剣先は語る(3)
倉庫の中は暗く、窓のようなものは一つもない。人が三人も入れば狭いと感じ始めるほどの大きさで、そこにたくさんの剣が立てかけられたり袋に入ったりしている。幾つか盾もあるのだが、店内のレプリカの通り、やはり剣が専門なのだろう。剣が並ぶ様子は少し怖いものでもあり、違和感しかなかった。僕はてっきり鞘だとかそういうものに入っているものだと思っていたのだが、この店にそのような代物はないようだった。しかし、それ以外に僕にとっては特に変わったところはなかった。無論、彼女にとっても同じとは限らない。また後で話を聞く機会があるのかもしれない。
僕は倉庫を出た。
「剣、鞘とかには入ってないんですね」
「うちは鞘までは扱ってないんです」
そういう店もあるのだろう。この世界の普通がどうなのかを僕は知らないが。
「一応休憩室も見せてもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
ヨーイさんは鍵を取り出すとドアを開けた。
「鍵、ですか?」
倉庫にはかかっていなかったのに、少し変だと僕は思った。鍵があるのは入り口、裏口、休憩室だ。入り口と裏口はまだしも、休憩室に鍵をかける意味がわからない。
「休憩室と言っても営業中に余計なものはこの部屋に置いてます。売り上げの一部だとかそういうお金に関してもこちらの部屋で管理しているのです。倉庫と違って営業中に何回も開けるわけではないので、だからこの部屋には鍵がかかっているのです」
僕が納得していると、いつの間にか隣にリリがいた。
「売り上げは、どうやって管理されてるんですか?」
「たいていは机の上に置いておきます。そもそもこの部屋には鍵をかけていますからね」
「えっと――お店を出るときもですか?」
「お店を出るときは持ち歩きます。ほとんどは銀行に預けてしまいますので、すべてを持ち運んでいるわけではないですが」
一般的な店はそうだろう。金庫のようなものがあればまた話は別かもしれないが、いずれにせよ店内に保管するよりは持ち運んだほうが良さそうに思える。持ち運んでしまうと今度は強盗が怖いが、町の中心部にやや近いこの場所は治安が良いため安心だろう。
しかし、情報というものは意外と手に入れづらいものだ。メモ帳に目を向けても有益だと思えるものはあまりなさそうに思える。店内の状況が確認できたことと、盗まれたものが判明したことは確かに重要なことの一つだが、状況が劇的に変わるほどのものではない。これで犯人を見つけるだなんてどだい無理な話だ。
「バスタードソードがどのようなものか教えてもらえますか?」
「わかりました。私が話すより見てもらったほうがわかりやすいでしょう」
そう言ってヨーイさんは倉庫に入った。先ほど倉庫で目にはしたはずだが、どれのことかまではよくわからなかったからちょうどいい。ヨーイさんが出てくると僕には既視感があった。もちろん当然なのだが、倉庫で一見したときに最も印象に残ったものだったからだ。改めて光の多いところで見るときれいなものだ。新品だからかきれいな光沢がうかがえる。刃幅は五センチあるかないかで、刃渡りは一メートルくらいはあるだろう。柄の部分も含めればもう少し長い。
「持ってみても?」
「どうぞ」
持ち上げようとするとずっしりとくる重さがあり、おそらくそれはこの長さからくるものだと想像がつく。だいたい3キロくらいだろう。刃渡りの短いナイフのようなものならば手と馴染む動きが容易にできるが、このような長さと重さではバランスを取ることは難しい。安全のために刃を下に向けて持ってこれなのだから、普通に持ったときの扱いは困難を極めるはずだ。
リリに渡してやると、やはり少し重かったようだ。持てていないことはないがその重さに引っ張られる形でバランスを崩してしまう。想像してなかったのかもしれない。少し手で支えてやると、彼女はこちらを向いて「問題ないです」と言って、それから剣をヨーイさんに渡した。
「やはり、これが一番高いものだったりするのですか? 倉庫をパッと見た感じでは、一番大きく印象的な剣でした」
「いえ、そんなこともないのです。どちらかと言えば安い部類ですね」
「大きいものだから高いというわけではないんですか?」
「そうですね。むしろこれは私の趣味で置いているようなところがあります。これでも昔は剣士を目指していたときもあったんですよ。その当時はかなり流行っていました。なんと言ってもこの大きさです。漠然とした強そうというイメージが私の子ども心を掴みました。私の周りにいた友人たちもみなそうでした。しかし、今の若者はそうでもないようで、むしろ機敏に動ける片手剣のほうが圧倒的に主流です。売れ行きもそちらのほうがいいですし、材質の良いものが多く値段も張ります」
犯人はよほどこの剣が好きなのだろうと僕は考えた。そうでもなければ流行の片手剣を盗んだほうがよほど理解しうる。そしてヨーイさんもそんな愛好家の一人であるからこそこれだけ悲しんでいるのだろう。出会い方が違っていれば犯人とヨーイさんは仲の良い友人になれた可能性すらある。運命とは酷なものだ。僕はメモ帳を見返して他に聞く必要のあることを考えた。
「どうでしょう? 犯人は見つかりそうなものですか?」
