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僕が歌う君の歌  作者: 岬ツカサ
一章 分からない気持ち、届かない声
5/25

唐沢山


 唐沢山の坂はきつい。

 車でも山頂に行けるように舗装されているのだけど、つづら折りの坂道を自転車で登るのは骨が折れた。

 足を着かずに山頂まで行けるようになったのは中学三年になってからだった。

 今年の正月にも歌音と初詣に来た。あの時は二人で歩きだったけど、今は一人で自転車だ。

 初日からもらった手紙の事は、歌音も知っている。

 下駄箱の所で僕が硬直している隙に歌音にも見られてしまっていた。いや、見られてしまったなんて言い方はおかしいのだろうか。

 僕と歌音は付き合っている訳ではないのだから、なんの後ろめたさも持たなくていいはずだ。

〈行ってきなよ〉

 学校が終わって、いつもの様に歌音を家まで送ろうとするとイヤホンが鳴った。

「言われなくても、歌音を送ったら行くよ」

〈そっか。ありがとう〉

 あっけらかんとした返事だった。

 歌音は少しも嫉妬とかしないのかな。

 僕が初日と付き合ってもいいと思っているのかな。

 あんな無機質な音じゃ、感情なんて読み取れない。

 ……やっぱり『家族』になってしまったのだろうか。

 自分の気持ちも、歌音の気持ちも分からなかった。

 どうして僕は、一歩を踏み出せないのか。

「じゃあ、行こうか」

 力任せにペダルを回す。

 住み慣れた街並みが小さくなって、なんだか特別な場所に向かっている気分になった。


 唐沢山の神社は山頂にある。

 やっと登り切って、乱れた息を整えながら、自転車を邪魔にならないように停める。

 腕時計を確認すると午後四時半。学校を出てからまだ三十分くらいだった。まだ夏ではないけど、日が伸び始めていて辺りは明るかった。

 太陽からそのまま山頂に見える唐沢山神社に目を移す。

 神社までは、残りの階段を上るだけだ――足を踏み出す時になって、いつもの癖で後ろを振り返ってしまった。当たり前だけど、そこに歌音はいなかった。

 緩やかな螺旋を描いた、幅の広い石段を上っていく。

 眼下の景色が一周した頃、観光用のパンフレットにも載っている大きな鳥居が現れた。端を歩いて鳥居をくぐると、唐沢山神社が正面に見える。

 ぱっと目に入るところには初日はいなかった。

「響くん!」

 まだ来ていないのかと辺りを見回すと、神社の陰から初日が出てきて、手招きをしていた。

 呼ばれるままに僕も神社の裏に回る。

 そこからは街が一望できた。

 来る途中、小さくなっていった街が足元にある。

 騒音もなくて、聞こえるのは風に揺られた木々のさざめきくらいのもので。

 落ち着いて話せそうな空間だった。

「ここ、座れるよ」

 初日が神社のヘリに座り、自分の横をポンポンと叩いた。

 学校では委員長らしい、固く真面目な印象だったけど、今は少し柔らかい感じがする。戸惑いながらも、彼女の横に座った。

 座ってみて、やっぱり後悔した。

 思っていた以上に距離が近くて、初日の息遣いまで分かる。落ち着こうと息を大きく吸うと、髪の匂いが分かって緊張が増した。

 拳一つ分、距離を開ける。

 初日はそんな僕を見て、僕の心境を知ってか知らずか微笑んでいた。

「来てくれて、ありがとう」

 初日が詰まることなく切り出した。

「えーと……うん」

 何を言っていいか分からなかった。

 初日は僕を見て、はにかみながら話し始めた。

「響くんからしたら突然で驚いていると思う。でも私からしたらずっと抑えていた気持ちをやっと今日、言えるの」

「それはその……初日が、僕の事を……」

 その先は自分では言えなかった。

「うん、好きです」

 いとも簡単に初日は続きを言った。

「――ッ、なんでそんなにはっきり言えるの」

「だって、ずっと伝えたかったから」

 そう言って、初日は微笑んだ。

 真っ直ぐな好意が胸に刺さるようだった。

「「…………」」

 そこまですんなり言ったのに、初日も黙り込んだ。僕もまだ、自分から話し出す余裕はなくて、そのまま時間が流れる。

 長くなってきていた日が沈み始めた頃、初日が空を仰ぎながら溜息交じりに言った。

「あー、……駄目だね。伝えたいことはいっぱいあるし、言葉とかセリフも色々考えてたんだけど、やっぱり、そんなんじゃ伝わらないと思う」

 初日は立ち上がり、僕の方を向いて手を取った。

「初日、なに――」

 突然手を握られて戸惑ったけど、初日の真剣な表情を見ると、なにも言えなくなった。

「響くん」

 握られた手に力が込められる。

「響くん、私は、あなたの事が好きです……。

 あなたの事を想うと……どうしようもないくらいに、気持ちが溢れてくる。

 言葉で伝えられなくてずるいかもしれないけど、ちゃんと少しずつ伝えていくから。

 きっと、私にしてよかったって思ってもらえるように頑張るから。

 だから……だから私と、私と付き合ってください」


 絞り出す様に初日は言った。目には涙が浮かんでいて、こぼれ落ちないように堪えている様だ。彼女の後ろには沈む夕日があって、オレンジ色に輝いている。

 初日がこれだけ頑張って気持ちを伝えてくれたのに、僕はまだ何も言えないでいた。

「……返事は、すぐにじゃなくていいから」

 僕が黙っていると初日が言った。

「響くんが私の事を恋愛対象として見ていなかった事くらい分かっているし、今日の事があって、ちゃんと考えてくれるだけで、今はいいの」

「そっか……」

 情けないことに、少し安心していた。

「うん。……あー、ずっと笑ってるつもりだったのに」

 涙を拭いながら初日がこぼした。

「無理に笑っていなくてもいいのに」

 小さく首を振って、笑顔になる初日。

 今までは、なんとなく可愛い感じだなとしか思ってなかったけど、今はなぜだか、ドキドキしていた。

 ドキドキしている自分が、意外だった。


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