斜めになっているときです。だから、背の低い女の子が犯人だと思っていました」
「だけど、今では犯人にも心当たりがある、と」
「はい。カイトさん、ついてきてください」
彼女はそういうと、中心部から離れ、人気の少ない場所へと向かった。
連れられた先は孤児院だった。
「ここです」
「孤児院? なんでまた」
「この孤児院にその女の子はいます」
「なぜ知ってるんだ?」
「いいから入りましょう」
「お、おう」
彼女はそう言って僕を連れて中に入った。
金髪の少女は目につきやすいものだった。入ってすぐに彼女だとわかった。
リリはその少女を読んでいるようだった。
「ティーネ」
ティーネと呼ばれた少女は振り返る。不思議そうな表情を見せながら。
そしてこちらへと駆けてくる。
「どうしたのリリ?」
「ティーネ、昨日のお金、どうやって手に入れたのか教えて?」
僕は話がさっぱりわからなかったが、彼女たちの間では通じているようだった。
「だから働いて稼いだんだって。リリだって働いて稼いだお金をこの孤児院に入れてる。ボクも同じことをしただけだよ」
「じゃあどこで働いていたのか、教えて」
「別にどこだっていいだろ?」
「私は教えられる。この人のところで働いてるわ」
僕は急に紹介されたが、入る幕ではないようなので黙っていた。
「ボクがどこで働いたってリリには関係ない」
「関係ある。ティーネ、その手の傷、どこでつけたの?」
「これはちょっと……」
ティーネは手を背中に隠した。
ここまで来れば僕にも理解できる。僅かに見えたあの傷はバスタードソードを持ったときにできたものだろう。おそらく彼女が犯人だ。孤児院の子が犯人ともなれば、どう反応すればいいかはわからない。現実は無情だ。
「私は説明できる。それは剣を持ったときにできたものね?」
「え? その……」
さっきまでの勢いが嘘のように、ティーネは弱気になっている。本来は悪いことができない性格なのかもしれない。
「私には隠し事はできないでしょ?」
「……ごめんなさい」
この謝罪は自白と捉えていいだろう。
「でも、なんでこんなことをしたの?」
「だって、リリはきちんとここにお金を入れてるのに、ボクは入れてなくて、なんか申し訳なくて……」
「私だってティーネの年ではまだしてなかった。そんなに焦ることなかったのに」
「でも……」
ティーネは優しい子なのだろう。やり方を間違えてしまっただけで、決して悪いことをしようとしたわけじゃない。もちろん窃盗は罪だ。ただ、僕は彼女の思いを尊重してやりたい。
「一緒に謝りに行こう」
「え?」
「一緒に謝りに行こう。今すぐに、ね。武器屋の主人も、解決されずにいるほうがよっぽど体に悪い。かといって君のことをこのまま差し出したら、君が捕まるだけだ。確かに悪いことをしたことには違いないけど、君の気持ちだけは間違ってない。これからは二度としないって誓うね?」
「……はい」
彼女の言葉を聞いて、僕たちは武器屋に謝りに行くことを決めた。僕が何とか間を取り持って、どうにか今回の一件は丸く収めてもらえるようになった。店主の顔もむしろ安堵したように思えたし、ティーネも安心していたようだ。そしてリリも。もちろん代金は僕が支払うことになった。だけど、それでいいのかもしれない。憎むべきは罪であり、人ではない。僕はその意味がわかった気がした。
数日後、僕の事務所に、新しい仲間が増えた。リリとは対照的に賑やかな女の子で、情報を収集することにかけては僕たちより一枚上手かもしれない。そういった理由で採用になった。
彼女は以前に盗みを働いたこともあったようだが、それは昔の話だ。今はその技術を使って僕たちの探偵業務に力を貸してくれる有能な情報屋だ。
その名を、ティーネと言う。
「ボクは砂糖四つと言っただろ?」
「勝手に取ってきて」
僕は金髪の少女に砂糖を分ける。最近は角砂糖を紅茶に入れずにスプーンの上に置いておいてくれる。それはリリの小さな優しさなのかもしれない。
「ありがとな、カイト!」
「『カイトさん』でしょ? まったく……」
元気よく明るい笑みを浮かべるティーネ。
それを見てすっかりお姉さんとなったリリが少し嬉しそうに微笑み、いつものように新聞を読み始める。
僕は肘掛け椅子に腰を下ろし、甘くない紅茶を飲んで日常に浸かる。
そう。
何事もない日々はたいていこうやって始まり、こうやって終わるものなのだ。
完結です。
ネタが集まれば続編を書くかもしれません。
ここまでお読みいただきありがとうございました。