剣先は語る(4)
リリは咳ばらいを一つする。コホンという音とともに彼女は目をつぶり、ゆっくりと目を開ける。前髪が目に少しだけかかっている。彼女はまるで自分の考えに疑いを持っていないかのように、僕をまっすぐに見つめる。その瞳の奥にある彼女の考えを、僕はまだ知らない。それでもなぜかそれが真実であるかのような錯覚を起こしてしまうのは、彼女の目がそれほどまでに力強いからだろう。
彼女は一度口を開いては閉じた。そして目線をそらされてしまう。横に目をやり、何かを考えている。
「でも、どこから話せばいいですか?」
「そう――だな……」
その言い方から察するに、多少は長い話なのだろうと僕は思った。
「それなら、まず僕には何かできることはあるかな?」
「もちろんです。私と一緒に明日、町の武器屋を回りましょう」
これには驚いた。町の武器屋が犯人だと彼女は言うのだろうか。
「犯人は武器屋なのか」
「それは違いますよー。武器屋の人が犯人なら、なんでわざわざバスタードソードを盗むんですか?」
「それはもちろんわかってる」
自分で業者から買い取ればいい話だ。それに自分の店に置いてある可能性すらある。
「でもなんで武器屋に行くんだ?」
「おそらく、犯人はバスタードソードを売ってしまったはずです」
「売った?」
「そうです」
なぜわざわざ盗んだバスタードソードを売るのだろう。それを盗むために侵入したと言っても過言ではないはずなのに、なぜ。むしろ否定の材料だらけだ。
「さすがに売るというのは信じがたい。それならなぜバスタードソードを盗んだんだということになる」
「売るためです」
僕は今一度リリのことを再確認した。彼女と僕とでは話が通じないのだ。僕の頭が悪いのか、彼女の説明の要領が悪いのか――いや、おそらく両方なのだろう。
こういうときにどのようなことを聞けばいいのかを僕は考えた。
「そうだな……なぜ売るんだ?」
「お金を得るためです」
もちろんそれはそうだろうと思ってはいた。まったくの予想通りの解答に少々苦笑いしてしまうが、これはこれで前進だ。売るためにバスタードソードを盗み、だからこそ武器屋で売るのだと、彼女はそう言っている。
「お金を得るためという根拠は?」
「ヨーイさんが言ったことからわかります」
「ヨーイさんが言ったこと?」
「はい」
僕にはその記憶がなかった。メモを取り出して確認をしてみる。そこに大したことは書かれていなかったが、当然ながらヨーイさんの口から金目的だという内容が出たこともなかったはずだ。もしそうであればさすがに僕が覚えているだろうし、さすがにメモも取っているだろう。
「僕は記憶にない」
「思い出してください。私たちが最初に武器屋に入ったときのことです」
「入ったとき?」
確かカーテンの一件が終わって僕がドアを叩くと、ヨーイさんが現れた。僕たちが中に入ると、彼は当日の出来事を話していた。しかし、どのようなことを話していたか僕は覚えていない。まだ捜査を始めるという気持ちになれていなかったからだろう。
「ダメだ。思い出せない。どんなことを言っていたんだ?」
「『店に入ると店内の鍵が開いていた』と言っていたはずです。そしてヨーイさんが在庫確認を始めたのはそれが理由だとも言っていたと思います」
うっすらと脳裏に映る光景に、リリの言葉を重ねてみる。そうすると、確かにそのようなことを言っていたような気もしてくる。しかし、よくそんなことを覚えているものだと僕は感心した。彼女はメモすら取っていないのに。
「だけど、それのどこが金目的に?」
「バスタードソードを盗むためなら、店内の鍵、つまり休憩室の鍵を開けた理由がありません」
「たまたま休憩室から先に調べようとしたってことも――いや、なるほど。そういうことか。倉庫には鍵はなかったのだから、鍵のない倉庫と鍵のある休憩室が向かい合わせになってる時点で、普通は鍵のないほうから中を確かめる。こういうことだな」
「その通りです!」
「そして先に倉庫を見たにも関わらず他の部屋を開けた理由は何かと考え、それは金目的だからではないかとリリは考えたわけだ。店の売り上げとかが保管されていれば、それを盗めばいいということだ」
リリはニコニコしながらこちらを見ている。おそらく僕が彼女の推理をなぞらえていることに満足しているのだろう。金目的という考えは確かに成り立つ。むしろ本筋と言えるかもしれない。
しかし、まだ確かめなければならないことはある。とても大事なことだ。
「でも、すべての疑問が解消されたというわけではない。金目的ならばなぜバスタードソードなんだ? 売ることが目的ならば他の物を盗むのが妥当だと僕は思う。確か、バスタードソードより高いものはたくさんあるとヨーイさんは言っていた」
片手剣が今では主流だということをヨーイさんは嘆いていた。金目的ならば少なくともバスタードソードではなくそういったものを盗むだろう。金目的だと意見は納得できるが、バスタードソードというところで矛盾を感じる。
「それはカイトさんが状況に囚われすぎているのが原因です」
僕は少し困惑した。なぜこの事件に僕が関わっているのだろう。
「僕が原因なのか?」
「あ、違います。そうじゃなくて、その、カイトさんがそう思っているのは、カイトさんが状況に囚われ過ぎているからです。ということです」
「な、なるほど?」
言われたことはまったく変わっていない。状況に囚われているというのはどういうことを言っているのだろう。
「あ、あの、ごめんなさい」
「別に謝る必要はないだろう。リリは思った通りに言えばいい」
本心で言えばもう少しわかりやすく言ってほしいところではあるが、それを他人に強要するのは僕のポリシーに反する。もちろんわからなければ聞かざるを得ないのだが。
「えっと、そうだな――つまり、どういうことなんだ?」
「カイトさんのように知識がなかったんです」
「知識がない? それは僕を馬鹿にしてるのかい?」
僕は笑ってそう言った。もちろんリリはそんなことを言う女の子ではないことは承知の上だ。
「あー、違います違います。そういうことではなくて、カイトさんは知識があるんです。ないのは犯人のほうです」
いずれにせよそれをリリが言うと皮肉のようなものに感じてしまうわけだが、今は置いておこう。
僕は尋ねた。
「犯人には知識がなかった、と」
「はい。バスタードソードは高い剣だと勘違いしたんだと思います」
確かに、バスタードソードの見た目は相当なもので、大きさや重さ的にも見た限りでは剣の王様的存在に映る。誤解したとしてもおかしくはない。
「しかし、果たして本当にそれが一番辻褄の合う話かと聞かれればそこまででもない気もする」
それはとても直感的なものだったが、今の話以外にももっと辻褄の合う話はありそうな気はする。
「私は合ってると思います」
彼女が断固として意見を曲げないときは、おそらく彼女の中で完全に筋が通っているときだ。僕はこういうときは彼女の言うことに従うことにしている。
「わかった。僕も金目的だというところまでは十分納得がいったところだし、明日武器屋を回ってみて、それが当たっているのかを確かめよう」
「はい」
彼女は満面の笑みを浮かべた。