ヨーイさんの問いかけに僕は答えに困った。ここに来てから新しい情報が入ったことは間違いないが犯人を断定するにはまったくと言っていいほど足らない。そもそも疑わしき具体的な人物が一人もわからないのだ。僕の想像では、おそらく『ヨーイさんと同じ年代の男性が昔のことを思い出しながらどうしてもバスタードソードを手に入れたく犯行に及んだ』という推測が成り立っている。成り立ってはいるが、もちろん根拠はないしどうも何か違う気がしている。これらの情報だけで犯人を捜し出すことはやはり難しいだろう。僕はそう思案していた。
すると、隣にいるリリが言う。
「大丈夫です。今日はありがとうございました」
そうして頭を下げている。彼女は僕と違って涼しい顔をしてすっかり帰る気だ。
僕はさすがに驚いて、小声で「本当に大丈夫なのか?」と確認すると、彼女は「たぶん大丈夫です」と答えた。当然納得できたものではなかったが、念のために「また後日改めてうかがいます」と言い残して店を出ることにした。ヨーイさんは少し不安そうにこちらを見送っていた。入り口ではリリがまたドアをカチャカチャとやっていたが、今度は鍵のことを覚えていたのかすんなりと解錠してドアを開けた。
帰り道に僕は彼女の真意を質そうと思った。しかし、そのまま彼女に聞くこともためらわれて、僕は僕なりの意見を持つことにした。その結果、ああだこうだ考えているうちに僕の住む家に着いた。そこはただの古びた小さな一軒家で、幾つか家が並んで建てられているうちの一つだ。箱のような家で、家と言うよりはむしろ何かの事務所と言ったほうが近い。だから僕はそこを探偵事務所だと思うことにしている。
結局僕は『ヨーイさんと同じ年代の人が犯人説』を支持することになった。どうしても筋の通る説明が思いつかないのだ。もちろんこれとて大した説ではないのだが、他に思いつかないのだから仕方がない。
リリは事務所でお湯を沸かして紅茶を入れてくれた。そして角砂糖が二つ入れられ、スプーンで混ぜてくれる。本当は砂糖などなくても良いのだが、当然入れますよねという態度で、何の疑問もなく毎回入れてくるものだから、拒否するのも面倒でそれが習慣になっている。僕はその甘くなった紅茶を口に含んでゆっくりと飲み干す。口から喉を通っていく紅茶の温かさに少し落ち着きを取り戻せる。自分でも気づかないうちに緊張していたようだ。
「さて、そろそろ犯人を教えてもらいたい」
さすがに恥ずかしすぎて自分の論は口にできなかった。それでも仮説を立てているだけ彼女と対等な立場にあるつもりで僕は尋ねた。
「犯人ですか?」
「そうだ。もうわかってるんだろう?」
「えっと……犯人がわかるような情報はなかったと思いますけど、カイトさんはもうわかっちゃったんですか?」
僕は、逆に、その言葉を理解できなかった。もちろんわかるわけがないのは正しい。何の間違いもそこにはない。ただ、それはリリではない人間の場合の話だ。僕の辞書の『リリ』の項目に『彼女の言動はよくわかる』というような文字列は記載されていない。
「ちょっと待ってくれ。わからないのに現場であるあの武器屋を出たのか?」
「すみません。何かおかしかったですか? もう十分な情報は手に入ったと思ったのですが……」
確かにあの武器屋で得られる情報は十分に手に入ったと言えるだろう。しかし他に情報を手に入れられるような見通しも立っていない。もう少しくらいは何か手に入ったかもしれないのに、彼女はそれをないがしろにしてしまったことになる。僕は『リリ』の項目の『どこか異常なところがある』という文字列の『異常』という文字を再確認した。
「どうするんだ? 多少なりともヨーイさんは期待していると思うぞ? 僕も関わった手前、どうにか解決したいし、してあげたいと思っている。リリだってさっき『大丈夫』だと言っていただろう」
「はい――そのつもりですけど……」
リリは何がおかしいのかと言った表情で僕を見る。不安そうに悲しそうに、僕のささやかな怒りの出所を探っているのだろう。僕にはやはり彼女の言っていることがよくわからない。
「そのつもりって……犯人はわからないのだろう?」
「はい。わかりません」
「じゃあまだ捕まえようがないのだから、もう少し情報を――」
「カイトさん」
「ん?」
僕の言葉を遮ってリリは言う。
「私は確かに犯人はわかりませんけど、犯人を見つける方法ならわかります。もちろん確実ではないですけど、確率は高いと思います」
僕は頭をポリポリと掻いて自分の言動を思い出す。確かに僕は犯人がわかるかどうかという問いかけをしてしまった。相手が普通の人ならばそれで通じると思ったからだ。しかし相手はリリだということを忘れていた。彼女は、それこそ数学者並みの厳密性を好む。
「つまり、犯人はわからないが、犯人は見つけられる、と」
「はい、そうです」
しかしやはりよくわからないことには変わらない。犯人はわからないが見つけられるというのはどういう意味になるのだろう。犯人だけが引っかかるような罠でも張るのだろうか。
「それは本当に見つかるのか?」
「疑り深いですねー。ただ、絶対ではありません。確率は高いと思うだけです」
「もし見つからなかったら?」
「そのときはそのとき、です」
無神経なのか今後のことを何も考えていないのか、それとも自信の表れなのか。そのどれが彼女をそのように言わしめたのか僕にはとんと見当もつかない。しかしそのようなことは考えるだけ無駄なのだ。そのようなことをただ考えるために貴重な時間を使うことはおそらく間違いなのだ。彼女を理解するということは本のページを捲ることのような容易なことでは決してない。だから僕はこう尋ねる。
「リリの考える方法とやらを僕に教えてほしい」
彼女は嬉しそうに笑いながら答える。
「もちろんです、カイトさん」