ベルは一度だけ
――屋上でのやり取りから一週間。
歌音はこれまでとなにも変わらなかった。
朝は一緒に登校して、夜も一緒に帰る。土曜には診療所に一緒に行ってカウンセリングを受ける。
一つだけ変わったのは、初日が傍に来ると席を外すようになった事くらいだ。
初日もその事には気付いていて、遠慮もしている様だったけど、話す機会は増えていた。
それでも不自然な感じはなくて、話す内容も勉強の事とか休みの日は何しているとかで、告白の返事を催促されることもなかった。
なんだか、悩んでいるのは僕だけの様な気がしていた。
歌音も、僕の事を好きだったんだと思うけど、今もそうかと聞かれたら、自信がなくなっていた。
今のままなら、きっと歌音とはずっと一緒にいられる。
僕に彼女が出来たとしても、だ。
だったら……初日と付き合ってみてもいいのかな。
でも、こんな中途半端な気持ちでは初日に失礼だという気持ちもあった。
だからと言ってこのままでは何も進まないような気がした。
初日と付き合うって選択をすれば、何かが変わるような、そんな気がしていた。
帰り道、僕達はいつもの通り自転車に乗っていて、僕が歌音の前を走っていた。
「歌音、聞いてほしいことがあるんだけどさ」
――チリン。
歌音がベルを一度鳴らした。
自転車に乗っている時の会話方法。これなら、イエスかノーの二択で歌音の気持ちを聞くことが出来る。
歌音にはっきりと返事をもらう為に、自転車に乗っているこのタイミングで言おうと思っていた。……いや、違うかな。歌音の目を見ながら言うのが怖かっただけかも知れない。その二つは正反対の気持ちだけど、僕の中では成立していた。
「初日との事なんだけどさ――」
初日に告白された日から、僕はずっと考えていた。
僕は、歌音の事が好きなんだろうか。告白してくれたのは初日だというのに、僕が考えたのは歌音の事だった。
論理的に考えたら、事実だけを結び付けて、僕の気持ちを考えるのなら……僕はきっと歌音の事が好きだ。そうじゃなきゃこんなに一緒にいられないし、歌音の為に尽くせない。
周りにだって、何度も歌音の事が好きなんだろうと囃し立てられた。周囲から見ても分かるほどに僕は歌音の事が好きなはずなんだ。
それなのに、僕の中では歌音への感情に名前が付かない。あの日、圭介を見ていた気が付いた、歌音への『恋』という感情は今では名前を失ってしまった。
それがとても苦しくて、毎晩悩んでいた。
そんな中で初日に告白されて、ほんの少しだけど、自分の中に恋愛感情みたいなものを感じた。自分が自分でも分からなくなっている時だったからか、初日からの告白は『救い』の様にさえ思えた。
一歩、踏み出してみたいと思った。
だから。
「――付き合ってみようと思っているんだ。いいよね?」
しばらく、沈黙があった。
歌音はなにを考えているのだろうこの前は、付き合ってみたらと言っていたのに、なんでこんなに沈黙が長いのか。
堪らなくなって振り返ろうとすると――
――チリン
自転車のベルが一度だけ鳴った。